ロシア侵攻の意図は

 【2022年6月7日(火)1面】 防衛省のシンクタンク、防衛研究所は5月31日、ロシアのウクライナ侵攻が世界に与えた影響などをまとめた『ウクライナ戦争の衝撃』を発表した。プーチン大統領の決断の背景や、米国、中国などの国や地域ごとのウクライナ情勢への対応と動向などを多角的に分析した。防研では、今年2月下旬に始まったウクライナ侵攻をめぐり、同日発表した年次報告書「東アジア戦略概観2022」の刊行を1カ月遅らせた上で新たに研究・執筆を行い、別冊として刊行した。

米国、中国などの動向も

 『ウクライナ戦争の衝撃』は全6章建て。戦争を世界はどうとらえ、どう対応したのかを米国や中国、豪州、ASEAN(東南アジア諸国連合)など主要国、地域への影響などについて分析し、最終の第6章では、著者らによる座談会とする構成にしている。

ずさんな判断で見誤る
 ウクライナ侵攻についてロシアは、ロシア国内を「ウクライナのネオナチ政権がウクライナ東部のロシア人を攻撃しているので撃退する特別軍事作戦を遂行」という主張で固め、異なる見解は遮断・排除する閉鎖的言説空間を形成したと分析した。

 その上で、侵攻については、プーチン大統領がウクライナの主権と自由意思を認めず、強制的に統合することが可能と考えて決断したなどとした。

 一方で、ウクライナの意思や能力を見誤り、目標に合った作戦準備ができず、ロシアの対立相手を分断するより団結させるといったずさんな判断と行動を積み重ね、ウクライナ人の人命・社会、ロシアの将兵・国益・名誉、国際規範に大惨事をもたらしているとした。

変わらない中露連携
 2022年2月の中露首脳会談で「民主観・発展観・安全観・秩序観」に関する共通の立場を示す共同声明を発表するなど、対米牽制けんせいを含む多面的な利益の確保を目指す中国にとって、ウクライナ侵攻は想定外と強調した。

 しかし、侵攻後もロシアとの連携と協力は維持。両国関係は強化されており、中国指導部にとって、「米国かロシアか」という問題設定は成立し得ないと分析した。

強まる大国間戦争
 大国・米国は外交的努力を重ねる一方、ウクライナに対して戦況に応じた大規模な軍事支援を提供。ロシアに対しては、2014年のクリミア半島への侵攻以降で最も厳しい経済制裁を実施しているとする。

 また、米軍のウクライナへの軍事支援による派遣は一貫して否定。NATO(北大西洋条約機構)防衛の重要性は認識しているものの、中国を最大の焦点とした安全保障戦略の方向性は継続しているとした。

ウクライナを支援
 豪州は殺傷兵器や装甲車の提供を含む軍事支援や人道支援、ロシアへの制裁などを通じて、ウクライナを積極的に支援。その背景には、豪州周辺で軍事的影響力を強める中国の存在などがあるとしている。

プライオリティーの錯綜
 ウクライナ侵攻に対し、ASEAN諸国は概して微温的で、対露批判にためらいがあるとする。そこにあるのは、ロシアと軍事面での協力が重要であり、とくに、ミャンマー、ラオス、ベトナムはロシアとの関係を重視していることにあるという。

 ウクライナ情勢を受け、南シナ海における中国の動向を注視しており、主権、領土の一体性、国際法の尊重については、法の支配に基づく地域秩序・グローバル秩序の維持の観点から日米と一層の協力の余地があるとしている。

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 『ウクライナ戦争の衝撃』は、新書版で1210円(税込み)。インターブックス社から出版・市販されている。また、防衛研究所のホームページでも閲覧できる。


◆関連リンク
防衛研究所 『ウクライナ戦争の衝撃』
http://www.nids.mod.go.jp/publication/east-asian/supplement_1.html


