自衛隊の新時代を切り開く女性自衛官たちの活躍に、67年の歴史を持つ自衛隊広報紙「防衛日報」が独自取材で迫ります
キラリ☆輝く女性自衛官 ~ 濵田尚里1陸尉(自衛隊体育学校)編
東京2020オリンピックで、日本柔道は過去最多のメダル12個(個人11、団体1)を獲得した。しかも、個人11個のうち9個が金メダル。男子では60キロ級の高藤直寿選手、66キロ級の阿部一二三選手、73キロ級の大野将平選手、81キロ級の永瀬貴規選手、100キロ級のウルフ・アロン選手の5人。女子では52キロ級の阿部詩選手、70キロ級の新井千鶴選手、78キロ級の濵田尚里選手、78キロ超級の素根輝選手の4人が世界の頂点に立った。
柔道は日本の国技ともいえる競技であり、メダルへの期待値も高く、スター選手も多い。大野選手や阿部一二三・詩兄妹などには、大会前から大きな注目が寄せられていた。五輪が終わってからも、キャラクターなどがウケてテレビにひっぱりだこの選手もいる。
そんな中、日本柔道史上最年長の30歳10カ月で初めて五輪に出場した「遅咲き」の濵田尚里1尉(自衛隊体育学校所属)の知名度は、柔道界ではともかく、一般的にはそれほど高くはなかった。しかし、今回の五輪で最も「強さ」を印象づけた選手は誰かといえば、多くの人が濵田1尉を挙げるのではないだろうか。
濵田1尉は2回戦から登場。決勝までの全4試合をすべて一本勝ちで制した。4試合の合計試合時間は7分42秒。1試合平均にすると2分にも満たない。今回の取材でも本人が「(オリンピックでは)危ない場面はなかった」と振り返るほどの盤石の金メダルだった。
圧巻だったのは、わずか1分9秒で決着をつけた決勝戦。相手のマドレーヌ・マロンガ選手(フランス)は、東京オリンピックの時点で世界ランキング1位の強豪であり、五輪前の1月のマスターズ大会、2019年の世界選手権などで苦杯をなめている相手だった。
このあたりのことを伺うと、濵田1尉は「対戦成績は普段からあまり気にしていない」と答えた。負ければそれを糧に対策を練り、技を磨くのみということだ。お互いに手の内を知り尽くした強豪同士の決勝戦は、立ち技ではマロンガ選手、寝技になれば濵田選手というのが大方の予想だったが、立ち技の攻防でも相手に何もさせず、すぐに得意の寝技に持ち込んだ。
マロンガ選手は試合後、「寝技になっても動ければ逃れられると思っていた」と語っていたが、亀の姿勢(うつ伏せで両ひざ・両ひじ・頭を畳につけた状態)になった相手の帯をとってひっくり返し、腕を狙ってからの抑え込みという、「寝技のフルコース」のような展開で一本勝ち。試合後のインタビューで、「研究されても、その上をいけるように練習してきた」と語ったように、進化した寝技で見事に世界の頂点に立った。
30歳10カ月での金メダル獲得は日本柔道史上最高齢記録ということだが、濵田1尉の活躍は、60年の歴史(1961年8月創立)を持つ自衛隊体育学校にとっても画期的なものとなった。
自衛隊体育学校は、1964年(昭和39年)の東京オリンピック以降、日本がボイコットしたモスクワ大会を除くすべてのオリンピックに代表選手を送り出しているが、柔道でのメダル獲得は濵田1尉が初めて。また、女性自衛官の金メダルは、ロンドン五輪女子レスリングの小原日登美選手に次ぐ2人目の快挙だった。濵田1尉は、出番はなかったものの混合団体でも銀メダルを手にしており、1大会で2つのメダルを獲得したのも体育学校初の快挙だった。
〔自衛隊体育学校所属選手の五輪メダル獲得選手一覧〕
重量挙げ
三宅 義信:金・東京(1964年)
三宅 義信:金・メキシコ(1968年)
マラソン(陸上)
円谷 幸吉:銅・東京(1964年)
レスリング
金子 正明:金・メキシコ(1968年)
中田 茂男:金・メキシコ(1968年)
平山紘一郎:銀・ミュンヘン(1972年)
平山紘一郎:銅・モントリオール(1976年)
宮原 厚次:金・ロサンゼルス(1984年)
入江 隆:銀・ロサンゼルス(1984年)
江藤 正基:銀・ロサンゼルス(1984年)
宮原 厚次:銀・ソウル(1988年)
井上 謙二:銅・アテネ(2004年)
米満 達弘:金・ロンドン(2012年)
小原日登美:金・ロンドン(2012年)
湯元 進一:銅・ロンドン(2012年)
乙黒 拓斗:金・東京(2021年)
射撃
蒲池 猛夫:金・ロサンゼルス(1984年)
木場 良平:銅・バルセロナ(1992年)
ボクシング
清水 聡:銅・ロンドン(2012年)
並木 月海:銅・東京(2021年)
競歩(陸上)
荒井 広宙:銅・リオデジャネイロ(2016年)
水泳
江原 騎士:銅・リオデジャネイロ(2016年)
柔道
濵田 尚里:金【個人】・東京(2021年)
濵田 尚里:銀【団体】・東京(2021年)
フェンシング
山田 優:金【団体】・東京(2021年)
濵田1尉の活躍には岸信夫防衛大臣もすばやく反応し、決勝当日のツイッターには、「自衛隊所属の柔道(女子78㎏級)濵田尚里選手が金メダル獲得!おめでとうございます!圧倒的な抑え込み、素晴らしい試合でした!(原文ママ)」と書き込んでいる。
岸大臣が「圧倒的な(抑え込み)」と表現しているように、濵田1尉は決勝をはじめ4試合すべてを寝技で勝利。それらのフィニッシュをまとめると、
2回戦 隅落からの横四方固め(2分32秒合わせ技一本)
準々決勝 巴投げから送り襟絞め(2分38秒合わせ技一本)
準決勝 腕ひしぎ十字固(1分23秒一本)
決勝 崩れ上四方固め(1分09秒一本)
抑え込みあり、締め技あり、関節技あり。寝技になればあらゆる攻め手で相手を逃さずに仕留めてしまう濵田1尉の「極め」の強さが遺憾なく発揮されたオリンピックだった。
次回からは、この独特のスタイルを完成させた柔道家としての歩みに迫っていく。
▷▷ 次回は、「寝技の女王」が誕生するまでの歴史をたどります。
プロフィール
1陸尉 濵田尚里(はまだ・しょうり)
自衛隊体育学校
平成2年生まれ
【主な経歴】
平成25年 4月 | 自衛隊体育学校入校 |
平成29年 9月 | グランプリ(ザグレブ)優勝 |
12月 | グランドスラム(東京)優勝 |
平成30年 9月 | バクー世界選手権大会 優勝 |
令和元年 7月 | グランプリ(モントリオール)優勝 |
令和 2年 2月 | グランドスラム(デュッセルドルフ)優勝 |
令和 3年 4月 | グランドスラム(アンタルヤ)優勝 |
7月 | 東京2020オリンピック 個人・金メダル、混合団体・銀メダル |
※階級はすべて78キロ級