【2022年3月9日(水)1面】 「震災遺構」は、震災が原因で倒壊した建物などを次世代に向けてその記憶や教訓のために、取り壊さないで保存する取り組みだ。過去の熊本地震(平成28年)、新潟県中越地震(同16年)、阪神・淡路大震災(同7年)などでも、その後、整備された建物やその一部がある。
東日本大震災では、岩手、宮城、福島の3県を中心に多くの建物の保存を求める声が上がったが、(1)整備・維持などに多額の費用がかかる(2)辛い記憶を思い出したくないと思う住民感情―などの問題があった。いまだに保存の是非が検討され続けていたり、取り壊された建物も少なくない。
一つの光が見え出したのは、復興庁が平成25年11月15日に発表した「各市町村につき、1カ所までを(震災遺構としての保存の)対象とする」という支援だった。当時の復興庁のコメントは「津波による惨禍を語り継ぎ、自然災害に対する危機意識や防災意識を醸成する上で一定の意義があるほか、今後のまちづくりに生かしたいとの要望も強い」からだった。
具体的には、保存のために必要な初期費用が対象で、維持管理費は対象としないこと。支援第1号として、岩手県宮古市にあった「たろう観光ホテル」が選ばれた。復興庁はそれまでにも、震災遺構の保存に向けた調査に対して支援をしていたが、このときの決定は、各自治体にも大きな影響を与えた形となった。
その中で、宮城県石巻市の旧大川小学校は校舎が高さ8.6メートルの大津波に呑み込まれ、児童・教職員計84人が犠牲となった。その後、さまざまな検討が重ねられ、市が「石巻市震災遺構大川小学校」として整備。昨年7月18日、一般公開が始まった(石巻市震災遺構大川小学校ホームページから)。
ホームページによると、外壁がなくなり、内部がむき出しとなった教室、ねじれた渡り廊下など、被災の爪痕が残る旧校舎を柵の外から見学できるほか、敷地内に設置された「大川震災伝承館」では、地震発生から津波が到達するまでの当日の出来事、震災前後の写真などのパネルや地域模型、実物資料などが展示されている。毎週水曜日と年末年始は休館だが、(1)毎月11日(月命日)(2)6月12日(みやぎ県民防災の日)(3)9月1日(防災の日)(4)11月5日(世界津波の日)―は特別開館日だ。
「どうか、ここが、みなさんの明日へとつながるきっかけとなりますように」
「津波の事象と教訓を伝え続けるために、震災遺構として残しました。いのちについて考える場所となったのです」
パンフレットに記された言葉は、震災遺構としての意義。そして、維持・管理面をも踏まえた石巻市の大きな決断でもあった。
このほか、石巻市は遺構として校舎一部を解体したほか、展示館を新設するなどして整備した旧門脇小学校を4月3日から一般公開する。同小は津波と被害が甚大で、旧校舎を中心に震災の記憶を後世に語り継ぐことにした。
震災遺構の保存をめぐる自治体の検討は各地で続けられた。だが、保存が決まった遺構には、風化と長期維持への費用の問題も浮上しているという。「最近は訪問客が少なくて…」。大川震災伝承館に尋ねると、こんな言葉が返ってきた。コロナ禍による見学者の減少という新たな問題も出ている。
未曽有の大震災。実際に足を運んでその証を確かめ、教訓として考える。これこそ、風化を進ませない一つの大きな動きでもあるのではないだろうか。