【2023年3月10日(金)1面】 東日本大震災は、あす3月11日で発生から12年を迎える。津波で多くの人が家を失い、命を奪われた。こうした厳しい状況の中、自衛隊はすぐさま被災地に急行し、人命救助にあたった。未曽有の大地震で防衛省・自衛隊もまた大きな混乱の中にいた。そんな中、「救助には迅速・実効性のある行動が勝る」としてルールを逸脱してまで大きな決断を下したのが、火箱芳文元陸上幕僚長だ。火箱氏に当時の状況や教訓から、今後の自衛隊の災害対応のあるべき姿について聞いた。(聞き手=編集部・船木正尋)

非常事態 一刻も早い派遣命令が重要

(安保3文書に明記)
「統合司令部」で災害対応迅速化

 ――東日本大震災では、自衛隊は10万人体制で任務を展開し、多くの被災者を救助しました。

 火箱芳文氏 「東日本大震災では2万7157人(※1)が救助され、自衛隊はそのうちの7割にあたる1万9286人(※2)を救助することができました。その要因は、救助部隊を少しでも早く現場に急行させたからだと思っています。東日本大震災のような大きな災害では、迅速な行動により、大部隊の投入が必要と考えました。発生直後の72時間以内には約3万人の陸自部隊を被災地に派遣し、その後、最大7万人の規模となりました」

 《(※1)=内閣府まとめ、(※2)=防衛省まとめ》

 ――陸上幕僚長は、部隊を運用する権限を持っていませんね。その中での当時の対応を振り返ってください。

 火箱氏 「平成18年以来、自衛隊の運用規則が変わり、大臣命令を執行するのは統合幕僚長(統幕長)に移りました。統幕長は自衛艦隊司令官、航空総隊司令官、北部、東部などの5つの方面隊の総監、中央即応集団司令官(平成30年廃止)に命令を下すことになりました。陸幕長の役割は、平素から統幕長とともに防衛大臣を補佐し、陸自の最高責任者として人事、教育訓練、防衛力整備などを行い、災害などの際はフォースプロバイダーとして『統幕長の命令に応じて措置する』ことです」

 ――辞任覚悟の「30分間の決断」があったのでしたね。

 火箱氏 「非常事態の中で、統合運用規則を逸脱し、大臣命令発出前に各方面隊などへ指示を出しました。災害派遣時は都道府県知事からの要請を受けて出動するのが原則ですが、緊急時には自主的に防衛大臣から統幕長に災害出動命令を発することもできます」 

 「しかし、当時、陸上総隊(平成30年創設)は存在せず、通常の手続きでは派遣部隊の調整に時間を要するため、一刻も早く災害現場に陸自部隊を派遣するには、それを待っていては時期を失すると判断し、各方面総監に派遣を命じました」 

 《発生当時、火箱陸幕長は防衛省11階の次官室にいて、階段を駆け下りながら考え、4階の自室に。それから約30分間、全国の部隊に指示を出し続けた。「越権行為」の批判を受けかねなかったが、その後の対策会議で追認された》

 ――そこまでして、命じたのはなぜですか。

 火箱氏 「平成7年に起きた阪神・淡路大震災の苦い経験がきっかけです。都道府県知事からの要請が遅れたのもあり、『自衛隊が現場に到着するのが遅かった』と批判を受けました。現在は電話一本で自衛隊の派遣要請ができますが、当時は煩雑な手続きが必要で、かつ自衛隊、自治体双方ともに派遣に慎重だったと思います。結果的に迅速には行われませんでした」 

 ――「安保3文書(戦略3文書)」の改定に「統合司令部」の創設が盛り込まれました。東日本大震災の教訓が生かされたと思いますが。

 火箱氏 「陸海空の自衛隊を指揮する権限を持つ統幕長は、災害などが発生すれば防衛大臣や首相を補佐する役割に忙殺され、司令部に常駐し、的確な部隊指揮をすることが困難です。その反省から、陸海空の自衛隊を一元的に指揮する統合司令部を設置することが『国家防衛戦略』に明記されたことは非常によかったと思っています。今後、発生が予想される南海トラフ地震や首都直下型地震などの災害に素早く対応でき、陸海空の自衛隊の力を結集できると思います。災害救助の間も、残された勢力で日本の防衛を効率的に対応できるようになることが期待されています」

