輸送機が集結した4年ぶりの美保基地航空祭
令和5年(2023年)5月28日(日)、4年ぶりに美保基地航空祭が開催された。航空自衛隊美保基地所属のC-2輸送機やKC-46A空中給油輸送機が迫力の機動飛行を見せた他、築城基地からリモート展示のF-2A、小松基地から展開した小松救難隊、同じ美保飛行場を基地とする海保や陸自も展示飛行を行った。地上展示では政府専用機、飛行点検隊のU-680Aなどが集結した。
6年ぶりとなるブルーインパルスも参加し曲技飛行(アクロバット飛行)を展示した。岩国フレンドシップデー、全国丸森いち、に次ぐツアー日程であるが、岩国が天候不良で地上展示のみになり、丸森が飛行場外の編隊連携機動飛行のため、曲技飛行展示としては今年度初となった。
6年ぶりのブルーインパルスは飛行班長・平川通3空佐のラスト展示
この美保は岩国でラストかもしれないとお伝えした飛行班長・平川通3空佐のラスト展示、ラストアクロとなった。美保に先立ち後任の川島良介3空佐がOR(Operation Readiness=曲技飛行操縦士)を取得した。常に二人のORがスタンバイする1番機の態勢は次期飛行班長の川島3空佐に引き継がれる。
第11飛行隊(T-4ブルーインパルス)第6代飛行班長でありブルーインパルスファンネット名誉管理人である吉田信也元2空佐は、Facebookの人気コラム【説明しよう!】で、自身のラストアクロが悪天候でできず、しかしながら任期最終月の航空学生卒業式でラスト展示ができたことを回想しつつ、平川3空佐のラスト展示を説明し祝福した。
昨年度封印されていたフェニックス・ループが復活!
昨年度、コロナ禍のイベント中止から回復の兆しが見え始めた中、メンバーの誰もが航空祭を経験したことのない千歳基地航空祭から始まり、松島、芦屋、小松、浜松、百里、宮古島と曲技飛行展示の場数を積み上げてきた。芦屋では令和元年以来の最上位1区分が前日の嵐から回復した快晴下で見られたことや、宮古島に初展開したことなど、航空祭とご当地イベントなど全17展示を中止することなく完遂した印象深い年だった。
今年のブルーインパルスは別格だ。往年の、全盛のブルーインパルスが帰ってきたことを美保で確信した。丸森の(曲技飛行の横転や背面を含まない)編隊連携機動飛行で、その片鱗は見えていた。隊形の形、バランス、課目のタイミング、テンポ、コース、そのすべてから見た精度が違うと感じていた。そのブルーインパルスが昨年度の公式展示で封印していた不死鳥「フェニックス・ループ」を美保基地航空祭2023で解き放った!
基本隊形の中でも基本中の基本であるデルタ隊形で宙返りするデルタ・ループと、最も新しい基本隊形であるフェニックス隊形で宙返りするフェニックス・ループで、難易度にはどれほどの違いがあろうか。曲技飛行課目としてはシンメトリー(左右対称)にGが掛かるループはアシンメトリー(左右非対称)にGが掛かるロール系の課目よりも比較的優しく感じられる。隊形の保持という点からは、均等に整列するデルタ隊形よりも各機の間隔が異なるフェニックス隊形の方が難しく、それをループで行うのだから、これは難しいだろうと思う。
3番機・藏元文弥1空尉、6番機・加藤拓也1空尉が同時アクロデビュー
着目すべきは、3番機・藏元文弥1空尉、6番機・加藤拓也1空尉が同時アクロデビューでこれをやってのけたことだ。展示飛行という意味では藏元1空尉は昨年度の小牧オープンベースでデビューし、加藤1空尉は岩国が中止のため丸森でデビューとなった。展示飛行デビューを順番にひとつずつクリアした後、同時に曲技飛行デビューできたのは、その習熟度もあってのことと考えられる。それは美保の曲技飛行の精度を見渡しても感じられることだった。課目の精度、テンポ、どれをとっても二人同時にデビューしているチームのものとは思えないレベルにあった。
特別な課目構成の美保スペシャル
