画像: 「中国安全保障レポート2019」|防衛研究所

 防衛研究所は1月30日、「中国安全保障レポート2019」を公表した。今回は「アジアの秩序をめぐる戦略とその波紋」がテーマ。中国が推進する「一帯一路」構想は経済的な事業ではなく、武力を背景にした支配拡大を強く警戒する必要があるとし、発展途上国への影響力も拡大していると懸念を示した。

 レポートは、中国の習近平政権が「一帯一路」構想の下に進めるアジア地域での活動について、既存秩序と摩擦を起こす中国の対外戦略だと記述。中国の戦略に米国が懸念を示し、ASEAN諸国、インドなどからも不信と反発が高まっていると強調した。

 中国の秩序戦略には2つの柱があると指摘。第1の柱は、世界2位に成長した経済力に依拠し、発展途上国との相互協力関係を拡大することで、安定した国際環境の中で経済発展を推進するとともに、地域の秩序形成において主導的な役割を発揮するためだと分析。そのための具体的な政策が「一帯一路」構想だが、習近平政権のある変化が波紋を大きくしていると記述した。

 当初は中央アジアや東南アジアなど中国の周辺地域に重点を置いていたが、近年、発展途上国の発言力を高めて新たな国際秩序の構築を推進するようになったためり、米国をはじめとする先進国の警戒感が強まったと強調した。

 第2の柱は、中国が「核心的利益」と捉えている領土・主権・海洋権益の確保と拡大を図ることであると分析。急速に増大させた軍事力に依拠し、対立する相手国に圧力をかけて譲歩を引き出し、また実力を行使して支配を拡大していることについても触れ、南シナ海での軍事基地建設や日本への威圧、米軍の行動制約への試みなどの事例を挙げて記述した。

 さらに中国がアジア全域にどのような影響を与えているかを分析。「一帯一路」構想を推進する中で、東南アジア、南アジアの多くの国で中国は経済上の大きなパートナーとなっており、特に東南アジアでは政治的な影響力が高まっていることや、南アジアではインドでさえ中国との協力関係を重視していることなどから、中国にとって有利な地域秩序が構築されつつあると指摘した。

 一方、「核心的利益」の確保と拡大を狙った中国の強引な海洋進出は、東南アジアをめぐる米国との戦略的な競争を引き起こしていると指摘し、太平洋島嶼国に対する影響力の拡大にも、周辺のオーストラリアや領土を持つフランスが警戒感を強めているとしていると分析した。

 中国のアジアにおける秩序戦略は、経済的影響力を政治的影響力に転化することで、ある程度の成果を収めているが、採算性や透明性を欠いた「一帯一路」構想の推進や、力による「核心的利益」の確保と拡大への動きは、発展途上国の間にも警戒感を生んでいるとし、さらに既存の秩序の維持を重視する大国の反発を招いており、今後の中国の対応を注視する必要があると強調した。

「中国安全保障レポート2019」要旨

第1章 既存秩序と摩擦を起こす中国の対外戦略

 習近平政権は、「一帯一路」構想に代表される協調を重視した「平和発展の道」と、強引な海洋進出に代表される他国との対立を辞さない「核心的利益の擁護」という2つの対外方針を同時に進めている。さらに「特色ある大国外交」を標榜し、発展途上国の発言力の強化を中国自らが主導することで、国際秩序の改編を目指している。こうした中国の動きに、米国をはじめとした先進国が警戒を強める一方、途上国の間でも、経済合理性や透明性に欠ける「一帯一路」構想に対する疑念が広まりつつある。

 自国の「核心的利益」を追求する中国の行動は、周辺諸国との摩擦を高めており、アジアの地域秩序に関する中国の戦略は必ずしも順調に進んでいるとは言えない。今後の習近平政権が、「平和発展の道」と「核心的利益の擁護」という2つの方針の間でうまくバランスをとって、周辺地域における真の「運命共同体」の構築を実現できるか否かが注目される。

第2章 中国による地域秩序形成とASEANの対応 -「台頭」から「中心へ」

 東南アジア諸国連合(ASEAN)は、台頭する中国に対して「関与と牽制」「経済と安全保障」「中国と米国」といったさまざまな二元性の均衡を図る両面戦略で対応してきた。これに対し中国は、自らの経済的影響力と安全保障を積極的に結びつけ、南シナ問題などでASEANを中国の意向に従わせようとした。「一帯一路」構想に基づく中国の支援攻勢に対し、連結性を推進するASEANは積極的に反応した。ASEANが進めるインフラ整備に大きく寄与することにより、ASEANに対する中国の政治的影響力は拡大している。

 中国は「台頭」を超え、地球秩序の「中心」と化しつつあるという意味で、両者の関係は新たな段階へ到達している。しかし、2018年はマレーシア新政権による「一帯一路」関連プロジェクトの見直しが顕在化するなど、ASEANの対外戦略の本質は均衡にあることが改めて明らかになった。ASEANの戦略的選択肢は狭まっているものの、米中をはじめとする域外大国が規定する戦略環境の中で、いかにうまく泳いでいくかを探っている状態といえよう。

第3章 「一帯一路」と南アジア -不透明さを増す中印関係

 「一帯一路」構想の下で中国が進める南アジア諸国への経済関与は、この地域で中国の存在感を押し上げ得るため、地域覇権国インドは、中国がインドを上回る支配的大国になることに警戒感を抱いている。インドは「一帯一路」構想を単なる経済的なプロジェクトではなく、政治的・戦略的な意図を帯びたものと捉えて、域内諸国への関与強化や自身の多国間連結性構想の推進、域外主要国との連携といった対抗策を強めてきた。

 対する中国は、南アジアでの「一帯一路」推進にインドの協力を得たい思惑や、スリランカのハンバントタ港の引き渡しを受けた「一帯一路」のイメージ悪化に対処する必要性から、インドに譲歩する姿勢を見せた。インドも応じる形で、2018年4月の中印首脳会談でこれまでの関係をリセットした。しかし、南アジア諸国への関与をめぐる中印間の競争は今後も続くと予想され、長期的には、その競争がこれまで中印関係が備えてきた総体的な「管理された対立」を蝕んでいく可能性が高い。

第4章 太平洋島嶼国 -「一帯一路」の南端

 中国は「一帯一路」構想における「21世紀の海上シルクロード」の南端を太平洋島嶼国と定め、同構想の一環として近年これらの国々に対する経済支援などを大幅に強化している。太平洋島嶼国側は、経済発展を目的として基本的に中国からの支援を歓迎し、「一帯一路」構想への参画にも積極的である。

 現在、中国の太平洋島嶼国への安全保障面での関与は、主として2国間レベルで進められている。中長期的には中国が戦略的な進出を始める可能性は否定できないが、まずは同地域における経済権益の確保と、経済力を用いた政治的影響力を高めることに注力しているようである。こうした太平洋島嶼国への中国の関与に対し、オセアニアの主要国であるオーストラリアとニュージーランドは、自らの影響力の相対的な低下を懸念している。また、同地域に領土を持つフランスも警戒感を強めている。

 レポートは、防衛研究所のウェブサイトで日本語、英語、中国語で閲覧できる。


◆関連リンク
防衛省 防衛研究所
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