出版記念で著者らが座談会 分析内容などを説明

 『ウクライナ戦争の衝撃』の著者らが5月31日までに、防衛研究所内で行われた出版記念イベントに出席。それぞれの専門の立場から、書籍への分析内容などについて語った。

 出席したのは、編著者の増田雅之氏(理論研究部・政治・法制研究室長)、著者の新垣拓(地域研究部・米欧ロシア研究室主任研究官)、山添博史(同)、佐竹知彦(政策研究部・防衛政策研究室主任研究官)、庄司智孝(地域研究部・アジア・アフリカ研究室長)の5氏。伊豆山真理・防衛研究所理論研究部長(「東アジア戦略概観」編集長)が進行した。

 それぞれの主な発言内容は次の通り(敬称略)。

画像: 座談会では、著者らが各国の動向などについて語った=東京・市谷の防衛研究所

座談会では、著者らが各国の動向などについて語った=東京・市谷の防衛研究所

画像: 「中国」について分析、執筆した編著者の増田氏

「中国」について分析、執筆した編著者の増田氏

【第1章・米国=新垣】「ロシアは脅威も戦争相手は中国」

 「バイデン政権は中国を最大の競争相手とするが、ウクライナ侵略を受けて焦点がまたヨーロッパに戻るのではないかといった懸念も聞かれる。しかし、政府の動きを見る限り、ロシアは深刻な脅威ではあるが、やはり相手は中国なのではないかと考える」

【第2章・ロシア=山添 】「負けは認めらず、破壊だけが続く」

 「NATOとの交渉を途中で打ち切り、ウクライナに侵攻した。NATOを結束させず、NATOの国境線を近づける。ここを指摘しないわけにはいかない。中国も味方してくれているが、米国が攻めてきたときにNATOが悪いんだということを言いやすい。米国が参加してくるから悪いと言える。ロシアは進むも退くも難しい。難しいが、負けは認められないから破壊だけが続く。この状況が続けば、米国との対立がまずくなり、さらなる危険が考えられる」

【第3章・中国=増田】「侵略は想定外も政策は変わらない」

 「中露の『戦略的協力』は、2014年のクリミア併合の後。中国はチャンスと捉え、ロシアに恩を売る形で『戦略的な協力』という言葉を強調し始めた。中国はロシアの全面的な侵攻は、想定外だったと考えていい。ポイントは、想定外の事態が起こったからといって中国が違う政策を打ち出すのかということになると、そうではない」

【第4章・豪州=佐竹】「ロシアの動きは中国と重なる」

 「アジアの中で一番積極的に支援を行っている。地域で影響力を強めている中国の存在があるからだ。豪州にとって現実的な、物理的な脅威としてますます意識されるようになっている。アジアで現状変更を行っている中国は、ヨーロッパでのロシアの動きと重なっていると思う」

【第5章・ASEAN=庄司】「軍事面で重要視するロシアの批判ためらい」

 「ロシアを名指しで非難するといったことはなく、ロシア・ウクライナ双方に平和的解決を呼びかけている傾向が顕著に見られる。理由はロシアを批判することにためらいがあると感じている。ロシアは軍事面で重要。東南アジアに最も装備を輸出している国。特にマレーシア、インドネシア、ベトナムはロシアに対して配慮している」

「大国間戦争」の時代始まる

画像: 世界に与えた影響は-「ウクライナ戦争の衝撃」を緊急発刊|防衛研究所

 防衛研究所は5月31日、日本を取り巻く戦略環境や安全保障情勢を分析した「東アジア戦略概観2022」を発表した。蔓延(まんえん)する新型コロナウイルス感染症後の世界は、米国、中国、ロシアを中心とした「大国間競争」の時代が強まり、安全保障環境はさらに不確実性・流動性を増すとしている。こうした環境の中、狭間に立つ地域諸国を巻き込む安全保障パートナーシップはさらに深化・拡大し、日米同盟の役割も一層高まると分析。十分な能力を維持するために、防衛費を増額させることが必要としている。分析の対象は、2021年1~12月。概観は26回目の刊行。


