陸上自衛隊は6月8日、静岡・東富士演習場(御殿場市など)で、戦車や火砲を使った国内最大規模の実弾射撃演習「富士総合火力演習」(総火演)を実施し、統裁部を含む約2900人の隊員が参加した。
出典:陸上自衛隊広報チャンネル「令和7年富士総合火力演習(ライブ配信チャンネル)」Youtube 2025/6/8公開
海洋進出を強める中国を念頭に、南西諸島など島嶼しょ部への侵攻阻止を想定。ウクライナ戦の教訓を取り入れた塹壕ざんごう戦を初めて組み込み、離島奪還を担う水陸機動団が輸送機V22オスプレイで展開するなど、迫力とスピード感を重視した構成となった。また、「反撃能力」の主力として開発中の「12式地対艦誘導弾能力向上型」の実物も初公開された。
総火演は火力戦闘の実相を教育する場として昭和36年に始まり、同41年から一般公開を実施。今年で67回目となった。
演習は、敵が上陸した想定での島嶼奪還訓練を公開した。ヘリコプターから部隊が降下し、複数の目標物に対する戦車や航空機からの射撃などを繰り広げた。
水陸両用・空挺作戦を想定した本格的な実動演習を実施し、空挺部隊の展開を皮切りに、島嶼防衛の専門部隊である水陸機動団隷下の水陸機動連隊が、V22オスプレイなどを用いて上陸。敵を撃破し、部隊の上陸を援護した。
陸・海・空自衛隊の連携の下、人工衛星などを活用したネットワークによる情報共有や、遠距離・早期からの打撃など、進化する現代戦の様相も示された。
また、ウクライナでの戦闘の教訓を踏まえた塹壕戦のシナリオも初めて組み込まれた。塹壕での戦闘シナリオは、大型スクリーンによりライブ中継もされた。
陸自によると、迫力とスピード感のある構成を意識し、観覧者に最新の戦闘様式をよりリアルに伝えることを目指したという。
中でも注目を集めたのが、今年度中に導入予定の「12式地対艦誘導弾能力向上型」の実物公開だった。
今年5月、千葉・幕張メッセで開催された防衛装備品展示会「DSEI JAPAN 2025」で模型が公開されたが(防衛日報5月29日付で掲載)、実物の展示は今回が初めてで、防衛力強化の具体像を国内外に示した。
ミサイルは、相手の脅威圏の外から攻撃できる「スタンド・オフ防衛能力」の中核を担う装備。有事の際に敵のミサイル発射拠点などを攻撃する「反撃能力」の主力として三菱重工が開発を進めている。
令和4年12月に改定された安全保障関連3文書で保有が明記されており、今回の公開は、着実に強化を進める日本の防衛姿勢を明確に示す狙いがあるとみられる。
このほか、将来導入が予定されている「島嶼防衛用高速滑空弾」や「24式機動120ミリ迫撃砲」、映像のみで公開された「水際障害処理装置」などの最新装備も紹介され、陸自の今後の方向性を示した。
午後8時から始まった夜間演習では、暗視装置を利用した射撃や照明弾下での火力展開、島嶼部を想定した夜間火力戦闘などが実施された。
総火演は富士山の裾野に「離島」を想定し、昼夜を通して実施した。今回使用した装備品は、戦車・装甲車約50両、火砲約60門などが裾野に向けて射撃を繰り返した。航空機は約20機、弾薬は前年を上回る約76.6トンに上った。
中谷元防衛大臣も現地を視察し、訓練の連携や装備効果を確認した。
また、自衛官教育の一環として、自衛隊学校の学生約5400人が見学に訪れたほか、厳しい募集状況に配慮し、青少年や援護協力企業などを含め約4400人が来場した。
総火演は人員と資源を教育・訓練に集中させる目的などから、令和5年度以降は会場での一般公開を取りやめ、インターネットでの同時中継に切り替えられている。
総火演で実物が初公開された「12式地対艦誘導弾能力向上型」。防衛省・自衛隊は、侵攻部隊を早期・遠方で阻止・排除する「スタンド・オフ防衛能力」の中核として、開発・配備を推進している。
ミサイルは、従来の12式地対艦誘導弾(12SSM)をベースに、射程延伸やステルス機能強化を図った改良型で、地上・艦艇・航空機の3つの発射プラットフォーム(地発型・艦発型・空発型)に対応する仕様で一体開発が進められている。