二人同時アクロデビューのみならず、美保では他にも特殊な課目構成「美保スペシャル」を実施したという難易度があった。
美保基地のある美保飛行場は、米子空港と共用でもあるが、滑走路終端にバリア(航空機着陸拘束装置)がない。バリアが設置された空自基地は、施工した地崎道路株式会社のHPに記されているが、美保基地は含まれていない。筆者もANA羽田ー米子便で美保基地を訪れ、帰路出発時には機窓から滑走路端を見たが、バリアはなかった。
どうやら美保特有のこの条件により、課目構成は通常の1区分より4課目少なく実施され、また途中、雲を避けてとも考えられるが3区分の課目も組み入れられた。
輸送機もすっかりC-2に代替わりし、KC-46Aも配置され、滑走路も筆者が最初に訪れた頃に比べれば2500mに延長された美保基地であるが、バリアなしの条件で(恐らくは離陸重量を若干抑える必要があったと思われるが)課目構成を緻密に組み換え、二人同時アクロデビューでこれをやり、あれだけの精度で見せたところに、この曲技飛行の凄さがあった。
美保2023スペシャル課目構成
①インディビジュアル・テイクオフ・ダーティーターン
②ローアングル・キューバン・テイクオフ
③ロールオン・テイクオフ
④ファン・ブレイク
⑤4ポイント・ロール
⑥チェンジ・オーバー・ターン
⑦インバーテッド&コンティニュアス・ロール
⑧レベル・サンライズ(サンライズ)●
⑨バーティカル・クライム・ロール
⑩スロー・ロール
⑪チェンジ・オーバー・ループ
⑫ダブル・ナイフ・エッジ
(レター8)
(オポジット・コンティニュアス・ロール)
⑬4シップ・インバート
⑭スラント・キューピッド(バーティカル・キューピッド)●
⑮ライン・アブレスト・ロール
⑯360°&ループ
⑰ワイド・トゥ・デルタ・ループ
(デルタ・ロール)
⑱フェニックス・ループ
⑲ボントン・ロール
(バーティカル・キューバン8)
⑳サクラ(スター・クロス)●
㉑タック・クロスⅠ
㉒ローリング・コンバット・ピッチ
㉓コーク・スクリュー
()はスキップした課目
・は1区分から3区分に置き換えられた課目
松島基地帰還10周年
年度初めからこれだけの精度で美保スペシャルを完遂したのも、展示飛行のないシーズンオフにみっちりと訓練を重ねたからだろう。シーズンオフの間、松島基地HPで発表される飛行場上空訓練の週間スケジュールには週5日、ぎっしりと訓練の予定がアップされていた。「楽をしようとは思わない」そんな気迫がひしひしと毎週伝わってくるようだった。
昨年度、メンバーの誰一人も航空祭を経験したことのない中でツアーをスタートしたブルーインパルスは、場数不足は否めない状態にあった。その場数不足を見事にシーズンオフのトレーニングで巻き返したのだ。その努力の先にこの美保スペシャルが見られたことに感動を抱かずにはいられない。
ブルーインパルスはこの美保基地航空祭から機体左舷エンジンカウルに「松島基地帰還10周年」のマークを付した。メンバーが右肩に付けたツアーワッペンと同じデザインだ。ナレーションにも「2013年に松島基地に帰還して10周年となった」ことを盛り込んだ。
十年前、震災で避難した芦屋基地から松島基地に帰還し飛行場上空訓練を再開した時、松島基地周辺の近隣住民の皆さんはブルーインパルスの音を聞いて「やっと日常が戻ってきた」と受け止めてくれた。その声が届いてか、筆者が見始めた頃の飛行場上空訓練は週3回か多くても4回だったところを、このシーズンオフには週5回も毎週のように実施していたのだ。
この十年の間、展示飛行を再開しながら、テレビドラマ化もあって人気も絶大となり、その結果航空祭でのファンサービスも時間を多くとるようになった。1泊2日展開の入間航空祭を2泊3日にして対応した。それが年間ツアーを通してとなると20回の半分としても10日となる。実働2週間の負担は軽いものではないだろう。その先にはT-4のエンジン改修が入り、機体数を減らしての訓練や展示飛行となった。最少で2機で展示することもあった。そこから聖火到着式で機数を2編隊分の12機が揃うまでの態勢に増強したが、コロナ禍となり航空祭が中止となり東京五輪も一年延期され、改修されたエンジンは基本操縦過程に優先され、再び機数を削減しての訓練となった。
