ついにやってきました、今回のテーマはずばり「小説」。

 小説といってもその種類はさまざま。恋愛小説、青春小説、ミステリーにホラー、SF、伝奇に歴史、など多種多様のジャンルがあります。以前このコラムでも私小説と実名小説、エッセイの話をしましたが、それだけ「小説」という枠内で出来ることは多いのです。なんだったらノンフィクションやルポルタージュと銘打つよりも自由度が高いと思うのです。

 そこで今回は「小説」棚よりおすすめ本を紹介。ここにとりかかった時、「よーし!やっと『帰らざる夏』の話ができるぞ!!」なんてはしゃいでしまったものですが、よくよく考えてみたら以前の読書感想文回で紹介していましたね………ちなみに「帰らざる夏」は、陸軍幼年学校を舞台にした少年達の愛と哀の話です。やるせなさと胸を締め付けられるような感情に襲われますが、それだけ心に刻み付けられる作品です。夏に読むとなお良しですが、季節を問わず読んでいただきたい一冊です。………普通に紹介してしまった。

 では気を取り直して紹介していくとしましょう。まずはこちら。

画像1: 永遠の図書室通信 第47話「小説」

「月下美人」(著:吉村昭)

 以前紹介した著者・吉村昭氏の短編集。表題作である「月刊美人」は、彼の「昭和の戦争」シリーズ第四巻「彼らだけの戦場が」にも収録されています。
 あらすじ。主人公である「私」と、軍用機を爆破した元逃亡兵。彼への取材の中で浮き上がる苦悩の歳月と、交流の日々を描いた短編。「沢蟹」「時計」など、八編収録。

 あれだけ前半でフィクションの話をしてなんですが、基本的にこの「月下美人」は吉村昭氏の私小説です。表題となる月下美人は、別の作品「逃亡」の裏話というべきエピソード。実際に吉村氏(「私」)が元逃亡兵である男と奇妙な交流をしていた、ということ、その交流が何年も続いたことが描かれています。

 己の秘密を打ち明けることで救われるものもありますが、同時に今まであえて目をそらしていた者も掘り返されてしまうこともあります。

 元逃亡兵「菊川」も「私」に己の過去を告白することで一度は救われるのですが、そのうちにどんどん過去と向き合っていくことになり………
 果たして、菊川にとって納得のいく結末になるのでしょうか。それとも……

 過去は未来よりもずっとくっついて離れず厄介なものです。それにどう向き合っていくのか、何が一番ベストなのか。個人的に好きなのが「私とかれとの奇妙な交流は、絶えることなく続いていた。かれの存在を煩わしいと思ったことがないかったのは、私自身にとっても不思議であった」と「お互い言っていなかったことがあった」くだりです。

 ラストの月下美人の開花を救いと見るか、朝萎んでいったそれを見て、燃え尽きた先にあるものを見るか。そのあたりは読んだ人しだい。淋しくも淡々としていて、ひんやりとしていて静かで……まさに夜に咲く花を見たかのような余韻に浸る作品です。
 ラストの彼に何を想うかで、読後の感情も異なるかもしれませんね。

 なおこのエピソードを下地に作られた「逃亡」も、「昭和の戦争」4巻に収録されています。戦争は終っても終らないものがある。その赤裸々さをぜひご覧ください。

画像2: 永遠の図書室通信 第47話「小説」

「小説 昭和事件史 1」(著:有馬頼義)

 「兵隊やくざ」などの作品で知られ、本人もまた波乱の生涯を送った作家・有馬頼義が、全五巻に渡って手掛ける昭和の姿を描いた書。
 第一巻では関東大震災、昭和改元、満州事変、二・二六事件、阿部定事件にまつわる小説を五篇収録。この中に阿部定事件があるのが「この時代をがっつり書いてやるぞ!」という気概を感じます。
これは実際の経験を書いたものでもあり、事件を元にして書いた小説でもあり。すべてが本当の事である、というよりは本当のことを「小説」という概念でうまくぼかしてひとつの作品になっている……という印象でしょうか。よくテレビで再現VTRがありますが、それが活字になるとこういう感じかもしれません。
 「事実は小説よりも奇なり」とはよく聞く言葉ですが、この場合時代の事実も奇で、それを切り取った小説もまた奇な印象です。変革の明示を越えた先の大正・昭和では、政治が絡んでいた・個人でやった・人災、天災に関わらず多くの人物が事柄に衝撃と影響を受けたことがよくわかります。なおかつ文章が読みやすく、程よく没入感があるのも特徴。
 ちなみに個人的に読んでて頭を抱えたのが「文野の犯罪」。どうして人間ってこうなんだろうね。いや、だからこそ人間なのかもしれない……なんて人間への諦めと愛しさとを内包しながらページを捲ってしまう短編です。もちろん226事件について書かれた短編「暗殺者」も良かったです。226事件をクーデター、昭和維新と言わず「暗殺」とみなすのが大変よろしい。
 この複雑怪奇な昭和初期という時代をガラス越しにじっくり見ているような、そんな気分になる小説です。
 ちなみにこの棚では、同作者による「兵隊やくざ」「続・貴三郎一代」「月光」もあります。有馬ワールドをたっぷり堪能したい方はぜひ小説棚へ。

