憲法9条
――敵基地攻撃能力の話をすると、憲法の規定と矛盾するとか、概念としては専守防衛の範囲内だ、などさまざまな意見があります。そのあたりについては
河野氏 「憲法9条は、『国権の発動たる戦争と武力による威嚇(いかく)または武力の行使は国際紛争を解決する手段としては、永久に放棄する』と書いてあります。そうあるべきです。ただし、日本が攻められたときにまで専守防衛の考え方を持ってくるから話がややこしくなると思うのです。専守防衛とは『相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限。保持する防衛力も必要最小限で憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略』とされています。先制攻撃は国際法違反ですから当然ですが、本当に憲法9条はそこまで求めているのか、と思うわけです」
――具体的には
河野氏 「国の体制として、日本は専守防衛であるべきです。その意味で戦略的専守防衛は国柄として絶対維持すべきです。しかし、敵が攻めてきた後、普通の国は軍隊に対してこう言うはずです。『いかなる手段を使ってでも、全力を挙げて国家・国民の生命・財産を守れ』と。これが、普通の国です。もちろん、無制限ではありません。国際法の範囲内です」
――今の憲法に対する考え方はそうではないと
河野氏 「『全力を挙げて守れ』じゃなくて、言い方が極端ですが、『必要最小限で相手にケガさせるな』と言われているようなものです。こんな国ってあるのか、と。必要最小限ではなく必要かつ適切にだと思います。敵基地攻撃の今の議論は、専守防衛の考え方は変えず、いわば例外的な措置として憲法も認めているというものです。今回、国家安全保障戦略などが見直されるわけですから、もう一回、専守防衛の考え方を整理してもらいたいと思います」
――となると、日米同盟との関係にもつながるわけですね
河野氏 「そうです。専守防衛という考え方を維持したまま、日米同盟にスライドさせる、落とし込むとどういうことになるかというと、日米同盟は『盾と矛』の関係ということになります。日本は守りだけ。アメリカに攻撃をやってもらう。日本を守るための行動を盾と矛に切り分けることがそもそもおかしいと思います。日本防衛のために日米一緒になって戦う。ただそれだけです。条件をつける必要はありません」
――それでは、日米同盟についてお聞きします。いまのお考えからすると、もう実質的にもそうじゃないと、日米の同盟関係は対等にすべきで、近づいているんじゃないかと
河野氏 「そのための一つが『安全保障法制』だと思います。1960年に安保条約は改定されましたが、その基本形は維持されています。日本の国力、自衛隊の能力は締結当時と比べると格段に向上しているわけですから、当然、対等な同盟に極力もっていくという考え方になるべきだということです」
――専守防衛という基本的な考え方は、日本のバックボーンとして変えなくてもいいんだと
河野氏 「日本の国柄として戦略的には専守防衛の国であるべきです。ただし、日本が攻められた後のことにまで、専守防衛という話を当てはめるからややこしくなるのです。ここはやっぱり、全力を尽くして国、国民を守るという発想にならなければいけないと思います」
GDPの1% 数字ありきは意味がない
――昨年末に令和4年度の当初予算案が閣議決定されました(※4)。「防衛関係費は(GDPの)1%」などとよく言われます。防衛力強化のためには、一定の金額を増強しなければいけないと
河野氏 「必要な防衛力を積み上げていき、結果として何%という話になる。初めから数字ありきというのは意味がないように思います。今まで、保有について抑えてきた攻撃力も含めて、今まで自己規制していたものを越える発想ができれば、自ずと防衛力の内容が充実し、防衛費も積み上がっていくと思います」
新領域
――宇宙・サイバー・電磁波という新たな領域を含めた防衛力の強化は、喫緊の課題です。中国やアメリカはこういうところまで来ています。日本の対応については
河野氏 「陸海空の垣根を越える必要があります。アメリカは宇宙軍、中国も戦略支援軍だと思いますが、別個の軍種を立ててやっています。ここは今まであまり力を入れてこなかったので、遅ればせながら力を入れなくてはいけない。世界の趨勢(すうせい)としてそうなっています」
――個人的には、戦争そのものの概念が変わるんじゃないかと。例えば10の防衛力があるとすれば、8~9は、宇宙とかサイバーとかに投じていかないともう間に合わないんじゃないか。そのあたりについては、どのようにお考えですか
河野氏 「まだまだ、戦車、護衛艦や戦闘機が不必要であるということはないでしょう。現に各国持っているわけですから。ただ、宇宙・サイバー空間などを押さえておかないと、国の防衛は成り立たない時代になりました。今後、戦争の形態は大きく変わると思います。どこからが有事で、どこからが平時かも分からなくなる。サイバーでは平時から、攻撃を受けているということが山ほどあるわけですよね。戦争の概念が大きく変わることも踏まえて、検討していただきたいと思います」