防衛白書などによると、国産の長射程スタンド・オフ・ミサイルとして、地上発射型(地発型)は今年度中に開発完了・配備開始予定。続いて艦発型が令和8年度、空発型が同9年度の完成を見込む。F2戦闘機搭載用の空発型では、既にF2改修費として8機分・約130億円が同6年度予算に盛り込まれている。
最大射程は1000キロメートル超とされ、早期警戒管制能力の届かない域外から敵艦艇や基地を撃破可能であるとして、島嶼防衛や広域抑止における抑止力強化が期待される。
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【特集:令和7年度 富士総合火力演習Vol.2】“多職種協働”を示し、教育と広報も同時に果たした意義|陸上自衛隊」
<編集部より>
今年も陸上自衛隊の国内最大規模の実弾射撃演習「富士総合火力演習(総火演)」が東富士演習場(静岡・御殿場市など)で実施されました。
防衛日報では1ページ特集を考え、今回、総火演初取材となる記者を送り込みました。迫力を間近で感じるだけでなく、なぜ、こうした演習が必要なのかを認識するための極めて重要な「参考書」なのだということを考えてもらう絶好の機会ということもありました。
中には、この場で初お目見え、装備車両の初登場などというケースもあります。陸自の総力が結集された演習です。とにかく、単なる見学、「物見遊山」的に足を運ぶのではなく、担当記者なら一度は見ておかなければならないものなのです。
私事ながら自分も3度ほど取材しました、最初は動きや音などで驚くことばかり。ちょっぴり知識も増えた2回目は、現場で疑問をめぐらせながら、そして3回目はその疑問を解消しつつ、少しながら演習の意味合いを理解したように思います。
本題に戻ります。総火演は本来、陸自富士学校の学生に火力戦闘の様相を認識させるのが主眼です。崇高な思いを胸に自衛隊に飛び込み、日々の訓練をこなしている学生たち一人ひとりが明日につなげるためのとても大きな教育になっているのだと思います。
近年は「島嶼(しょ)部」対応が続いています。当然です。とくに南西地域対策はいま、最もホットな防衛テーマ。今回も同様。富士山の裾野を離島に見立てた戦闘の演習が昼夜行われ、ウクライナの戦争を受けて塹壕(ざんごう)戦の訓練も初めて行われました。常に新しい要素を可能な限り取り入れるための作戦様相もまた、見る者を引き付けてくれます。
もちろん、一般的にも知られる輸送機オスプレイやドローンもその力を発揮していました。「反撃能力」の主力となる12式地対艦誘導弾能力向上型の実物の初公開や島嶼防衛用高速滑空弾、24式機動120ミリ迫撃砲などなど。最新装備も紹介されました。
ここを見れば、陸自が、防衛省が、ひいては日本がどのような計画を立てて、敵国などとどう、対峙(たいじ)しようとしているのかが理解できるというものです。
各種対戦車火器・各種砲迫火力の特性に係る教育、諸職種協同による火力戦闘の実相に係る教育に区分し、火力戦闘の実相に係る教育が一連のシナリオで実施。より迫力とスピードのある印象的な演習とするため、研修席近傍に戦車などが進入する機動路を整備し、例年よりさらに迫力を体感できるようにするなど、随所に工夫を施していました。
総火演のテーマにはもう一つ、国民への理解があります。令和5年以降、一般公開は取りやめているのはとても残念ですが、インターネットでの同時中継など、可能な限りの「広報」に努めているのは何よりです。
東富士演習場のおひざ元・陸自富士学校では、「訓練による大きな音」が出る可能性があれば、随時HPで周知しています。全国の地本、駐屯地では「地域とともに」とのスローガンを掲げ、さまざまなイベントや教室などでコミュニケーションを取り、まずは関心を持ってもらい、理解へとつなげています。涙ぐましいほどの努力と見るのは失礼なのを承知の上で言えば、理解してもらうため、真摯(しんし)に頑張る精鋭たちの姿はとても誇らしく、立派です。