防衛省は8月31日、令和6年度概算要求を決定し、過去最大の総額7兆7385億円を計上した。日本の防衛政策の転換点となった昨年末の「安保3文書」改定後初の予算要求となる来年度は、防衛力の抜本的強化に向けて大幅な増額を目指す。敵部隊・艦艇の射程外から攻撃する「スタンド・オフ防衛能力」の整備に7551億円、地上配備型迎撃システムを搭載した「イージス・システム搭載艦」2隻の建造費に3800億円を要求。これに加え、常設の「統合司令部」や台湾有事を想定し、南西地域への輸送部隊を新編するための費用なども盛り込んだ。
 

5年間で43兆円、2年目となる令和6年度

 政府は昨年12月に閣議決定した「国家安全保障戦略」など安保3文書で、防衛力の抜本強化に向けて9年度までの5年間で計43兆円程度の予算規模を確保する方針を示した。これを踏まえ、6年度の概算要求の総額は、5年度の6兆8219億円を大きく上回る予算規模を要求した。

画像: 概算要求の資料をもとに作成

概算要求の資料をもとに作成

スタンド・オフ防衛

 敵のミサイル拠点などをたたく反撃能力(敵基地攻撃能力)を持つスタンド・オフ防衛能力では、飛距離を1千キロ以上に改良した12式地対艦誘導弾能力向上型(地発型・艦発型・空発型)などの研究開発や量産、取得に関する費用を要求した。

画像1: スタンド・オフ防衛

 このうち、12式地対艦誘導弾能力向上型の地上装置などの取得(144億円)、同能力向上型(艦発型)搭載のための機材調達(6億円)の費用を新たに計上した。これに加え、音速の5倍以上の「極超音速」で低い高度を飛ぶ極超音速誘導弾の製造態勢の拡充(85億円)も新規事業として進める。そのほか、長距離飛行性能や精密誘導性など対艦・対地能力を向上させた新たなスタンド・オフ・ミサイル開発(320億円)にも着手する。

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統合防空ミサイル防衛

 反撃能力と、ミサイル防衛システムによる迎撃を組み合わせた「統合防空ミサイル防衛(IAMD)」に1兆2713億円を求めた。この中には、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備断念を受けて新造する「イージス・システム搭載艦(基準排水量1万2000トン)」の建造費(2隻、3797億円)が盛り込まれている。全長190メートル、横幅25メートルとなる見込み。乗組員は約240人と既存のイージス艦よりも20%以省人化した。敵のミサイル拠点などを攻撃する「反撃能力(敵基地攻撃能力)」として活用する米国製巡航ミサイル「トマホーク」も搭載可能な垂直発射装置(VLS)を備える。

画像: 統合防空ミサイル防衛

 イージス搭載艦は令和9年度に1隻、10年度に1隻を配備する計画で、6年度から建造に着手する。VLSは計128発分の発射能力を有し、既存のイージス艦の3割程度増やす。1隻あたりの整備費約3950億円となる。この中には令和元~4年度にかけて調達済みの米ロッキード・マーチン社製のレーダー「SPY(スパイ)7」やVLSなどの費用も含む。SPY7はイージス・アショアでの運用を想定していたが、同搭載艦に転用する。

ゲームチェンジャー無人アセット

 革新的なゲームチェンジャーとなりうる無人アセットに1184億円を要求。情報収集や警戒監視、偵察に活用する無人航空機(UAV)の購入費用に充てる。このうち、合成開口レーダ(SAR)を搭載したUAV(中域用)機能向上型を6式(96億円)のほか、UAV(狭域用)41式(14億円)を購入する。水中の無人アセットの開発にも注力する。無人水中機(USV)の試験運用の費用(160億円)を新たに盛り込み、国産USVの開発促進を図る。さらに戦闘支援型多目的USVの研究(245億円)も進める。警戒監視や対艦ミサイル発射などの機能を選択的に搭載し、有人艦艇を支援するステルス性の有したUSVの実現を目指す。

画像: ゲームチェンジャー無人アセット

 島しょ部への補給品輸送を想定し、無人水陸両用車を開発(211億円)する。無人機をコントロールする有人機も同時に開発を進める。無人水上飛行艇の救難以外の活用方法(1億円)についても検討する。救難機「US2」の後継機ではなく、新型として開発する。

