特別企画「使命と覚悟ー東日本大震災10年」では、それぞれの生き方、思いなどを紹介する。第8回目は、自衛隊の災害派遣活動に触れ入隊を志願し自衛官となった引木樹里陸士長です。
引木 樹里 陸士長（27）陸上総隊中央特殊武器防護隊
引木が岩手県紫波町で被災したのは、高校2年の時だった。今でも、「あの体験がなかったら、自分はまったく違う仕事をして、違う人生を歩んでいたんだろうな」と思うことがある。引木は、被災地で活動する自衛官の姿から、人生を変えるほどの「大きな感銘を受けた」と言う。
小さい頃から、なぜか迷彩服が大好きな女の子だった。それが高じて、よく地元の岩手駐に隊員が銃剣道の練習をしている様子を見学に行った。
「でも、迫力がありすぎて、やっぱり自衛官のイメージというと、『怖い』という感じだった」と笑う。そのイメージを一変させたのが、東日本大震災だった。
3月11日の発生時、引木が所属する女子サッカー部は、学校から少し離れた場所にある室内フットサル場で練習中だった。大きな揺れを感じた直後、天井の照明器具が落下し、ものすごい音を響かせた。部員の中には恐怖で泣き叫ぶ者もいた。
不安な気持ちを抱えて眠りについた
引木の家は学校から遠く、しかも地震の直後から両親と連絡が取れなくなっていた。一度は部活の顧問の車で自宅に向かったが、大渋滞と燃料不足で断念せざるを得なかった。
その日からの3日間は、友人の家にお世話になった。友人の家も電気とガスが止まり、大変な状況だったが、友人のお母さんが、体が温まるようにと、ガスコンロでシチューをつくってくれた。
「実はシチューは苦手だったが、この時いただいたシチューはおいしく感じて、今でもあの味は忘れられない」
その夜、引木は布団にくるまりながら連絡の取れない両親を思い、不安な気持ちを抱えたまま眠りについた。
地震から3日目、やっと両親と電話がつながり、帰宅することができた。しかし、自宅もやはり停電と断水に見舞われ、不便な生活はしばらく変わらなかった。
そんな中、食事や入浴の支援をしてくれる自衛官のやわらかな表情は、不思議と安心感を与えてくれた。もう自衛官に対する「怖い」というイメージは、完全に払拭されていた。
自衛官にならないと後悔すると思った
電気が復旧し、テレビを見られるようになって、やっと各地の被害状況が把握できるようになった。そこで引木の目を引き付けたのが、危険な場所にも駆けつけ、懸命に活動する自衛官たちの姿だった。
大学を卒業し、教員を目指して学童クラブで働いていた引木が、「やっぱり私、自衛官になる」と告げた時、両親は驚いた。当時、自衛官になれる上限年齢は26歳。ギリギリの決断だった。「でも、自衛官にならなかったら後悔すると思った」。引木の熱い思いを感じ取った両親は、理解を示し、転職を応援してくれた。
中央特殊武器防護隊は、原子力災害などが起きた場合、放射線量のモニタリングを行うほか、被災地の除染も行う。また、最大容量5トンの水タンク車も装備しており、被災地での給水支援も可能だ。
2月13日、福島沖で「東日本大震災の余震」と言われるマグニチュード7.3の大きな地震が起こった。中央特殊武器防護隊も素早く出動の準備を整えたが、今回は見送りとなった。
最後にそのことを聞くと、引木は引き締まった表情でこう言った。
「もし災害派遣に従事することになったら、被災地に赴き、どんな状況でも自ら進んで活動し、国民を守るために頑張りたい。被災者の心に寄り添った活動で、人々に安心感を与えられる優しい自衛官になりたい」
（敬称略）
企画「使命と覚悟」の紙面展開にあたる取材や写真など各種の調整について、陸上幕僚監部広報室の協力をいただきました。
＜防衛日報 2021年3月30日（火）1面＞
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