防衛省・自衛隊にとって、今や欠かせない広報ツールとなっているSNS。
数ある発信の中で、今、最も注目を集めているのが東京地方協力本部(以下、東京地本)だ。親しみやすさと独自の世界観で、多くのユーザーの心をとらえながらも、その歩みは今なお進化の途中にある。
「自衛官募集」という揺るぎない使命を見据えながら、彼らは日々、試行錯誤を重ねている。まだ完成ではないーー。だからこそ、挑戦する広報の現在地を、今、追いかけたい。
防衛省・自衛隊にとって、今や欠かせない広報ツールとなっているSNS。
数ある発信の中で、今、最も注目を集めているのが東京地方協力本部(以下、東京地本)だ。親しみやすさと独自の世界観で、多くのユーザーの心をとらえながらも、その歩みは今なお進化の途中にある。
「自衛官募集」という揺るぎない使命を見据えながら、彼らは日々、試行錯誤を重ねている。まだ完成ではないーー。だからこそ、挑戦する広報の現在地を、今、追いかけたい。
SNSでつなぐ、自衛隊への窓口
地方協力本部は、防衛省の陸、海、空自の共同機関で、自衛隊への窓口として各都道府県に設置されている。全国に50ある地方協力本部のなかで、リーディング地本となっているのが東京地本だ。その東京地本が、最近の自衛隊SNS界隈で注目を集めている。見る人に親しみを持ってもらいたい、でもふざけすぎれば信頼を損なう。真面目すぎれば埋もれてしまう。情報発信の「温度感」をどうコントロールするかは、担当者にとって常に頭を悩ませるポイントだ。
そしてなにより、SNSの発信は“バズる” ことが目的ではない。あくまで最終的に、自衛官募集につなげることが最大の任務である。
全国の各部隊、地本、機関が日夜工夫を凝らし配信を続けている中、フォロワー数をグングン伸ばし、確かな存在感を放っている東京地本は、今や部内からも注目の的で、「自由に楽しくやってそう」と見られがちなSNS運用だが、実際の現場ではどんな葛藤やこだわりがあるのだろう。担当している根本2曹と池田2曹。そして、それをまとめている広報班長の東1尉(当時)に聞いてみた。
それぞれの役割
SNSを担当している池田2曹(池ちゃん)と根本2曹(先輩)は、それぞれ異なる役割で広報活動を支えている。
企画から立案、構成、編集までを一手に担っているのが池田2曹だ。彼にとって、日々の投稿は単なる情報発信にとどまらず、広報としての責任を果たすための重要な任務となっている。投稿一つひとつが自衛隊への理解を深めるものでなければならず、ユーザーの関心を引くためには、ユーモアを交えたり、時には挑戦的な要素を取り入れることも必要で、常にアンテナを張り巡らせている。全ては自衛官募集のためと、日々挑戦し続けている。
では、企画から立案、編集までを担っている池田2曹が全てをコントロールしているかというと、そうではない。
相棒となる根本2曹は、投稿に対するインサイト情報を基にリサーチを行い、データを駆使したアプローチを担当している。その情報を池田2曹に共有し、ユーザーの反応を分析。戦略的なSNS運用に欠かせない存在となっていた。
その他にも根本2曹は、20の事務所に対してのSNS指導も行っている。各事務所にSNSが得意なスタッフが必ずしもいるとは限らないため、提出された素材に対し都度、修正点を洗い出し担当者に伝えている。ただ、投稿を作成した担当者にとっては“作品”であり、自信をもって提出しているだけに、素直に受け入れてもらえないこともある。そのような場合には、蓄積されたデータを基に、建設的な指導を行っているという。
そうした“作品”が根本2曹を通し、東広報班長(当時)、募集課長へわたり、横田本部長へとあがる。このように何層ものフィルターを通して東京地本のSNSは配信されている。
職種ではない「広報」という業務
部隊、地本には「広報」が存在するが、職種としてあるわけではない。定期異動で各部隊から広報業務へ着任する。そして任期を終え、また部隊へ異動となる。昨日まで戦車に乗っていた隊員が次の日には広報として、ノウハウもないままSNS運用…ということもある。
そして、異動がつきものの自衛隊では、広報業務で習得した技を継承せず(できず)に異動となるパターンも少なくない。その結果、せっかく盛り上がりを見せていたコンテンツは勢いを失い、知らず知らずのうちに希薄化してしまうこともある。次世代へと繋ぐ取り組みが必要と感じている。
しかし、悪いことばかりではなく、逆のパターンもある。それが東京地本だと感じている。
好きという才能、「好き」が支える、挑戦の原動力
職種ではない「広報」、特にSNS運用に関しては、作り手(クリエイター)としての才能が大きくかかわってくる。自衛隊の広報活動としての規則はあるが、こうしなさい!というルールはなく、あくまで自分たちで作り上げていくゆえに、作り手の才能がものをいう世界でもある。
しかし、作り手の才能よりももっと大事な部分、それは「広報が好きかどうか」ということ。広報活動には、ただの技術やセンスだけではなく、熱意と情熱が絶対的に必要だ。それを、担当している池田2曹からはビシビシと伝わってくる。しかし、池田2曹も最初から今のような活躍ぶりではなかった。
「ポジショニング」が与えた効果
東広報班長(当時)に、東京地本広報の雰囲気がいい理由を聞いたところ「ポジショニング」の大切さを語ってくれた。東班長(当時)が配属になった当初は、個々の業務負担がバラバラな状態で、スタッフが疲弊していたそうだ。そこで、業務の見直しを行った結果、バランスが整いはじめ、徐々にパフォーマンスが上がりやる気がうまれ、広報チームの雰囲気が改善されたという。なかでも、改善効果が絶大に表れたのがSNS運用だ。ホームページ運用を2人から1人に絞り、その1人をSNS担当に配置した結果、SNSのフォロワー数がみるみる伸びていった。その担当者こそ、池田2曹である。元々、SNSを担当していた根本2曹と合流する形で、今の名コンビが誕生した。
