午後からのサードもセカンドに続き飛行場訓練だった。全員OR(Operation Readiness)の6機OR訓練だ。TR(Training Readiness)訓練と違い、展示飛行と同じ低い高度で飛行場訓練が行われる。南東からの海風が湿った空気を運んできて、コンクリートのエプロンの上に出ると、熱気でレンズが真っ白に曇った。慌ててシャツでそれをぬぐった。
飛行班長、平川通3空佐のブルーインパルスでのラストフライトだ。通常のOR訓練というが、ファンとしてはそんな簡単に割り切れるものではない。だが、してあげられることも何もない。ただ見守るしかない。
他のメンバーはどう考えているのか。普通なら師匠の後ろで航空祭や展示飛行の本番を体得して、自身も航空祭で飛ぶようになる。メンバーの多くが、誰一人も航空祭を経験したことのない状態から本番をこなさなければならなかった。それを率いてきたのが飛行班長の平川3空佐だ。
メンバーに今の気持ちを聞くのは野暮であり酷だ。6人で飛ぶ編隊精神の間には何者も入り込むことはできない。それでもいつか、思い出話の中で、あの人とやれて良かった、飛べて良かった、と聞ける日が来るはずだ。
ここでは令和5年(2023年)7月6日(木)午後のサードで行われたラストフライトの様子をお届けする。ブリーフィングの様子については、多分に専門的であるため読み飛ばしてもらっても構わない。こんなにも細かく展示飛行の進め方を確認して飛んでいるのだということを少しでも知って頂ければ幸いである。
プリブリーフィング
DO(飛行指揮所幹部)から、OR訓練のプリブリーフィングが開始された。気象情報やオルタネート(代替飛行場)の説明がされた後、諸注意事項が述べられた。
以下に、聞き取れた範囲でブリーフィングの内容を追っていく。TACネームで記述する(JACKY=平川通3空佐<1番機>、IKKI=手島孝1空尉<4番機>、GUCCI=江口健3空佐<5番機>、FALCON=加藤拓也1空尉<6番機>)。
DO「サード、GO(実施せよ!)」
全員「お願いします」
JACKY
「OR訓練を実施する。コールサイン、ブルーインパルス。テイクオフタイム、13:40。スペア(予備機)はなし。ステップ(ルームアウト)は13:04、ウォークダウン開始は13:14。
テイクオフはインディビジュアル(単機ごと)、全機。
地上はいつも通りのパターンで行く。(滑走路上における)ラインナップは3機・3機のエシュロンでラインナップ。
『4(フォー)インポジション』、コールして」
IKKI「はい」
JACKY
「課目を確認する。高い区分狙い。
ちょっといつもと違うバージョンで、インディビジュアル(テイクオフ)、ノーマルで上がって、シックス(6番機)のエアボーンビジュアル(浮揚後全機を視認)でレフトターン、250ノット、全機ジョインナップ(空中集合)、表側(洋上)でジョインナップ。
コンプリートジョインナップ(空中集合完了)、ある程度(近くに)来たところでいいので、コンプリート・ジョインナップ、コール」
FALCON「はい」
JACKY
「一発目を正面からデルタ・ローパス。ジョインナップしてデルタ・ローパス、1、2区分、3、4区分を兼ねてデルタ・ローパスをやった後、レフトターンでこっち(西側)に行ってチェンジ・オーバー・ターンに入る」
GUCCI「はい。わかりました」
JACKY
「デルタ・ローパス、フォー・ポイント・ロール、チェンジ・オーバー・ターン。
デルタ・ローパス後、レフトターンする。ファイブは先にブレイク(離脱)、コールして」
GUCCI「わかりました」
JACKY
「スモーク(オフ)、チャーリー(C隊形)。で、ファイブが上に上がって(雲底の確認)、右側の方へ。石巻側に」
GUCCI「はい」
JACKY
「ファイブのブレイクを確認して、ゆっくりレフトターンする」
GUCCI「わかりました」
JACKY
「GUCCIはあまりウェザーチェックは必要ないと思うので、ある程度(雲を)見ながらコントロールチェック(操舵の確認)をやる」
GUCCI「はい」
JACKY
「GUCCI以外はレフトターンして245°(ツー・フォー・ファイブ)に向けて、俺はもう今日は245°(ツー・フォー・ファイブ)コントロールチェックと言うので、そこでコントロールチェックをやる。
で、フォー・ポイント・ロール、結構早めに入ってもらって構わないので」
GUCCI「はい。わかりました」
JACKY「今日の場合はね」
GUCCI「はい」
JACKY
「で、5機の方はこっち(西側)に行って、(5番機は)フォー・ポイント・ロールに入る」
GUCCI「はい」
JACKY
「で、いつもより手前で『チェンジ・オーバー・ターン、ゴーポジション』をかけるかもしれないので」
FALCON「はい」
JACKY
「で、コントロールチェックの時に、いつもと違って(5機で)実施するので、近いところではやらないように。
いつもの通りの隊形で、FALCONは特に近いところから、いつもこちら(南)側でやっているように」
FALCON「はい」
JACKY
「なので、みんなのそれぞれのポジション、俺も確認しながらコントロールチェックするので、それぞれでコントロールチェック、その後、チェンジ・オーバー・ターン、スタートで行く」
JACKY
「では、1、2区分の課目を確認する。
今日は燃料が心もとないので、サンライズをレベル・サンライズに変更する。1、2区分ともに、両方レベル・サンライズで行く。
