キャリアインタビュー第3弾

 元自衛官キャリアインタビュー、ライターの太田です(私の経歴は以前の記事をご覧ください)。

 今回は、海上自衛隊を退職後、外資系金融機関で働く荒井舞さんのインタビューです。荒井さんは、外資系金融機関のIT部門で現在ご活躍していますが、大学卒業後、海上自衛官として活躍し、その後民間企業に転職しています。

 本日はそんな荒井さんの自衛隊時代のエピソード、自衛隊への思い、また自衛隊で培われた能力から仕事観までお話を伺いました。

経歴

ーー本日はお忙しい中、退職予定自衛官、元自衛官のキャリアを考えるインタビューにご対応いただきありがとうございます。まず、荒井さんの経歴を教えていただけますか。

 荒井さん:都内の大学卒業後、海上自衛隊に入隊しました。自衛隊勤務時代は海上自衛隊初のコンピュータ/ネットワーク関係の部隊で勤務し、海士長で退職しています。

 自衛隊勤務で携わったコンピュータ/ネットワークの可能性に魅せられて、民間企業でより発展的にコンピュータ関連に携わる仕事をしたいと考え、民間企業へ再就職しました。当時、海上自衛隊では、そういったコンピュータ関連の職種は正式に職種化していなかったためです。

 その後は、学生時代から学んできた英語を生かし外資系企業の社内IT部門でキャリアを積み、転職によるキャリアアップもしつつ、現在は外資系金融証券企業のIT部門で勤務しています。

 また、会社員として働く傍ら、ライフワークとして、自身も長年苦しんできた、摂食障害の克復サポートカウンセラーになるための勉強をしている毎日です。

ーー大学卒業してから、入隊されたんですね。自衛隊に入隊された背景と在職時の職務内容を教えていただけますでしょうか。

 荒井さん:大学生活がわりとゆるい感じだったため、自分を律するような生活の仕事ができるようなと就職先を考えていました。

 その中で、自衛隊少年工科学校出身の方との出逢いがあり、その方との出逢いを通じ、私もその人のような、自分をしっかりともった人間になりたいと強く思い自衛隊に入るひとつきっかけになりました。

 また、別の理由に、実は大学の時に摂食障害を発症していたのですが、通院したり、治療的なこともしていたものの、なかなか思うようにならず、この疾患を克服したいという思いからも、環境を変え、心身鍛えよう、と入隊へのきっかけへとつながっていきました。

 入隊後は、海士教育を受けた後に、主に海上自衛隊の電子整備や正式に職種化する前のコンピュータ/ネットワークの仕事を行っていました。

海上自衛隊なので海での訓練がきついかと思いますよね?それが違うんです。

ーー摂食障害克服も目的のひとつだったんですね、そうして入隊した自衛隊ですが、自衛隊在職中の思い出・エピソードを教えていただけますか。

 荒井さん:術科学校の訓練が大変でしたね。広島の江田島で訓練を行っていたのですが、もう大変でした。大学卒業するまで、あそこまで大変な思いをすることがなかなかありませんでした。

 海上自衛隊なので海での訓練がきついかと思いますよね?それが違うんです。江田島にある山を登るんですよ。登るというより「走る」という表現が適切です。

 しかもなだらかな山ではなく、大股で石をまたぐような山です。吐きそうになるくらい毎回きつかったですね。体力と精神力がかなり鍛えられましたし、また、訓練期間中は冬だったので、寒さも応えました。毎朝7時30分から8時に国旗が掲揚される海辺での30分間の直立不動は耐え難いほど寒く、我慢強さも相当鍛えれました。

 海上自衛隊は白いピシッとした制服のイメージが強いと思いますが、まさに服装へのこだわりも強いんです。

 服装点検になるととくに指導が厳しく、入隊直後の教育教育中は一日2回(朝と昼)アイロンをかけていました。当時、隊舎の4階に住んでおり、アイロンを掛けても階段を降りる際にどうしても多少歩きシワがつきます。このシワも指導対象になるんです。連帯責任で指導を受けました。

 一人1シワにつきスクワット10回で、20人近くいたため、200回近くスクワットをやったこともあります。

 スクワット以外に腕立て伏せ、腹筋など一人(10回)×メニューのように種類豊富です。アスファルトの上でやるため、腹筋をやり過ぎてお尻の皮が剥けたほどです。ただ、今となってはどんなこともよき思い出です。

ーーすごい鍛錬ですね。そうした充実した自衛隊生活でしたが、なぜ自衛隊から民間企業へ再就職されようと思ったのでしょうか。

 荒井さん:司令部のコンピュータ/ネットワーク関連の部署に配属されたことがきっかけですね。

 今から約20年前に海上自衛隊がはじめての立ち上げた部署だったのですが、当時はトライアンドエラーの繰り返しで、大変でしたが、いろいろと操作をさせてもらう中で、コンピュータ/ネットワークの可能性に魅了されました。その業界に携わって生きていけば、時代の最先端に常に入れる、と直観的に感じたのです。