――サイバー・宇宙という領域を広げていけば、敵基地攻撃能力というのも、もっと広い概念で、捉えなきゃダメだということですね
河野氏 「必要最小限ということではなくて、日本を守るために必要かつ適切なことをやらなければならないわけです。国会で、敵基地攻撃ばかりに焦点が絞られて、どこからが先制攻撃なのかという議論になる。『ミサイルに油が注ぎ込まれるところ? 半分くらい? 満タンになったとき?』…。これは戦術問題です。敵基地攻撃は、日本はどこまで攻撃力を持つのかというもっと大きなBig Pictureを描いて、議論していただきたいなと思いますね。敵基地攻撃はその範疇(はんちゅう)であり、作戦形態の一つに過ぎません。一方で、電磁波・サイバーに頼っていれば万事OKという話ではないと思います」
自衛隊のイメージ
――今、安全保障に対する関心が高まっている一方で、自衛隊に対する関心はまだまだ低く、隊員の募集などに障害になっているという状況もあるようです。自衛隊のイメージについてどのように思われますか
河野氏 「自衛隊に対して、いま非常に期待も高まり、親近感も高まっています。憲法違反と言われたイメージが徐々に変わり出したのは、1991年のペルシャ湾派遣(※5)からだと思います。そこから自衛隊はオペレーションの時代に入り、国民に自衛官の顔が見え出した。アメリカの『9.11』の際のインド洋派遣や海賊対処、阪神淡路大震災、そして東日本大震災への救援活動などを経て、自衛隊への信頼感が増していった。あくまで地道な積み重ねの結果です」
現役隊員たちに
――こうした評価を受けて、現役の隊員たちは今後、どう向き合えばいいですか
河野氏 「東日本大震災で、『国民から高く評価されましたね』とよく言われます。確かに不幸な出来事でしたが、東日本大震災での救援活動は高く評価されました。しかし、それだけで評価が高まったとは思いません。先にも述べたとおり、ペルシャ湾派遣から一つひとつ築き上げてきた結果があるからこそです。それに伴い、自衛官の顔が国民に見えてきて国民との距離も近くなりました。先輩、同僚、後輩が築き上げてきた信頼は大切にしてほしいですね。『築城十年、落城一日』とも言います。税金泥棒などと言われ、泥水をすすりながら匍匐(ほふく)前進していた時代もあった。この時代があるからこそ今、好感を持たれる自衛隊になっている。この歴史を忘れず、慢心せず前進してほしいですね」
国家の根幹をなす仕事 誇りを持ち、任務に邁進を
――日本のため、誇りや自覚、責任、使命などを持って日々、頑張っている隊員に今、どんな言葉をかけますか
河野氏 「ありきたりかもしれませんが、自衛隊というのは絶対、国家にとっては必要だし、国家の根幹をなす仕事。自分の仕事に誇りを持ち、自信を持ち、任務に邁進(まいしん)してもらいたいです。必ず国民は評価してくれる、ということですかね」
災害派遣
――最後に災害派遣についてお聞きします。最近、自衛隊が活動するケースが増えてきました。政治家の間からは「自衛隊は『便利屋』じゃない」などという声も聞かれますが
河野氏 「大規模な災害派遣は国家の安全保障にかかわる話。コロナもそうです。当然、自衛隊は前面に出るべきです。ただ、派遣については、『公共性・緊急性・非代替性』の3原則の基準はありますから、その点は適切に判断してやってもらいたいなと思います」
【memo】
※4 政府は昨年12月24日の閣議で、令和4年度当初予算を決定。防衛関係費は、10年連続の増加となる5兆4005億円(SACO=米軍再編=関係経費など含む)に。防衛省は、4年度当初と3年度補正(7738億円)を合わせて「防衛力強化加速パッケージ」と位置づけ、「16カ月予算」として総額6兆1744億円を計上した。
※5 各種資料によると、平成2年8月2日、イラクが隣国のクウェートに侵攻し、その全土を占領。国連は多国籍軍を編成し、反撃を開始した。この湾岸戦争で、イラクはペルシャ湾北部のクウェート沖合に約1200個の機雷を敷設した。輸入原油の7割を中東地域に依存している日本にとっては深刻な問題となり、政府は平成3年4月24日、自衛隊法第99条に基づく措置「湾岸の夜明け作戦」として自衛隊創設以来、初の海外実任務としてペルシャ湾に掃海艇を派遣することを決定。掃海母艦や補給艦、掃海艇など6隻、511人の隊員で編成された海自ペルシャ湾掃海派遣部隊が出港し、6月5日から機雷掃海作業を開始した。
プロフィル
河野 克俊氏(かわの・かつとし) 昭和29年、北海道生まれ。52年、防大機械工学科を卒業し、海上自衛隊に入隊。第3護衛隊群司令、佐世保地方総監部幕僚長、海上幕僚監部総務部長、同防衛部長、掃海隊群司令を経て海将に昇任し、その後、護衛艦隊司令官、統合幕僚副長、自衛艦隊司令官、海上幕僚長を歴任。平成26年10月に第5代統合幕僚長に就任。安倍晋三首相(当時)の信頼が厚く3度の定年延長を重ね、在任は4年半にわたった。31年4月に退官。現在は川崎重工業顧問。