2022年8月7日(日)、滋賀県高島市において「自衛隊フェスタ50・70 in 滋賀高島」が開催され、ブルーインパルスも展示飛行を披露した。朝には点在した雲もブルーインパルスの時間に向かってどんどんと消えていき、一部会場後方に雲を残したものの、快晴の灼熱の太陽にもとに見事な編隊連携機動飛行が実施された。
高島市長を発起人とする実行委員会により運営され、LINEなどを活用した情報発信は開催日になるとイベントの進行案内や臨時駐車場の混み具合をリアルタイムに発信したり、高島市の各臨時駐車場付近には十分な案内員が配置され、行き届いた運営が印象に残るイベントとなった。
快晴と桜の満開がミートした新潟県上越市の高田城址公園観桜会でスタートした2022ツアーであるが、主催者の用意周到な運営がこうも晴れ空を呼び起こすものかと感嘆する思いだ。ブルーインパルスは再び蒼空のもとに、場所を上越市から高島市に移して、その舞いを存分に披露した。
高島市今津は「琵琶湖周航の歌」の町
本年度、陸上自衛隊今津駐屯地が創立70年、航空自衛隊饗庭野分屯基地が創立50年を迎えた。本イベントはその合同記念行事として開催された。両駐屯地は隣接しており元は明治の饗庭野陸軍演習場に由来する。饗庭野分屯基地は滋賀県唯一の航空自衛隊基地であり、配置されている第12高射隊は中京阪神地区の防衛の要として、ペトリオット・システムを運用している。
滋賀県高島市といっても東日本出身者にとっては馴染みのない土地かもれしれない。JR湖西線の特急サンダーバードに乗って関西から北陸へ旅程で通過した記憶はあっても、この土地の認識はない。ところが子供の頃から馴染みのある聞いたことのある歌に、ここ滋賀県高島市の原風景が歌われていた。「琵琶湖周航の歌」がそれだ。
"われは湖(うみ)の子 さすらいの"…このはじまりの歌詞を読めばほとんどの人がメロディーを口ずさむに違いない。あの歌の琵琶湖岸で、いざブルーインパルスが飛んだのだ。ブルーインパルスが来なければわざわざ来ることもなかったかもしれない。ブルーインパルスの追っかけの旅はその土地土地への旅をいざなってくれるのだ。
メイン会場となった高島市今津総合運動公園は、石田川沿いに広がる扇状地の段丘の上にある。市街地となる平地はJR湖西線の通る湖岸の辺りだけで、運動公園の方向へ段丘を昇る緩やかな坂道が続いている。運動公園の周囲は市街地とは一変してのどかな田園風景となって広がっている。気持ちの良い高原のような段丘だ。裏手はすぐに山となり斜面には「びわ湖の見える丘」がある箱館山のロープウェイが見える。山に囲まれた一円の田んぼへの畦道は要所要所鉄柵で閉ざされている。日本中で問題となっているイノシシやサル等の鳥獣被害がこの一帯にも起きていることがわかる。
今津駐屯地と饗庭野分屯基地はこの扇状地の南側の高台にある。饗庭(あいば、あえば)とは古代には神を招き捧物を奉る場所であったという。饗庭野分屯基地のある高島市新旭町には饗庭神社があり産土神も祀られている。
この地で高射隊が空を守り、ブルーインパルスがその舞を奉納したと考えれば、古来よりの空の神々があの日あの時間に、琵琶湖のあの一円の空を開けてくれたとすら思えてくる。子供たちは木(の形をした遊具)に登ってブルーインパルスを待った。子供たちの気持ちが空の神々を動かしたのだとしたら、その姿はなんと奇跡的な光景であろうか。
遠い空は積乱雲で囲まれており、琵琶湖一円の空が開けている。マキノ海津の半島からはその先に比叡山と京都に繋がる比良山系が見えていた。
医療従事者等への感謝飛行に見たパレード型航過飛行の確立
最初のデルタローパスから度肝を抜かれた。東側沖合いからスモークを曳き、饗庭野分屯基地方向に向かい直進したブルーインパルスは、道の駅しんあさひ風車村辺りでライトターンし、近江今津の琵琶湖周航船の桟橋からマキノ浜方向へと、一連の会場から見えるようにパレードのように航過飛行を行った。その隊形は標準よりやや幅広いE(エコー)のデルタ隊形だ。遠くからも良く見えるこの幅広隊形は正に東京上空を飛んだ感謝飛行の一周目と同じ隊形であった。この飛行方式はTOKYO2020のオリパラ各開会日の飛行へと続いていき、昨年度では前隊長の遠渡2空佐の凱旋飛行ともなった山形県庄内空港開港30周年記念行事でも庄内平野のいくつもの病院を航過するコースが取られた。高島市でも、分散型の他会場で実施された「自衛隊フェスタ50・70 in 滋賀高島」においてこの飛行方式が取り入れられたのだ。ブルーインパルスは高島市を取り巻くいくつもの浜と会場を“周航”したのだ。