 そこで、本を読んで勉強したり、上司から話を聞いて、コンピュータ/ネットワークに関するこをとことん勉強しました。

 勉強すればするほど、コンピュータやネットワーク関する仕事に携われれば、時代の最先端にいられると考えていました。ですが、残念ながら、当時の自衛隊では、職種化するかはまだわからないという状況でした。

 電話回線でインターネットが普及しはじめた時代で、民間企業ではコンピュータ/ネットワークを活用していこうという時代です。そのため、最先端の仕事をしたいと再就職を決めました。

ーー難易度の高い外資系金融企業でキャリアを進めていますが、外資系企業でのキャリアの積み重ね方について現在のお仕事や今後のキャリアとともにお聞かせください。

 荒井さん:外資系金融キャリアで進めていくためのコツだけでなく、人生全般に言えることかと思うのですが、自分にとって不可能と思われる仕事を与えられたとしても不可能と思わず、トライすることです。

 やり遂げた先をイメージしてやることです。まったく無知な仕事が舞い込んできたりします。泣きたくもなります。

 でも、不可能、ムリという概念を外し、どうしたら達成するのか、達成できるのかを考えていくことです。そのために、何をすべきかを考える。そうすると、ちぃさな、To Doがわかってきますよね。その積み重ねですが、それらは、決して外資だからではないと思います。

 そして大事なことは、達成不可能もしくは、助けが必要と考えた場合、躊躇なくきちんと伝えることです。いい顔はしないことです。

 1つのプロジェクトを本当に達成しようとするのであれば、一人では不可能で、チームの協力が必須です。外資は個人プレーに見られがちですが、チームプレーを非常に大事にしています。

 だからこそ、自分がどこまでできるかを明確にし、そこにムリが生じたり、助けが必要な場合は、躊躇なく早めに伝えることこそまさにチームプレーです。そうした精神や気持ちが、外資系金融企業で働いて行くコツです。

 また、外資系はさまざまな人種の人がいるので、固定観念を持たないことも大切なことですね。

 今の仕事は、銀行のIT部門で、迅速な対応の必要なことが比較的起きやすく、海外ITと連携し仕事をすることが日常的で、関わる金額が桁違いに大きく責任重大。

 とくにこの新型コロナウイルスの状況下で、在宅勤務となり、問題発生時に、チャットやメール、電話、などリモートでアクセス可能であるにせよ、相談する相手が近くにいないという状況は大変なストレスです。

 そのようなストレスマネジメントもしっかりと行える自分自身でいれることも大事な要素です。私の場合は、日々仕事後に筋トレをしたり、瞑想をしたり、上司には何でも相談したりして、自分自身のメンテナンスもしっかりしています。

 今後のキャリアは、今まで同様、今のキャリアでスキルアップを図っていきつつ、健康、食生活、美など、自分に限界を設けず、あらゆる可能性を広げて活動をしていきたいと考えています。その目標実現のため、毎日早朝に起き、諸々の勉強や実践をしてます。

自衛隊で培われた不撓不屈の精神が今に活きる

ーー素晴らしい活動を取り組まれていますね。荒井さんが考える、自衛官だった事で活用できる能力、マインド、スキル等ありましたら教えてください。

 荒井さん:一言で言えば、不撓不屈の精神だと思います。自衛隊時代に培ったビジネススキルは無いですが、スキルは後からつけられます。むしろその精神力が磨かれたことは、大きな財産だと思っています。

 苦しい訓練も、一日頑張る、いや、一つのことをまずこなす、そうした

自衛隊時代に経験できた、集中力、精神力は、どこにいっても活用できると思います

 こうした能力に、新しいことにチャレンジする考え方が追加されれば、より人生や企業で活躍できる人になるのだと思います。

 人は、生まれた時は何もできないですが、育つ環境や経験で、活躍するかどうか、その後に差が出ます。その差は成長過程でやり切ることや、やり切った成功体験から来る自信だと考えています。

 チャレンジしている時は、苦しく辛いことも多いものの、苦しい時間は長く続かないですので、自衛隊で培った精神力とチャレンジ精神で道を開いて欲しいと思います。

ーー元自衛官のキャリアに関してお聞かせいただきありがとうございます。

より詳しい、荒井さんのインタビュー記事をご覧になりたい方は下記記事をご覧ください。今後もキャリアインタビューを継続してアップしていきたいと思いますので、応援をお願いいたします!


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