なおこの「昭和事件史」の帯には、

「去年の三島由紀夫の自刃をめぐる異常な雰囲気にくらべれば、誰の目にも明らかだろう。その意味で三島由紀夫の『憂国』『英霊の声』と『暗殺者』(『二・二六暗殺の目撃者』改題)とを比較検討してひとりひとりがどちらの側につくかという態度決定をすることは、現在のひとつの文学的・政治的問題点と言えるだろう」

 と、あります。これは有馬氏の、青年将校たちの行いを殺人と見なしている視点と、三島のある意味で彼らを尊んでいる視点を見比べて答えを出して欲しい、という帯コメントなのですが、当館小説棚ではこの「昭和事件史」のすぐ横に三島由紀夫の「戀の都」が置いてありまして。気づいた瞬間意味なくヒヤヒヤしてしまいました。
(なお「戀の都」は戦争に翻弄されている男女の恋物語。日本とアメリカの当時の関係性がうっすらと見えてくるのも見どころのひとつ。)

 それではせっかくなので、この棚にある個人的おすすめ図書も二冊ほど紹介させていただきましょう。ちょっとジャンルは変わりますが、箸休めということでご興味を持っていただけたら嬉しいです。

画像3: 永遠の図書室通信 第47話「小説」

「幽霊紳士」(著:柴田錬三郎)

 タイトルからしてもう最高だと思いませんか?「眠狂四郎」シリーズでも有名な柴田氏が手掛ける短編ミステリーなのですが、読後はなんとも高くて美味しいお酒を飲んだような気分。

 あらすじ。心中ということで片付いた事件。しかし何かが引っかかる……。刑事である主人公はその心のわだかまりを抱えたまま夜を過ごす。ふと気が付くと、彼の目の前には灰色の服を纏った紳士が現れる。紳士は刑事の見落としを囁き始めてーーーーー?
 どんでん返しが秀逸なミステリー短編&連作集。

 幽霊紳士が事件の関係者の前に現れそっと真相を告げていくさまは、まるで煙草の煙のよう。姿は無くなっても彼が残した真相や言葉は、彼を視た者の中に残るのがにくい。また連作集ということもあり、「さっきのこれがこれなんじゃん!」という気持ちよさもあります。(説明が難しいですが)
また「洋服もネクタイも髪色も灰色で、ニヒルな笑みを浮かべている紳士」というキャラ造形も素晴らしい。幽霊なので時間を問わず場所を問わず登場出来てしまうのも見事。同時収録の「異常物語」も面白いので、箸休めにぜひどうぞ。

 しかしながらこの「幽霊紳士」、少し大人向けではあります。
 豊潤で落ち着いて深みのあるお酒もいいけど、やっぱりすっきりしててさっぱりしつつも美味しくて、でもちょっと癖がある炭酸水が飲みたいよ~!というのは、子供であっても大人であっても湧く感情です。

 そんなあなたにはこちら、「謎の暗号」(著:森下雨村)

 なんとこちらの作品、かの「少年倶楽部」に連載されていた作品。のらくろや怪人20面相もこの雑誌で連載されており、当時の少年たち、あるいは少女たちも目を輝かせていた雑誌でございます。
お話の舞台は東京。アメリカ育ちのハイスペック主人公・東郷富士夫少年。彼は叔父の紹介により、警視庁外事課の助手となる。そこからはじまる富士夫少年の大活躍!暗躍するスパイの陰謀をずばり解決!という、古き良き少年探偵モノです。
 この時代の少年探偵モノからしか摂取できない味がある。富士夫くんのあまりのハイスペックぶりに「お前のような少年がいるか!」と思わないこともないのですが、そこもまた魅力と言いますが、「この戦後の少年向け推理ものという世界においては、そんな突っこみはむしろ野暮」なんて思います。それにチートが流行している今なら二週回ってすんなり受け入れられる人もわりといるのではないでしょうか。

 ということでいつもより熱が籠っているような気がしなくもないのですが、どんなジャンルであれ小説というものはいいもの。堅苦しい本よりも「小説」と銘打っている方がファーストコンタクトがやわらかいと言いますか、手を出しやすくなるのはあるかと思います。戦争について興味があるとき、専門書よりも先に小説に手を出してみるのもアリなのではないでしょうか。もちろん、休憩も忘れずに。

アクセス

画像4: 永遠の図書室通信 第47話「小説」

永遠の図書室
住所:千葉県館山市北条1057 CIRCUS1階
電話番号:0470-29-7982
営業時間:13時~16時(土日祝のみ17時まで) 月火定休日
システム:開館30分までの滞在は無料、それ以降は一時間ごとに500円かかります。
駐車場:建物左側にあります、元館山中央外科内科跡地にお停めできます。
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