◆関連リンク
防衛研究所 「東アジア戦略概観2022」
http://www.nids.mod.go.jp/publication/east-asian/j2022.html


日本 防衛費増額の必要性を強調

【中国】
 概観では、第3章で中国について特集。2021年7月に創立100周年を迎えた中国共産党は、建国100周年となる49年までに「社会主義現代化強国」を完成させるという「第2の百年目標」の実現に向け、習近平総書記への権力集中と、国内での統制強化を図ったと分析。既存の価値とルールに挑戦し、米欧などと対立を深めると同時に、「ワクチン外交」などを通じてパートナー国の拡大に努めたとしている。

 また、台湾周辺地域で軍事活動を強化し、関係の強化を図る米国と台湾を強く牽制したとし、日本周辺の海空域で「共同パトロール」を実施するなど、中露は日米をにらんだ戦略的な協力を深化させつつあると分析した。

【朝鮮半島】
 ミサイル発射などを繰り返す北朝鮮について概観では、中距離巡航ミサイルや極超音速ミサイルなどのミサイル多様化を加速。対米への「対話と対決」を掲げているものの、対話の再開は進まず、むしろ対決姿勢が顕著になったとする。

 韓国軍は、北朝鮮・周辺国双方を視野に、潜水艦型発射弾道ミサイル(SLBM)など打撃力の強化に取り組み、朝鮮半島では南北で多様化が進んでいると強調した。

【ロシア】
 新たな「国家安全保障戦略」では、国際秩序が「転換期にある」として、地政学的不安定性と軍事力使用の脅威の高まりについて言及し、新興勢力と既存勢力の各遂を強調。ウクライナやカザフスタンなど旧ソ連圏の情勢が緊迫化しているとした。

 また、連邦保安庁国境警備局などの準軍事組織の体制が強化していると分析。北方領土における沿岸防衛能力強化を目指す演習が活発化し、戦略核戦力を中心に装備更新・近代化が着実に進展しているとしている。

【米国】
 概観では、基本的な対中認識をトランプ前政権と共有しており、中国との関係を「戦略的競争」と位置づけ、中国軍事企業への投資の規制、人権問題に関する制裁を維持・強化しているとした。

 また、インド太平洋における秩序の維持について、欧州諸国を含む関係国との連携を強化。豪英米3カ国安全保障パートナーシップ(AUKUS)では、原子力潜水艦をはじめ、防衛装備や技術協力などを進めたと分析した。

 一方で、西太平洋で英国空母などとの共同訓練を含む各種の大規模な演習や艦艇展開を実施。海兵隊の改編や陸軍の極超音速兵器の配備などが進展しているとした。

【日本】
 こうした大国間競争の時代に日本が求められる政治的な選択について言及。「日本は第三者たり得ず、米国と戦略上の立場を同じくしている」と分析した。

 背景にある防衛費について、「地域の軍事バランスの重要な要素」とし、2000年に東アジアの国防支出の中で38%を占めていたが、現在は17%に低下したとした上で、日米同盟と相まって防御に十分な能力を維持するために、防衛費を増加させることが必要であることを強調した。

 台湾海峡を含む地域の安全保障環境が悪化する中、日米同盟の抑止力を強化するため日米間で役割・任務・能力(RMS)に関する協議を深化させる必要性を指摘した。

【米国撤退後のアフガニスタンをめぐる大国政治】
 米、パキスタン、中国、ロシア、イラン、インドを加えた主要関係国の動きが重要とする一方で、テロという共通の懸念に対しては足並みが揃わず、協力が成立しないという大国間政治の負の面を指摘した。

【アラブ諸国とイスラエルの国交正常化の進展】
 アラブ諸国4カ国(アラブ首長国連邦=UAE=、バーレーン、スーダン、モロッコ)は、パレスチナ国家の樹立まで、イスラエルと外交関係を持たないとする従来の立場を脱却。また、アラブ諸国とイスラエルの関係改善の潮流は妨げられないとしている。


◆関連リンク
防衛省 防衛研究所
http://www.nids.mod.go.jp/index.html


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