領域横断作戦能力 

 防衛省は、宇宙やサイバー、電磁波の新領域にも注力する。宇宙領域の能力強化に1654億円を要求。「宇宙領域把握(SDA)」では、SDA衛星の整備に172億円を盛り込んだ。8年度の打ち上げを目指し、衛星の運用準備、打ち上げや機能確認試験などを実施する。新規事業としては、他の主体が所有する衛生に自衛隊の機器を搭載するホステッド・ペイロード(相乗り)調査研究(2億円)、民間事業者が運用する光データ中継を利活用する静止軌道間データ中継実証(50億円)を進める。

画像: 領域横断作戦能力

 サイバーの能力強化に2303億円を計上し、サイバー人材の育成などを進める。陸自システム通信サイバー学校(23億円)、陸自高等工科学校(2億円)のサイバー教育基盤の拡充を図る。防衛大学校については、現行の情報工学科を「サイバー・情報工学科(仮称)」に改編。これに加えて、サイバー等安全保障研究体制(2億円)の強化も推進する。防衛省はこうした施策を進め、サイバー専門部隊の隊員を、約890人(4年度末)から9年度末までに約4千人の増員を目指す。

 電磁波領域では、通信・レーダー防衛能力のほか、電子防護能力などの強化に取り組む。このうち、通信・レーダー防衛能力では、対空電子戦装置2式の取得(62億円)、低電力通信妨害技術の研究(31億円)、将来EMP(電磁パルス)装備技術の研究(95億円)の費用を新たに盛り込んだ。このほか、固定翼哨戒機「P1」をベースに電子作戦機の開発(140億円)も行う。情報収集、警戒監視、電磁波などの能力を向上させる。15年度までの開発完了を目指す。

新型FFM、F35導入へ 

 陸海空の装備品の開発や購入に1兆3787億円を要求した。新型FFM(基準排水量4500㌧)2隻を建造(1747億円)。12式地対艦誘導弾能力向上型(艦発型)を搭載し、ソナー(水中音波探知機)の能力も向上させる。同艦の乗員は約90人。さらに新型補給艦(基準排水量1万4500トン)の建造(825億円)にも着手する。

画像: 新型FFM(イメージ)

新型FFM(イメージ)

 ステルス戦闘機「F35B」7機(1256億円)を購入し、新田原(にゅうたばる)基地(宮崎県新冨町)に配備される。それに合わせて同基地に「臨時F35B飛行隊(仮称)」を新設する。パイロットは約20人で整備などを入れる総勢約90人となる見込み。

画像: ステルス戦闘機「F35B」

ステルス戦闘機「F35B」

 

南西諸島への補給体制強化

 

画像: 機動舟艇(イメージ)

機動舟艇(イメージ)

 現実性を帯びている台湾有事を想定し、南西諸島などの補給体制を強化する。「自衛隊海上輸送群(仮称)」を6年度末に新編。広島県の海上自衛隊呉基地に司令部を置く。南西地域への機動展開能力を向上させるために共同の部隊を組織した。人員は約100人規模となる。これに合わせて、機動船艇3隻(173億円)を配備する。また、民間海上輸送力の活用事業(325億円)の費用を求めた。現行の民間活力導入(PFI)船舶の契約期間が7年末までとなっており、新たに2隻のPFI船舶を確保する。現在のPFI船舶は「ナッチャンworld(総トン数1万712トン)」、「はくおう(同1万7300トン)」の2隻。

常設の「統合司令部」設置へ 

 概算要求では、6年度末までに陸海空3自衛隊を一元的に指揮する「統合司令部」を防衛省のある東京・市ヶ谷に設置する費用として105億円を計上した。司令部は、自衛隊の運用などに関して、平時から部隊を一元的に指揮し、統合・共同の作戦計画の策定や作戦を遂行するのが主な役割だ。また、台湾有事で戦闘に巻き込まれる可能性のある南西諸島防衛を中心に、自衛隊だけでなく、在日米軍なども含めた作戦計画も練る。

画像: 常設の「統合司令部」設置へ

 統合指揮官は、防衛大臣の命令を受け、陸上総隊司令官や自衛艦隊司令官、航空総隊司令などを指揮することができる。指揮官は、陸海空の各幕僚長と同格の将官を配置するほか、人員は約240人となる見込み。市ヶ谷には防衛省や市ヶ谷駐屯地があるため、既存の建物に司令部を置く。

 統合司令部の設置構想は平成23年の東日本大震災を機に浮上。統幕長が首相らへの説明に忙殺され指揮に当たる時間が不十分だったとの反省から、30年改定の「防衛計画の大綱」への記載が検討されたが、見送られた経緯がある。こうした中で、昨年末に策定された安保3文書の一つである「国家防衛戦略」では「陸海空自衛隊の一元的な指揮を行い得る常設の統合司令部を創設する」と明記された。

 

※写真・図(提供・防衛省)


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