原子力災害、情報共有が重要に
隊員の被爆対策が第一

 ――自衛隊は、福島第1原子力発電所の事故対応も担いました。

 火箱氏 「当初は原発の悲観的な情報は入ってこなかった。枝野幸男官房長官(当時)が3月12日、『1号機の爆発的事象は、心配ありません』と会見で述べていたので、それほど心配はしていませんでした。現地部隊に給水、給油任務を要請されていることは承知していました。ところが、3月14日午前11時5分、3号機の水素爆発とそれに伴う給水作業に従事していた隊員4人が負傷しました。この時、原発が危険であると初めて認識しました」

 「直ちに統幕長は、中央即応集団に原発対応の任務を付与しました。この時点で官邸からの具体的な指示は防衛省にはなかったのですが、3月15日朝、北澤俊美防衛相(当時)に、統幕長をはじめ陸海空の幕僚長らが呼ばれ、『原発に水をまいてくれないか』と官邸から指示がありました。会議後、4幕僚長が集まり、陸自が担うこととなりました。深刻な状況であると認識し、まず、放射線量の測定を行う必要があり、当初は無人ヘリコプターを使って放射線量を測定し、放水作業を行う考えもありました。しかし、無人ヘリは導入して間もないこともあり、操作ミスで2次災害を起こす危険性を考慮し、断念しました」

 ――ヘリ放水はどのように実行したのですか。

 火箱氏 「とにかく隊員が被曝(ひばく)しないように対策することを考え、実際に放水作業に使用するヘリに目張りし、パイロットの座席に放射能の軽減シートを切り貼りするなどして準備を進めました。3月16日にモニタリングと並行して、ヘリ放水を試みましたが、外部放射線量が多いためいったん中止せざるを得ませんでした。ヘリ内部の放射線量の低減と隊員の被曝がないことを確認し、翌17日早朝、ヘリ2機で4号機燃料プールへの空中水投下を行いました。その後、陸海空の自衛隊の航空基地の消防車で、地上から燃料プールに給水を行いました」

 ――これまでの経験を踏まえて、自衛隊の災害活動について求めることは。

 火箱氏 「まずお願いしたいことは自衛官の定数、実員を増やして作戦基本部隊の増強を図ってほしい。特に陸自に関して言えば、定員15万1000人(令和3年3月31日)に対し、現員は13万9000人です。東日本大震災では、休むことをいとわず救援活動に必死に汗を流す隊員の姿を見てきました。現在の体制では交代すらままならない状況です。科学技術の発展により、AI(人工知能)やドローン(無人機)などの活用が増え、自衛隊の省人化が進んでいます。しかし、操作するのは人間です。人がいなければ最新機器も動きません。そのためにも給与・手当増を含めた処遇の抜本的改善を進め、多くの若者にとって魅力的で夢があり、多くの国民から憧憬(しょうけい)のまなざしを向けられる自衛隊になってもらいたい」

自衛官の数を増やし、処遇改善も必要
本来任務の「防衛」のために 退職自衛官の活用を

 「もう一つは、現行制度の即応予備・予備自衛官制度の拡大はもちろんですが、退職自衛官OB・OGの積極的な活用です。災害派遣で被災地に赴けば、駐屯地の警備や、後方支援業務が必要になります。さらに、本来の任務である防衛にも勢力を割かなければなりません。こうした中で、われわれのようなOB・OGが緊急的に招集できる制度(仮称・後備自衛官)を構築し、現役自衛官を補完する制度を検討すべきだと思っています」

プロフィル

 火箱 芳文氏(ひばこ・よしふみ) 昭和26年、福岡県生まれ。防衛大学校を卒業後、49年、陸上自衛隊に入隊。1空挺団長、10師団長、中部方面総監を経て平成21年、第32代陸上幕僚長に就任。23年に退官。令和3年に瑞宝重光章受章。現在は、三菱重工業顧問、国家基本問題研究所理事、偕行社常務理事などを務める。著書は『即動必遂』(マネジメント社)。監修は『神は賽子を振らない』(アルゴノート社)。

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