10年で進んだ復興の現状

 政府は東日本大震災の発生の翌年(平成24年)2月、復興庁を発足させた。その際に掲げた10年間の工程表が、3月で一つの区切りを迎える。5年間の「集中復興期間」を経て、28年4月に始まった「第1期復興・創生期間」が、この2月末で終了。4月からは、「第2期復興・創生期間」として新たなステージに入る。

 まちの復興、ライフラインの復旧、家を失った人たちのための災害公営住宅の建築、甚大な被害を受けた数々の産業の再生、公共輸送機関の復旧・整備など、この10年間に各地で復興が進んだ。復興庁が発表した「東日本大震災からの復興に向けた道のりと見通し」(1月現在)から、現状をまとめた。

【被災者支援】

 発生直後47万人いた避難者数は、4.2万人(昨年12月8日現在)に。

【住まいとまちの復興】

 民間住宅等用宅地(地方公共団体が土地区画整理事業、防災集団移転促進事業などにより供給する住宅用の土地)と災害公営住宅はそれぞれ1.8万戸、3万戸で進捗(しんちょく)率はともに100%(昨年12月末時点)に。また、インフラ復旧は最初の5年間でおおむね終了。道路・鉄道も一部を除き復旧した。昨年3月14日には、JR常磐線が全線で開通したほか、復興道路・復興支援道路も一部区間を除き全線開通した。

【産業・生業の再生】

 農業:営農再開可能面積は94%まで復旧(昨年6月末時点)。今年度末までには農地復旧事業が完了する見込み

 水産加工業:施設は令和元年12月末時点で97%が再開

 観光:外国人宿泊者数(東北6県)は、平成23年には前年の36%に落ち込んだが、平成31年・令和元年確定値で平成22年比332%に。

【福島の復興・再生】

 県全体の避難者はピーク時の16.5万人から3.7万人(昨年11月現在)に減少。原発周辺市町村で設定された警戒区域の避難指示については、田村市、楢葉町などで解除されたほか、他の市町村でも一部解除された地域がある。

「迅速行動が勝る」陸幕長の30分間の決断

 東日本大震災の被災者の捜索・救助で、自衛隊は生存確率が高いとされる発生から72時間の間に約3万人を動員した。この背景には火箱芳文陸上幕僚長(当時)の辞任覚悟の「30分間の決断」があったことが知られている。

 本来、陸幕長には部隊に出動を命じる権限はない。防衛大臣や各県知事からの災害派遣要請が出ていない以上、文民統制(シビリアンコントロール)から逸脱する可能性もあり、「越権行為」との批判を受けかねない。「辞任」の2文字が頭に浮かぶ中、防衛省の11階の次官室にいた火箱氏は階段を駆け下りながら考え、4階の自室に入った。それから約30分間、全国の部隊に指示を出し続けたという。

 そこには、平成7年の阪神・淡路大震災の際、知事からの要請を待ったことで現場への到着が遅れた苦い経験があった。火箱氏は日経ビジネス電子版のインタビューで、「危機的瞬間には手続きの万全さより迅速・実効性のある行動が勝る。この間に大量の部隊を送り込むことが最も大事と考えた」と話している。

 これら一連の火箱氏の「即動」は、3月11日午後の対策会議で追認されたという。


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