【2022年12月6日(火)1面】 防衛省のシンクタンク、防衛研究所は11月25日、中国の戦略や安全保障をめぐる動向を分析した年次報告書「中国安全保障レポート2023」=写真=を公表した。中国が近年、人間の「認知領域」を掌握するため、自国に有利な情報を流す「心理・認知領域の工作」を活発化させ、とくに台湾統一に向けた発信を強めている実態を示したほか、軍事的手段だけでなく、平時でも有事でもない「グレーゾーン事態」の海上における活動などの非軍事的な手段も使い、影響力を拡大していると分析した。報告書は13冊目。
報告書のテーマは「認知領域とグレーゾーン事態の掌握を目指す中国」。中国の統合作戦能力について分析した昨年の続編と位置づけている。
報告書ではまず、パワーバランスの劇的な変化により、中国は従来の国際構造が大きく転換しつつあるとし、「100年に1度の大変化」と呼んでいる。さらに、2020年に始まったコロナ危機はこの動きを加速させ、米国は唯一の超大国という地位を失い、米国の覇権は終焉えんを迎えるかも知れないと考えていると記述している。
心理戦から「三戦」へ
報告書では、心理・認知領域における闘争として党全体の影響力工作と関連する軍の活動を活発化させていると指摘。
人民解放軍は、心理戦を重視する伝統を持っており、さらに近年では、世論戦、心理戦、法律戦の「三戦」を重視していると分析。人工知能(AI)など新興技術の発展に伴い、これを駆使した知能化戦争への移行が模索される中で、心理戦の延長として認知領域における作戦という概念が登場しているとしている。
台湾に脅威の認知戦
プロパガンダ、偽情報を流布ー台湾に対し複数の事例
こうした心理・認知領域における闘争が最も顕著に表れているのが、台湾に対する影響力工作だとしている。
報告書では、台湾統一に際し、米軍が介入した場合、侵攻作戦が困難なものになるとし、中国は「戦わずして勝つ」作戦を志向。その手段の一つとして認知戦が実行されている、と台湾側は認識していると分析した。
現に、党中央組織などによるプロパガンダ(政治的宣伝)、情報収集、技術偵察、世論工作、ソーシャルメディアでの情報発信などによるフェイクニュースの拡散、軍関係者を含む台湾人への働きかけなどの影響力工作が報告されており、台湾にとって大きな脅威となっているとした。
このため、人工知能やビッグデータの活用が広範に使われるようになり、ディープフェイクなどがより巧妙に用いられていく可能性が高いとしている。
一方で、ウクライナ戦争ではロシアがウクライナと米欧の対策により苦戦したことから、中国の影響力工作がロシアと類似した部分が多いとした上で、「中国にとってショック」と指摘。影響力工作の有効性に疑問が付されることになったと分析している。
党の関与強める体制に
報告書によると、中国では2015年以降、習近平主席が主導し、人民解放軍にサイバー戦、電子戦、宇宙空間における作戦に加え、心理・認知戦を統括する組織「戦略支援部隊」を設置するなど大規模な改革を実行した。
また、中国人民武装警察部隊を中央軍事委員会の一元的指導下に置くとともに、中国海警局を武警隷下に置くことで中央軍委の指導下とする体制となった。有事における人民解放軍の統合作戦に寄与しやすい組織にしたことで、中国共産党の下に再配置することを狙った。
こうした動きにより、党組織の関与を強め、党の意思を反映させやすい態勢にしたとしている。
海軍、海警、海上民兵
海上の「グレーゾーン事態」海警、海上民兵の活動積極化
報告書では、海上で展開される中国の「グレーゾーン事態」についても言及。戦争を避けて有利な態勢を形成するために、海軍を抑止力として利用しつつ、法執行機関である海警、海上民兵なども利用している。
具体的には、海警局と海上民兵を統合して平時から連携を強化。日本が武力攻撃とは判断できないグレーゾーン事態での作戦能力を向上させるとともに、戦時には軍系統が従来以上に強い指揮権を持つようになっていると分析した。
海自、海保の監視が効果
中国の海洋権益主張活動については、東シナ海と南シナ海について違いが認められると指摘。南シナ海では海軍などと疑われる中国漁船が幅広く活動しているが、東シナ海では、尖閣諸島周辺海域で、日本の海上保安庁や海自の哨戒活動が有効であるため、中国政府がグレーゾーン作戦として取り得るオプションを狭めている可能性があると言及した。
報告書は、日本語のほか英語、中国語に翻訳され、防衛研究所のウェブサイトで閲覧できる。