「ポジショニング」が生んだ化学反応
池田2曹が合流したことで、根本2曹の日常は一変する。今や彼らをSNSで見かけない日はないほどの活躍ぶりだが、実のところ根本2曹は自分から前に出るタイプではない。そんな彼が、どうしてここまで振り切った表現をするようになったのか。その疑問を投げかけると、「自分はキャッチャーで池ちゃんはピッチャーだ」という答えが返ってきた。「ピッチャーにはセンスが必要で、クリエイターもそれは同じ。クリエイターである池ちゃんを支えるのが自分の仕事だ」と、根本2曹は語る。
しかし、最初から「池ちゃんと先輩」としてうまく回っていたわけではない。組み始めた当初は、いわゆる“生真面目”に動画制作を行っていたが、このままでは数多くあるSNSの中に埋もれてしまう――。そう模索していた二人の背中を押したのは、ユーザーからのコメントだった。日々配信を続ける中で「プロテイン」「先輩」といったワードが多く見られるようになり、根本2曹のブランディングが始まった。
今や当たり前となっている“先輩キャラ”は、ユーザーによって作り上げられたものだった。そしてそれも、池田2曹の配置換えがなければ、そもそも生まれていなかった。
「根本2曹 × 池田2曹 × ユーザー」この3つの要素が、今の「池ちゃんと先輩」を作り上げたのだ。
探求心がもたらした転換期
今まさに“バズっている”東京地本だが、フォロワーを増やすために、ただただ踊っていた時期もあった。このままでは伸びないと感じた池田2曹が、次に選んだ行動こそが、今振り返ると転換期だったと話す。それは、多種多様なインフルエンサーが集まるイベントに足を運び、ノウハウを徹底的に聞いて回り、積極的に情報を仕入れたことだ。わからないなら学ぶ、自分から学べる場に飛び込むーー。この探求心の積み重ねで今がある。
一方、一番そばで見ていた根本2曹が感じた転換期は「ライフハックシリーズ」で1万いいねを獲得したときだという。そこから動画が次々とヒットするようになり、それを機にアルゴリズムを注視するようになり、リサーチ担当が根付いていった。
SNSのその先へ
転換期を経て、それぞれの役割を認識できたことで成長し続けている彼らが目指すゴールは「自衛官募集」。その手段としてSNSを活用している。しかし、フォロワー数や再生回数と違い募集への直接的な効果が見えにくいのが現状だ。「(募集人数が)増えているようには感じるが、それがSNSの影響なのかははっきりしない」ーー。そんな曖昧さをなくすため、彼らは“見える化”に取り組もうとしている。
そこで得られた結果を現場に落とし込み、また新たな戦略を立てる。その積み重ねがより効果的な広報へと繋がっていく。
SNSは、「自衛官募集」という目的を達成とするための手段。まずは知ってもらう、理解してもらうこと——そのために、彼らは日々奮闘している。
再生回数や「いいね」、コメント数など、あらゆる要素が数値化される時代。どうしても一喜一憂してしまう現実があるなかで、東京地本は常に“目的に立ち返る”姿勢を崩さない。
数字にとらわれることなく、自衛隊の魅力をいかに伝えるか、彼らは自衛官募集を念頭に日々挑戦し続けている。
とはいえ、見てもらわなければ目的も達成できないのも事実。この葛藤が完全に解消される日はこないかもしれない。
その答えを、東京地本が見つけ出してくれるかもしれないという期待を込めて、彼らの挑戦をこれからも見守りたい。
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寄り道ーちょっといい話
NGのその先へ 広報班長の苦悩
地本から配信されるコンテンツの最初のフィルターとなっているひとりが広報班長(当時)である東1尉だが、いわゆる中間管理職だからこその悩みがあった。それは、「彼らのモチベーションを下げずいかにNGを伝えるか」たとえ班長の合格が出ても最終的に本部長の許可を取らなければならない。最終的な許可がおりず、“蔵入り”となった場合、次に繋がるモチベーションを保たせつつ製作したスタッフに「NG」を伝えなくてはならないのだ。
本部長に上げるか上げないかを見極めるうえで何より大切にしていることが「人を傷つけない」ことだ。「このSNSを見て誰かが傷つくことは絶対にあってはならない」そう強く語る一方で、そもそも作品の出来に問題があることもある。「担当者を傷つけずどう伝えたらいいのだとう」と苦悩する日々。
そこで制作サイドの池田2曹に聞いてみた。
「NGが出た時はどうします?」
返ってきたのは、なんとも単純明快な答え。
「そんなの決まってます。諦める。そして次へ行く。悩んでる時間がもったいない」
確かに彼にはその言葉を裏付けるデータも蓄積してきたネタもある。そして何より、「根本2曹とじゃないと!」と迷いなく口にすることができるパートナーもいる。
だが、もっと大事なのは、挑戦し続けるという「前を向く力」なのかもしれない。
広報に正解はない。
だからこそ、試行錯誤しながらも“何のために発信するのか”を問い続ける姿勢が求められる。東京地本の広報には、目新しさやユニークさだけではない、任務に臨む実直な姿勢と、現場への深い信頼がある。SNS、イベント、そして日々のコミュニケーションーーそれらすべては、「自衛官募集」へとつながる線の上にある。
正解のない広報という任務に、今、東京地本は確かな足跡を残そうとしているのかもしれない。