戦時中、戦っていたのは兵隊さんだけではありません。
 夫の代わりに家を守っていた母親も、幼いながらに逞しく生き抜いていた子供も、なんだったら老若男女問わず、当時の人間は厳しい状況下の中で必死に戦い抜いていました。今回はそんな彼ら彼女らにとっての戦争についての本をご紹介したいと思います。

知れば知るほど面白い、それが昭和史

 まず最初にご紹介するのがこちら。

「暮らしの中の太平洋戦争 -欲シガリマセン勝ツマデハ-」

 「少国民」シリーズでおなじみ山中恒氏。彼が今回描いたのは戦時下の庶民たちの暮らしについてです。ガソリンを使わずに走る「薪自動車」の話、贅沢は敵だとされた中で、どんな結婚式や披露宴をあげていたのか、千人針の話、食事の話などなど、さまざまな暮らしの側面を資料を用いて解説している本です。

 その時代を著者本人が生きてきたからこそ書ける言葉と、当時のポスターやチラシ、写真といった豊富な資料に、当時の暮らしが鮮明に描写されています。当時の人々は何を強いられてきたのか、何を我慢してきたのか、どうやってやりくりしてきたのか。
 初めて知る情報も多く、知っているようで知らなかった戦時下の暮らしについてよくわかる一冊ですね。

 特に気になったのが当時の食生活。山中氏は「食い物が無かった、ろくなものを食わせてもらえなかったということをなつかしがったり、それを教訓のネタにしてお説教を垂れたりもする」日本人が多いと説きます。
 確かに戦時下の食生活、と聞くと詳細よりも上記で山中氏が述べていたような話しか聞いたことが無いかもしれないな……と思う方もいるのではないでしょうか。かく言う私もそうです。自分たちの幼いころはこんなにいいものは無かった、現代人は甘えている……と言った感じのもの。

 その点、この本では「とにかくお金が無いので高級料理店を休業させる」「ひたすら食料を節約する・その方法」「当時の食料価値」「科学的に食生活を考える」など、初めて聞く話がどんどん出てきます。そこに教訓や説教的な要素はなく、圧倒的な資料的価値があります。資料の中の「食料になる虫」というページは必見。
 贅沢を悪、我慢を美徳としてきた戦時下。こうして読むとどれだけ窮屈なんだろうと思います。まあやせ我慢の美化は形を変えて今も蔓延っているような気はしますが、それは置いておきましょう。

 そんな窮屈な生活では食生活指針もまた窮屈。食糧難を切り抜けるために仕方が無いとはいえ、「私共の食生活は『私』のものでも『個人』のものでもなく、挙げて『公』のものであり、『国家』のものであらねばなりません」とまで書いてあります。これはひどい。
 私の胃袋が私のものだけの時代に生まれてきたことの、なんと素晴らしいことでしょう。食事が楽しいと思えて、何を食べるか選ぶ時のわくわくを味わえる時代で良かった。そんなことをしみじみと、改めて考えさせてくれる本でもあります。

 さて次に紹介するのがこちら。

「陸軍幼年學校の生活」(著:今村文英)

 この本、実は昭和18年に書かれたものの復刻版。内容は一言で言えば幼年学校の入学案内の分厚いパンフレット、と言った方がいいかもしれません。よくある「皆さんのご入学、お待ちしています!」みたいな文章で締められるので。
 さて入学案内ということは、もちろん学校の良い所や特色の話が書かれていないと通うきっかけにはなりません。
 入学してからの一日の過ごし方の詳しいスケジュールや、授業について、放課後鍛錬タイム、年中行事や野外演習について、名将の訓話など、軍人を目指す少年たちが見たらワクワクしてしまうような内容のパンフレットです。

 しかし当然のことながらそれは当時の話。書き方や促し方、コーティングの仕方など、なかなかにうっすら鳥肌が立ってくるような感覚を覚えます。軍国主義の原液を直接流し込まれて頭がくらくらとしてきます。そりゃこういうものにぐるっと囲まれていたら軍人をめざす少年も多かろうと、なんともいえない気持ちになります。

 …………とはいえ、何の検閲もされていないむき出しの思想がここまで読めるのはかなり貴重。今の価値観で読むと何とも言えない気持ちにはなりますが、資料として読むとこれ以上ない価値がある本であると思います。
 それに、洗脳が大多数だろうとはいえ純粋な気持ちで軍人が夢であり、軍人を目指していた少年もいなかったわけではないと思うのです。全否定せず、でも肯定はせずに冷静に読むのがお勧めです。

 ちなみに最後に再販にあたって著者の言葉が載せられています。ちょっと読んでみましょう。

 戦争に勝ちたいばかりに書いたこの本は、非常に好評を博し、新聞は大々的にこれを推奨し、ラジオでも二回ほど朗読放送があり、文部省はこれを推薦図書にしてくれた。
 ところが終戦後、この本は青少年に好戦的な超国家思想を鼓吹したという理由で発売禁止になり、文部省は著者の私を教職から追放したのである。

