日本を取り巻く安全保障環境が厳しさと不確実性を増す中、令和4年が始まった。日本として、防衛省・自衛隊として、より積極的で効果的な対応が求められる正念場の年でもある。中国をはじめ周辺諸国をどう捉え、向き合うべきなのか。日米同盟は。新領域への対応は。防衛日報社では、新春特別インタビューとして前統合幕僚長の河野克俊氏に登場してもらった。安全保障から憲法問題、隊員に向けたメッセージまで、元自衛隊トップは退官後ならではの「本音」もまじえ、日本への熱い思いを語った。(聞き手=防衛日報社取締役・岳中純郎)

中国

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国際法違反にメッセージ出す

 ――「自由で開かれたインド太平洋」構想は完全に中国包囲網という動きになっています。日米豪印4カ国の戦略「QUAD(クアッド)」(※1)も始まりました。こうした流れをどのように分析されますか

 河野克俊氏 「構想は本来、自由である海洋を利用し、経済的な発展をしましょうという考え方です。問題なのは、中国が力による現状変更をしていることです。明らかな国際法違反。中国に対して、メッセージを出す必要があります。QUAD、米英豪3カ国の『AUKUS(オーカス)』(※2)、QUAD+欧州という枠組みで中国に対して牽制(けんせい)球を投げているわけです。価値観の相違なので、妥協の余地がない。中国に行動を変えてもらう。こういうことを今後とも追求することです」

 ――日本の役割は

 河野氏 「その最たるものは台湾海峡です。米中対立を考えたときに、戦略地図を概観すれば日本が対中という関係では最前線に立ったわけです。日本は逃げられません。ここは対中戦略の要として、自分のこととして対応していく。唯一の道は、日米同盟を基軸として積極的に対応することです」

 ――台湾有事をめぐる中国の思惑は

 河野氏 「(台湾統一は)毛沢東が1949年、中華人民共和国を建国したとき以来の宿題。中国は『やる』という選択肢しかない。ただし、『やれない』という発想はある。日米が抑止力を強化し、中国が軍事的な行使をすると非常に大きなリスクを伴うということを認識させることで台湾海峡の平和を保つ。だから、日米の抑止力の強化が必要です。中国にとって、『やれない』という状態を維持することだと思います」

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 ――中国に対し、日本の財界、企業経営陣は、自分たちの経済利益を考え、中国市場を無視しては何もできないということが根強くあります。中国をそんなに敵視してもらっては困るという考えです

 河野氏 「中国は1980年代、改革開放路線に舵(かじ)を切ったわけです、西側諸国と同じような価値観になるだろうと世界は期待しました。ところが、2018年、アメリカのペンス副大統領が大演説を打ったわけです。『中国はわれわれとは違う』、ポンペオ国務長官は『完全に中国を見誤っていた。中国は異質の国だ』と指定しました。貿易ルールは都合のいいように運用するわ、知的財産は乗っ取るわ、いいように利用されたということです。企業の方々もリスクを冷静に判断していただきたいと思いますね」

危険な水域に入っている

 ――中国は軍事力にお金をつぎ込んでいます。アメリカも強化しています。日本は憲法の規定とか、GDPの1%以上はダメなどと言われていますが

 河野氏 「習近平が第3期目の総書記を5年やります。これが終わるのが2027年。このときまでに台湾の問題を片付けたいと思っている可能性があります。彼に誘惑を起こさせないように、日米で抑止力を強化しなくてはいけない時期に来ています。アメリカは『PDI』(※3)を打ち出しました。日本もアメリカと協力しながら、抑止力の強化の一翼を担うというのは当然なのです。非常に危険な水域に入っているわけですから」

北朝鮮

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 ――北朝鮮に対する日本のリスクをどう見ますか

 河野氏 「『イージス・アショア』は2017年(平成29)に導入を決めました。18年(同30)1月の朝日新聞の世論調査では、7割の国民が必要だと言っていましたが、ブースターの問題でキャンセルしました。すると、国民の約7割は賛成した。国民世論というのはそういうものです。現実に目の前に飛んできていないから、熱が冷めるのは当然です。しかし、政治リーダーは、冷静に判断しなくてはいけないと思います。北朝鮮は1発の核も1発のミサイルも廃棄していないし、短射程ですが『変則軌道』ミサイルの発射を行っています。つまり、変化球の練習をし出しています。北朝鮮のミサイルの脅威は、増大しているとみるべきです」

イージス・アショア 攻撃も含め議論を期待

 ――日本はどう向き合えばいいのでしょうか

 河野氏 「イージス・アショアをやめる時に、安倍首相(当時)が『防御だけでは不十分だ、という発想に切り替え、抑止力をどうするか抜本的に考えなくてはいけない』ということを言い残して退陣されました。もっと幅を広げて、攻撃も含めて検討するということに舵(かじ)を切る。岸田首相も『敵基地攻撃』を国会で言われました。今後、そういう方向に議論が進むことを期待しています」

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【memo】
 ※1 日米豪印の首脳や外相らが安全保障や経済を協議する枠組みで、英語で「4つの」を意味する「quad(クアッド)」という通称が定着したもの。インド太平洋地域での中国の軍事的・経済的な影響力の拡大に対抗し、2019年に発足した。インフラ整備、テロ対策、サイバーセキュリティー、新型コロナウイルス感染症対応、気候変動対策などについても協力・協調していくとしている。

 ※2 米英豪3カ国の国名の頭文字を組み合わせた、インド太平洋地域の安定に向けた新たな安全保障協力の枠組み。昨年9月15日(米東部時間)に創設が発表された。最初の協力案件として、米英が豪州の原子力潜水艦導入を技術面などで支援する。米国は「QUAD」と並ぶ対中戦略の柱に据えている。

 ※3 対中抑止のためインド太平洋軍の能力を強化するため創設された基金「太平洋抑止構想」。米上院で昨年12月15日に可決された二〇二二会計年度(21年10月~22年9月)の国防予算の大枠を決める国防権限法案で、前年度の3倍の大幅増とし、米主導の多国間合同演習への台湾招待を政権に求めるなど、中国対抗を鮮明にした。

プロフィル

 河野 克俊氏(かわの・かつとし) 昭和29年、北海道生まれ。52年、防大機械工学科を卒業し、海上自衛隊に入隊。第3護衛隊群司令、佐世保地方総監部幕僚長、海上幕僚監部総務部長、同防衛部長、掃海隊群司令を経て海将に昇任し、その後、護衛艦隊司令官、統合幕僚副長、自衛艦隊司令官、海上幕僚長を歴任。平成26年10月に第5代統合幕僚長に就任。安倍晋三首相(当時)の信頼が厚く3度の定年延長を重ね、在任は4年半にわたった。31年4月に退官。現在は川崎重工業顧問。


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