そこから東京五輪を経て限定的にツアーを再開し、やっとコロナ禍が終わって日常を取り戻そうというこの美保で、このクオリティーの曲技飛行を実施できたのは、シーズンオフに徹底して訓練して粗を潰してきたからに他ならない。
そういう意味で、ブルーインパルス自身の努力と松島基地近隣住民の皆さんが一体となり、真の松島帰還10周年を果たした姿を見せてくれた、と言えるのではないだろうか。
最強のブルーインパルス
何か強いプロ野球チームのゲーム展開を見ているかのようだ。名久井隊長という監督の元、平川ヘッドコーチがチームを前へ前へと推し進めていく。例えば、美保スペシャルの19課目目のボントン・ロールからの進行は、単機キューバン8と5機スター・クロスの2課目を置き換えて6機サクラとした。この機転はゲーム終盤に勝ち切る巧妙な決め手に見える。
これだけではない。勝ちゲームの先手は美保基地到着時から見られた。
ブルーインパルスは1番機から6番機と予備機の7機で航空祭に展開する。また、1番機から4番機を第1編隊とし、5番機から予備機を第2編隊として、2編隊に分かれて飛来する。メンバーは展示飛行時と同じ配置で搭乗してくる。
ところが美保展開に当たっては、第1編隊の1番機に乗るはずの平川3空佐は第2編隊の5番機に搭乗して飛来したのだ。第1編隊を先に美保基地に到着させ、5番機、6番機、予備機の第2編隊は、時間差で飛来し着陸直前に基地周辺の地形慣熟飛行を行った。
ファンサービス(サイン会)でこのことを質問すると「1番機、5番機、6番機で地形慣熟する必要がある」とのことであった。1番機は全編隊をリードするし、5番機、6番機はソロで飛ぶから確実に地形慣熟しておく必要がある。戦闘機パイロットには馴染みの少ない輸送機の美保基地であればなおさらであろう。
通常、本番前日の予行が地形慣熟飛行を兼ねる。というよりも予行の第一目的は地形慣熟飛行である。その常識に囚われず、乗り込む編成を変えてまで入念な地形慣熟飛行の一手間を加えたところに、今のブルーインパルスの強さが垣間見られる。
こうした一手間の積み重ねとシーズンオフの周到なトレーニングがあって、多くの国民と同じように長い困難の道のりを歩んできたチームは、今年度に入りいきなりWBC優勝の侍ジャパンのような最強チームとなって帰ってきた。これは名久井監督のリーダーシップと平川ヘッドコーチの明晰な頭脳が融合し、実直に練習に試合に邁進したメンバーたち、松島基地近隣住民の皆さんと熱烈なファンたちに支えられて再び快進撃をはじめたブルーインパルスの勝利の展示飛行だ。
感謝
平川3空佐はまもなくブルーインパルスを離れるが、心から「ありがとう、お疲れ様でした」と申し上げたい。その任期を通じて、ブルーインパルスの、航空自衛隊の飛行班長の凄さを改めて見せて頂いた。
《美保基地航空祭2023曲技飛行搭乗メンバー》
1番機 平川通3空佐(飛行班長)、後席・川島良介3空佐
2番機 東島公佑1空尉
3番機 藏元文弥1空尉
4番機 手島孝1空尉
5番機 江口健1空尉、後席・藤井正和3空佐
6番機 加藤拓也1空尉
ナレーター 佐藤裕介1空尉(ナレーターデビュー)
《文と写真/動画》
ブルーインパルスファンネット 今村義幸/伊藤宜由/Yuka Miyamoto
〜防府航空祭2023レポ(予告)〜
美保翌週の防府航空祭では平川3空佐の後任となる川島良介3空佐が展示飛行デビューを飾った。築城基地からのリモート展示で、1区分の曲技飛行を実施した。ワイド・トゥ・デルタ・ループから開始した1区分はこれまで少なくとも筆者は見たことがなく、センセーショナルな曲技飛行となった。防府航空祭についても、近日中に防衛日報デジタルで報告する。