編隊連携機動飛行の匠
「自衛隊フェスタ50・70 in 滋賀高島」展示飛行では、パレード式のデルタローパスから始まり、分散型他会場を配慮して全8課目が実施された。展示構成やコース取りもさることながら、課目にもブルーインパルスの匠の技がちりばめられていた。
デルタ360(デルタ隊形の六機が360度旋回する課目)では、以下写真一枚目の海津大崎(横)から見たこの旋回で、円の右側の航跡の方が左側よりわずかだが高いことがおわかりいただけるだろうか。右は課目のスタート点であり会場正面になる。二枚目写真は会場正面から見たものだが、正面で円を描き始めている。これが一枚目の左側(二枚目の奥側)に行くと高度がわずかに低くなっているのだ。この高度差を使って会場正面からより綺麗な輪に見えるようにしているのがデルタ360であり、視覚の魔術師ブルーインパルスの匠の技なのだ。
三種類あるキューピッド(ハート)
ブルーインパルスの人気課目に空にハートを描くキューピッドがある。いかつい(失礼!)自衛隊のイメージとは真逆のハートの描き物は女性や子供にも大人気だ。もし自衛隊の印象にハードルがあるとしたら、キューピッドはどれだけそのハードルを下げる効果を与えてくれているだろうか。
そのキューピッドにも三通りの描き方がある。フラットに水平に描くのがオリジナルレベルキューピッド、高島市で実施した会場から見えやすい様に斜めに描くのがスラントキューピッド、航空祭の飛行場で曲技飛行として縦にハートを描くのがバーティカルキューピッドだ。バーティカルキューピッドはハートを射抜く矢も突き刺さるので是非航空祭に見に来ていただきたい。
自衛隊のシンボル「サクラ」
日本人にとっては特別な桜の花をブルーインパルスが描いた。人気課目「サクラ」だ。航空自衛隊50周年の2004年に初披露された。2003年から開発されたこの課目は、航空自衛隊50周年のための自衛隊を念頭においたものであったが、発案者の4番機水野匡昭1空尉(当時)はそのインスピレーションを当時流行していた「世界に一つだけの花」の歌やアテネオリンピックの日本選手団への想いから得たという。そのサクラ初披露から17年後、TOKYO2020開会日には、このサクラの機動をベースにオリンピックシンボルの五輪が東京の空に描かれた。そのストーリーは千歳航空祭の前回記事で紹介した並木書房「青の翼 ブルーインパルス」に詳しく書かれている。
高島市では今津総合運動公園の子供たちの木の上にこのサクラが花咲いた。
自衛隊フェスタ50・70 in 滋賀高島においての展示課目および主要メンバー
ブルーインパルスは「自衛隊フェスタ50・70 in 滋賀高島」で以下の8課目を実施した。航過飛行課目と編隊連携機動飛行課目を織り交ぜた見応えのある課目構成であった。
①デルタローパス
②フェニックスローパス
③デルタ360
④スワンローパス
⑤サクラ
⑥スラントキューピッド
⑦720ターン
⑧サンライズ
搭乗メンバーは、1番機/平川通3空佐(飛行班長)、2番機/東島公佑1空尉、3番機/鬼塚崇玄1空尉、4番機/手島孝1空尉、5番機/江口健1空尉、6番機/眞鍋成孝1空尉であった(前席のみ記載。小松到着時のキャノピーデカールで判別)。
現地地上メンバーでは6番機練成/加藤拓也1空尉がナレーターを務めた。地上メンバーは展示飛行に先立ちトークショーとサイン会に対応した。
小松基地リモートで実施
リモート母基地は小松基地であった。小松基地から今津総合運動公園までは直線で115km程の距離であるがブルーインパルスにとっては数分の距離であろう。筆者は土曜日の事前訓練日に小松基地での離発着を取材し、日曜日朝に高島市に移動した。金曜日に各地を襲った集中豪雨で北陸地方も打撃を受けた。土曜日には小松市の手取川での花火大会も中止になった他、福井県から滋賀県へと抜ける北陸道や国道はすべて通行止めとなり、逆方向に向かい東海北陸道から迂回せねばならなかった。通常であれば130kmの道のりが340kmにもなった。
この集中豪雨による災害で、通常であれば小松まで全員で展開するブルーインパルスであるば、現地統制官やナレーターといった地上メンバーが展開先の小松から陸路で高島市へ移動することが難しく、松島の出発からブルーインパルス本隊とは別行動となったようだ。