で、(他の課目としてはフェニックス隊形ではなく)デルタ・ロール、デルタ・ループ。
今日はちょっと、6機にこだわりたいので、ボントン・ロール、以降、3区分に変更して、サクラを実施する。
あとは全部流したいと思う。1、2区分は以上」
JACKY
「3、4区分の確認。最初は一緒ね。チェンジ・オーバー・ターンからインバーテッド・コンティニュアス・ロールまで一緒で、あとはレベル・サンライズで、行きたいと思う。
燃料確認のところでちょっと微妙だったら、スキップ(省略)課目を上でコールするので、それでみんな対応するように。
GUCCI」
GUCCI「はい。(今日は)ハーフ・スロー・ロールで行きます」
JACKY「ミッションは以上だけど、質問ある?」
全員「ありません」
JACKY
「トラブルについては俺のみ(乗り換えて)IKKIの飛行機を取っていきたいと思う。あとは乗り換えなしで。他のみんなは『欠』で行きます。
上空では、(チェイス:追随の組み合わせは)俺(1番機)にはGANG(2番機)。GANG(2番機)とCORK(3番機)は相互に。IKKI(4番機)にはCORK(3番機)。あとはGUCCI(5番機)とFALCON(6番機)は相互に。
スペシャル(今日の特別な着意事項)です。
めちゃくちゃ暑いと思うので、これまでにないくらい、今シーズン初めて経験するくらいの暑さの中でキャノピーを閉めた状態で行くので、よく集中してやっていこう。
しかもサードだし、みんなは1回、2回、飛んだ状態でのサードなので、ちゃんとしっかり水分補給して、まずステップする。
ラストフライトとか別に変に意識しなくていいので、いつも通り。地上から含めて、駄目だったら駄目、駄目なものは駄目。無理してやらないように、地上、上空問わず、判断して。
最後っていうけど、みんなにとっては普通のOR訓練なので、自分の技量を伸ばすことをしっかり考えてやるように。
そして、1番機に対して、遠慮のないように。俺に対して。あ、ちょっとこの人無茶してるなとか、ちょっと色気出してるなと思ったら、ストップ(ミッション)対処、そういうつもりでやっていこう」
JACKY
「まあ、あとは俺はいままで、これで最後になるけど、BENGALにはしっかりと申し送ったつもりだし、絶対こいつだったらこのあともやってくれると思うので、BENGALを信じて、今後も一生懸命頑張っていけるような、フライトにしたいと思いますので、宜しくお願いします。
はい、以上。質問は?」
全員「ありません」
JACKY「はい、それじゃあ、(スモークのタイミング合わせの)ボントン・ロール」
JACKY「ワン、スモーク。スモーク。ワン、スモーク。ボントンロール、スモーク。ナウ」
全員「では、お願いします」
全体でのブリーフィングが終わると、JACKYは深い息をしていた。気迫のこもったブリーフィングだった。その姿は訓練の飛行要領というより、戦闘機パイロットの生きざまを伝えているようでもあった。
息を整えると、次に1番機、2番機、3番機、4番機で実施する課目の要点をブリーフィングしていった。
最後には1番機の子弟二人が残り、何かを伝えていた。もう間もなくブルーインパルスの飛行班長がBENGALに継承される。
ラストフライト
航空祭で着る紺の展示服こそ着ないものの、本番さながらにウォークダウンからスタートする。搭乗から離陸、曲技飛行、着陸から降機、並びにウォークバックまで一連の流れを見せるフルショーの飛行場訓練だ。セカンドのTR訓練ではウォークダウン/バックは実施しなかったし、ナレーションもなかった。
フルショーの訓練ではナレーションも行われる。現時点、4番機TRのREACH(佐藤裕介1空尉)がナレーターを務めるところも航空祭と同じだ。
「ご来場の皆様、本日はようこそ松島基地においでくださいました」
航空祭と同じ声がエプロンに響き渡った。
最後の岩国や美保でも、またこのラストフライトでも、翼の先が自分の指先のような感覚で飛んでいるのではなかったか。T-4と心技体がひとつになったフライトだ。気象条件の変化や残燃料の状況で変えていく課目構成。全機がどこにいていまどう飛ばなければならないか、頭でなく身体に染み着いて、指示しているようだった。サッカーの名ミッドフィールダーが敵と味方がどこにてどう動いているかわかっていて、まるで背中にも目があるのではないかというように全体を掌握し、ボールを繰り出していくように。
そういうプロフェッショナルな仕事は、人々の心の拠り所になる。人生の苦境において精神的な支えになることもある。では、なぜブルーインパルスなのかと言われれば、JACKYがインタビューで語ったように「縁」としかいいようがない。その縁を大切にする人たちと、これからもブルーインパルスを応援していきたい。
平川通3空佐のインタビューとラストフライトの様子は、後日、映像作品としてもお届けするべく、鋭意制作中です。乞うご期待ください。
《取材・撮影》ブルーインパルスファンネット 今村義幸/伊藤宜由/Yuka Miyamoto
《監修》吉田信也
《取材協力》航空自衛隊第4航空団第11飛行隊、松島基地広報班、航空自衛隊航空幕僚監部広報室、航空自衛隊幹部学校、防衛日報デジタル
・ブルーインパルスの飛行訓練と日常~ブルーインパルスファンネットの松島基地訪問記(1/3)~
・飛行班長・平川通3等空佐インタビュー ~ブルーインパルスファンネットの松島基地訪問記(2/3)~