今回のテーマは「日本・日本人・日本論」。
さすがにいつものようにテーマについて少しだけ書き、それから本の紹介……にするには「少しだけ」の範囲を選ぶのも、広大すぎて選べない。そもそもどこから手を付けたらいいかわからない……といった結論が出ましたので、今回は棚に並ぶ本たちから、日本のすがたというものを見ていこうと思います。
言葉から当時の背景を知る
この棚の中でおそらく一番古いであろう本、それがこちら。
「鍋島論語 葉隠讀本」編 大木陽堂
忍法?いいえ、武士の心得が書かれた本です。恐らくこれをお読みの方々の中には、「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉を知ってる人も多いのではないでしょうか。その言葉の元となったのがこの葉隠読本なのです。
先の言葉だけを見ただけだと内容はつかみにくいですが、実際は藩主に仕える者の心構えや歴史・習慣に関する知識、処世術などが書かれた書物。
少しだけ見てみると、「第一印象や後にまで及ぶ」や「若い時に苦労して老後は安楽に」「辛いことは今日一日だけと思え」「常に覚悟をすべし」など、現在を生きる我々にも充分響くような教訓が並んでいるこの本。考えてみれば背負う重みの種類こそ違えど、武士も働く我らも等しく勤め人。まさに先人から学ぶといった言葉が合いますね。
ちなみに中には「急ぐな落ち着け」という項目もあります。はいと首を縦に振らざるを得ない説得力。
しかし、やはり当時を生きる武士。今とは違う感覚も当然ながらあります。
「死は最上の忠義」「武勇のためには怨霊悪鬼」「主人のためには地獄も平気」といった、まさに武士道というべき言葉もあります。しかしそれもよく読んでみると(全部が全部ではないですが)なるほどな、と思う箇所もあります。表題だけ読んだときにはわじゃらなかったことも、横に書いてある意味や解説でようやく言葉の形を成す、という感じでしょうか。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」も、要は「いつでも死ぬ気で行動すべし」という意味で、けして「死=善」ではありません。今でも「死にものぐるいで頑張る」という言葉がありますが、雰囲気としてはそれに似たものかと思います。
いつの時代にも文章の解釈を間違えたり、曲解してしまうことはあります。
この言葉を「死は美徳である」と解釈してしまった時代があります。それが太平洋戦争中であり、玉砕や特攻、自決といった悲しい場面で尊ばれていたのだそう。江戸時代、昭和、令和と命の重みや使い方は異なれど、けして山本常朝(口述者)も田代陣基(編集)も「そうではないんだけど……」と困惑するのではないでしょうか。
言葉とはそれ自体が力であり、世情を映す鏡でもあり、当時の背景を見ることができるものでもあります。次に紹介しますのはこちら。
「戦中用語集」(著:三國一朗)
関東軍から零戦、兵庫や軍歌・風俗、徴兵検査など、戦争という大きな流れの中にいた日本で使われていた言葉たちを丁寧に解説した1冊。戦中の言葉というのは、そのものは目にしたことが合っても、意味を深く知らない人・人に開設できるほどには詳しくないよ、という人はいるのではないでしょうか。かく言う私もその一人です。
例えばこの本、「関東軍」についての解説もあります。著者自身も初年兵として関東軍に入隊したものの、どうして「関東軍」と呼ぶのかは教えてもらわず、今に至ったのだそう。
中でも「バンザイ=クリフ」に関しての項目は、まさに「死は美徳」を体現してしまったと言えるでしょう。読んでいるだけで胸が苦しくなる項目も多々、あります。「救護班要員トシテ召集ス」の項目にある一文は、著者にとっても忘れられない一言となりました。きっと、読者にとっても忘れられぬ一言となるでしょう。
「『恥を知る者は強し、生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ』。あの戦陣訓の一節がなかったら、こんなに何十万っていう犠牲者を出さないで、すんだかもしれませんね。」
個人的には、「英霊」の解説もまた、うっすらと寒気がするような内容でした。戦中に使用されていた言葉たちを、わかりやすく、見やすく解説したこの本。しかし知れば知るほど、言葉の力と言葉の呪いについて思いをはせずにはいられません。
「葉隠」は言葉の曲解を、「戦中用語集」は言葉の持つ力と呪いを。偶然ではありますが、どちらも当時の日本人の精神性のひとつである、「死は美徳」について思いを馳せてしまう本でありました。
ちなみに前述した「生きて虜囚の辱めを受けず」も、元々は捕虜に対しての扱いの残虐さを見た山県有朋が「捕虜になるくらいなら死んだ方がマシでは」(要約)という発言が元となった、という説があります。
そもそも玉砕という言葉も、「玉が美しく砕けるように、大義や名誉に殉じて潔く死ぬこと」とあり、これも全滅という言葉を少しでも軽くしようと意図したものなのだそう。
言葉の力というのは本当に凄まじいもので、たったひとつの言葉が人から人へと渡り歩いていくうちに意味を変えたり、大きくなったり。刃になったり、呪いになって拡がってしまったり。便利ですが、使い方を誤ると大事になってしまうものでもあります。
言葉に使われるのではなく、敬意を持って慎重に言葉を選ぶ。
そうすればきっと、言葉の方もそれに応えて、誰かの心に残ったり、温かい光を灯すのだと思います。
私も誰かの心に残るような文章を書いてみたいものです。
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