(この集中豪雨で被災された皆様にお見舞い申し上げます。また通行止めで高島市行きを断念された方に少しでも現地の様子がお伝えできればと思い本稿を執筆いたしました)
パレード式航過飛行の今後
本イベントに先立つ8月1日には、愛知県知事より11月26日(土)に県政150周年記念行事でブルーインパルスが「愛知県内の上空を広く飛行する予定」と発表された。高島市でも実証されたが、広域で多くの人が空を見上げる素晴らしい飛行方式で歓迎したい。
今後この飛行方式を確立、定着させるためには飛行空域への十分な配慮も必要となる。
ブルーインパルスは航空法で規定する以上の独自規定をもって展示飛行を行う。例えば曲技飛行(アクロバット飛行)はあらかじめ許可を得ればどこでも実施することができるが、ブルーインパルスは飛行場(と専用の訓練空域)でしか行わない。これは飛行場の管制圏の中で飛ぶことで、他機が近くを飛ぶことをコントロールできるからだ。見渡せる範囲に他機が飛んでいるようではブルーインパルスの曲技飛行は実施できない。安全策は幾重にも施されているが、ブルーインパルスの独自規定は航空法上の曲技飛行の規定よりも厳しい。
高島市で実施した編隊連携機動飛行はどうか。これは8マイル四方に他機がいれば編隊連携機動飛行ができない規定となっている。航空法上問題のない距離で飛んでいても、ブルーインパルスは独自規定で飛行を中断あるいは中止する可能性がある。例えば使う高度が5000ftまでだとして、6000ftに他機がいれば航空法上違法ではないかもしれないが、ブルーインパルスはその近くは飛ばない。どのようなミッション(意図)でどのような方向に飛ぼうとしているのか把握できていなければ近づくべきではない。特にホバリング(静止)あるいは低速で飛んでいるヘリコプターがいれば時速800キロで近くを飛ぶことは避けるべきである。どちらかの航空機にバードストライクなど不測の事態が起きた場合の回避行動もこうした想定のひとつとなろう。
法律は万能ではなく、そこにはルールやマナーというものが必要となる。我々が参加する航空祭のような大規模イベントも同様だ。三脚の持ち込みやレジャーシートでの場所取りは禁止され、最近では持ち込む望遠レンズとカメラの全長も制限されている。これは法律ではないが多くの人が楽しむためのルールでありマナーなのだ。
空の上も同じことだ。例えばドクターヘリが緊急出動すればブルーインパルスはそれを邪魔しないように展示飛行を中断してドクターヘリを優先する。これは誰もが当然と思える判断であろう。
報道やマスコミの取材ヘリはどうか?ブルーインパルスの飛ぶ空域のその真上にいれば、やはりブルーインパルスはその意図を確認できるまでは真下を通らないように退避するであろう。例えば名古屋城の上を飛ぶブルーインパルスをさらにその上から名古屋城と絡めて撮りたいという取材意欲はあり得るかもしれないが、それが想定外の突然のことであればブルーインパルスは名古屋城の上を飛ぶことをやめるだろう。リスク管理の観点から見れば妨害するために取材ヘリを装うこともあるかもしれない(あくまでも想定の話であり特定の取材者を念頭に置いたものではありません)。
このあたり、主催者も十分に留意して展示飛行を誘致してほしい。上越高田市では、主催者から空域にヘリが入った場合には中止するとの告知もあった。画期的であった。主催者にもそうしたことを期待するし、航空各社や取材者にそうした飛行計画があるのであれば、主催者や航空自衛隊を通じて直接ブルーインパルスと飛行計画との調整や整合性を取って頂きたいと願うばかりである。
また、見る観客側にもそうした認識を持ってもらうことで健全な展示飛行とイベントの発展がなされていくのではないだろうか。普段より自衛隊に守られている国民であるが、声を上げて自衛隊を守ることもできるのだ。
かつて筆者がはじめてブルーインパルスを見た時の隊長・渡邊弘2空佐(当時)は「自衛隊と国民の一体感を示すフライト」とインタビューで語った(出典:ブルーインパルス パーフェクトガイド/イカロスMOOK(2003年))。一体感とは片側だけで実現されるものではない。ブルーインパルスの展示飛行もまた同様だ。高島市ではその一体感を感じることができた。
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文:ブルーインパルスファンネット 今村義幸(管理人)
取材・写真:ブルーインパルスファンネット 今村義幸(小松市/高島市広域)、伊藤宜由(高島市/今津総合運動公園)