【2023年1月13日(金)1面】 「反撃能力」(敵基地攻撃能力)の保有、過去最大の防衛関係予算。厳しさを増す安全保障環境を背景に昨年12月、戦後最大の転換点を迎える大きな方針が打ち出された。明けて令和5年。ウクライナへ侵攻したロシア、海洋進出を強める中国、ミサイルの発射を続ける北朝鮮など、周辺諸国の脅威は続くだろう。それぞれの国の狙いはどこにあるのか。日本はどう立ち向かえばいいのだろうか。「台湾有事」への備えも重要となっている。新春特別インタビューでは、元陸上幕僚長の岩田清文氏に、昨年の動きを総括してもらいながら、日本の進むべき道を語ってもらった。(聞き手=防衛日報社取締役・岳中純郎)
「自由で開かれたインド太平洋」構想
「対中国」念頭に各国が大同団結
多層的な安全保障網を
――まず、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想(メモ1参照)についてお聞きします。多角的・多層的な安全保障協力を戦略的に推進するというビジョンは「対中国」を念頭にしたものといえ、日本や関係諸国の今後を占う上で大きなポイントとなると思われます。
岩田清文氏 「構想はインド太平洋諸国を束ねて味方につけることにあります。それぞれの国が共有できる『フリー・オープン』の価値観で、各国が大同団結できる環境を作り上げたことに意義があります。裏を返せば、中国が入れない環境を作り、中国を取り囲んで悪さができないようにするという考え方ですね」
《メモ1》「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」
2016年8月、安倍晋三首相(当時)がケニアで開かれた会議で提唱。太平洋を介してアジアとアフリカの「連結性」を向上させ、地域全体の安定と繁栄を促進することを目指す。(1)法の支配、航行の自由、自由貿易などの普及・定着(2)経済的繁栄の追求(連結性の向上など)(3)平和と安定の確保―などが柱。
――同様地域では、日米豪印4カ国の協力の枠組み「クアッド」(メモ2参照)もあります。
岩田氏 「インドを中国・ロシアという体制側につかせないことに意義があります。一つの構想の下に、多くの同胞を集め、皆で束になって中国の脅威に対抗していこうという狙いです。その中核となるのが日米同盟であり、それを補う日米豪および日豪の準同盟関係。日米を核、日米豪を準中核として、『クアッド』でインドをつなぎ止め、FOIPでインド太平洋諸国を束ねるという構想の下、それぞれが活性化していくことで、結果的にこの地域の紛争を抑止できるのです」
《メモ2》クアッド(QUAD)
日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国による外交・安全保障の協力体制「日米豪印4カ国戦略対話」の通称。インド太平洋地域での中国の軍事的・経済的な影響力の拡大に対抗する非公式な枠組みとして2019年に発足。外交・安全保障のほか、インフラ整備、テロ対策、サイバーセキュリティー、新型コロナウイルス感染症対応、気候変動対策など幅広く協力・協調していく。
ロシア
国連よりも手強い自由主義国の結束
――その中国とともに、昨年、国際社会に大きな教訓を残したのがロシア。改めて、ウクライナ侵攻をどうとらえたらいいのでしょうか。
岩田氏 「国連は戦争を抑止できないことが明確になりました。逆に、自由主義諸国が団結し、経済制裁や武器、弾薬を支援しています。ロシアから見れば、自由主義諸国の結束が国連よりも手ごわい。それぐらい、効果を発していると思います。また、『力には力』ということも明らかになりました。今回、外交努力を一生懸命やり、経済制裁もやった。しかし、結局は戦争を抑止できなかった」
――ウクライナの一連の対応をどう見ていますか。
岩田氏 「ウクライナが反撃能力(長射程火力)を保有していれば、ロシアだって攻撃を躊躇(ちゅうちょ)したでしょう。今、日本の議論の中で、反撃能力が必要だと言われていますが、ウクライナでよくわかったと思います。昨年末に閣議決定された『戦略3文書』(安保3文書)に盛り込まれたように、反撃能力は絶対に持つべきと思います」
――ウクライナ侵攻にあたり、各方面で「情報戦」についてお話しされていますね。
岩田氏 「サイバー・人工衛星で敵を暴く情報戦の時代に入ったと思います。ウクライナはアメリカの支援も受けて、ロシアの政府機関や軍のインターネット空間に入り込み、内部情報を掌握していたようです。元米情報庁長官によれば、ウクライナが掴(つか)んだ情報の大半がサイバー空間からだそうです。この情報と、人工衛星から撮影したロシア軍の展開状況の写真を照合することにより、ロシア軍の動きが予測できていたのでしょう」
ウクライナの教訓を生かせ
――日本にも置き換えられる話ですね。
岩田氏 「中国も日本政府や自衛隊などのサイバー空間に侵入してくる。情報を取られないよう、あらゆるサイバー防御手段を講じるべきです。逆に、日本が中国のインターネット空間に入り込み、中国の動きを掴むことは、戦争を抑止し、被害を局限するために不可欠です。加えて、中国の偵察衛星が日本上空で撮影することを妨害する手段を持つことも極めて重要です」
――ウクライナのゼレンスキー大統領の動きをどう見ますか。
岩田氏 「国の防衛の大前提は、国民の愛国心、抵抗意識です。大統領が亡命せずに国に残り、また、キーウ市長らが、『最後まで戦う』と言ったことが、4000万人のウクライナ国民の愛国心に火をつけた。このウクライナ国民の戦う姿勢があるからこそ、西側は武器も弾薬も渡し、経済支援もする。『天は自ら助くる者を助く』、国のために戦う意志のない国民を誰が助けるでしょうか。2年に1回、『世界価値観調査』というのがあって、一昨年1月に、『もし戦争が起こったら、国のために戦いますか』というアンケートがありました。日本は79カ国中最低の13.2%。敗戦国のイタリアとドイツでさえ、4割、5割です。同盟国のアメリカでも、自ら戦わない国を助けるわけがないでしょう。国民の皆さんに、日本が置かれた極めて厳しい安全保障環境を理解してもらい、危機意識を共有してもらうことが必要です。それなくして、国民としての戦う意識は出てこないと思います」
継戦能力が重要 施設の地下化を
――ウクライナ戦争は長期化しています。
岩田氏 「戦争が長期化しても国民を守り抜ける『継戦能力』が重要です。弾薬もミサイルも燃料も、そして医薬品も含めて継戦能力がないと国は守れない。大量のミサイル攻撃を受けた時は、完全な迎撃は難しいため、地下に隠れる準備をしておくことは重要です。ウクライナは、冷戦時代から核戦争を想定していたため、公共施設や民家にもシェルターがある。製鉄所にも地下施設があった。日本のシェルター普及率は0.02%です。今後、主要施設の地下化を進め、国全体の抗堪(たん)化を図ることが欠かせません」
――こうしたことを踏まえ、日本はロシアとどう向き合えばいいのでしょうか。
岩田氏 「ロシアは戦争犯罪国です。国連常任理事国、核保有大国としての責任を放棄した国ですから、国連改革を実行して、常任理事国から外すべきです。思うようには進まないでしょうが、こうした動きを継続することで中国に対する抑止になる。日本は、ロシアとの国境地域において常に警戒監視を怠らず、抑止態勢を顕示することが欠かせません。さらに、ロシアと中国の軍事的な連携には、注意をしていく必要があります」