 「戦争に勝ちたいばかりに書いた」も凄いですが、手放しに賛美した空気も凄い。本文、そして「再販にあたって」まで読むと戦中・戦後というものを肌で感じることができます。あと手のひら返しも。

 さて次はちょっとだけ小休止ということで、「らんぷと水鉄砲」(著:安野光雅 三木卓)をご紹介いたします。

 これはまさに片手サイズの歴史資料館といっても過言ではありません。昭和に使われていたもの、愛されていたものたちを画で綴り、そこに小さな文章を載せて紹介している今書。これはもう、本当にかわいい本なんです。
 燐寸であったり、リリアンであったり、ブリキのバケツであったり、紙風船であったり………それらが第一線で活躍していたころ、まだ私は生まれていません。なのに何故だか心を揺らされ、その物たちに愛しささえ感じてしまう。それはきっと三木氏の愛ある文章と安野氏のかわいい絵の力なのではないかと思うのです。
 大正ロマン、昭和レトロ。そんな言葉がありますが、その時代の「かわいいもの」ってきっと後世でも可愛らしさや愛しさを覚えるものなんだと思います。平成で私たちの愛したものにもカタカナ三文字で名前が付けられて、後世でかわいがられていたら嬉しいものですね。

 ところでマッチの思い出といえば、小学生の頃理科の実験で使ってましたね。班の中でもマッチを恐れずに一発で付けることができる子のことをひっそり英雄視していました。懐かしい。今の理科の実験でも使ってたらちょっと嬉しいですね。

 さて最後に紹介するのがこちら。

「戦争童話集」(著:野坂昭如)

 野坂さんといえば「火垂るの墓」で有名な作家さんですよね。当館でも「軍歌・俳句・和歌・用語」コーナーに「軍歌・猥歌」があります。作家であったり歌手であったり政治家であったり、活躍の場が広い人でもあります。
 さて、そんな野坂氏の書いた「戦争童話集」。コラージュ的な表紙からしてすでに心惹かれますが、中身は……これ、全部国語の教科書に載せてほしいですね。わかりやすく優しい文章でありながら、きちんと戦争というものと向き合った真摯な短編集なのです。
 哀しくも心の中に残り続ける童話たち。これこそ年齢を問わずに読んで欲しい本と言っても過言ではありません。個人的に好きなのが「小さい潜水艦に恋をしたでかすぎるクジラの話」「年老いた雌狼と女の子の話」「ぼくの防空壕」ですかね。
 ありきたりな表現になってしまうのですが、涙が滲んでくる。胸が詰まって苦しくなる。けれど「童話」というカテゴリであるからこその表現や書き方、纏う空気に苦しさや哀しみだけではない感情を覚えることができる。そんな素敵な短編集です。

 以前27話特別編「読書感想文を書こう!~店番が選ぶこの夏のおすすめ図書~」にて紹介させていただいた「子供たちに残す戦争体験」(新潮社編)もこちらの棚に置かれている本だったりします。
 今回紹介したものの他にも、戦地で/内地で/兵士が/民が/男が/女が/詠んだ俳句と向き合い、背景の詳細を交えながら一句一句解説していく「戦時下俳句の証言」(著:高崎隆治)、昭和史の中に存在した、嘘のような本当の話のような、人々の間を駆けまわった「メルヘン」を紹介していく「裏窓の昭和史 今となってはメルヘン」などなど、「暮らし」についての資料が盛りだくさんのコーナーです。

画像: 知れば知るほど面白い、それが昭和史

 こうやって振り返ってみると、昭和という時代の「暮らし」ってかなり不思議です。思想も生活も考え方も、最初と最後では全然違うものになっているのですから。たった64年の間に沢山の仕組みが作られ、戦争があり、復興があり、発展があり、進化があり………
 よく当館にお越しになる方に言っているのですが、授業で習う近代史ってすごく短いんですよね。学期末ということもあってか、ぎゅっと詰められて本当の要所しかわからない感じ。
 しかし、詰められてはもったいないほどの濃密さが近代史にはあるのです。その中でも昭和は、一番近くて一番知らない時代では無いのでしょうか。
 知れば知るほど面白い、それが昭和史。哀しみも怒りもその中に確かにあった進化も楽しみも傷も、知っておくとどこかで自分の心に響くものがきっと出てくると思うのです。

アクセス

画像5: 永遠の図書室通信 第41話「女性・子供の戦争・暮らし」

永遠の図書室
住所:千葉県館山市北条1057 CIRCUS1階
電話番号:0470-29-7982
営業時間:13時~16時(土日祝のみ17時まで) 月火定休日
システム:開館30分までの滞在は無料、それ以降は一時間ごとに500円かかります。
駐車場:建物左側にあります、元館山中央外科内科跡地にお停めできます。
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