昨年12月16日に閣議決定された「安保3文書」では、今後5年間の防衛費の総額を前回の計画の1.5倍以上となる43兆円に増額する方針が示された。同23日に閣議決定された今年度の予算案では、防衛関係費は過去最大となる6兆8219億円(SACO=米軍再編=関係経費などを含む)を計上。
その背景にはロシアによるウクライナ侵攻や、北朝鮮が加速させるミサイル開発、急速に軍事力の強化を進める中国の動向など、日本周辺の安全保障環境がこれまでにない速度で厳しさを増していることが挙げられる。
防衛省は防衛費の増額に伴い、敵の射程圏外から攻撃できる「スタンド・オフ防衛能力」と、情報収集・警戒監視・攻撃などの機能を持つ「無人アセット防衛能力」の予算を大幅に増額することを発表。中でもドローンなどの無人機は、将来の戦闘様相を一変させるゲーム・チェンジャーとなり得る技術として、各国が開発や活用に注力している。
また、ドローンは災害現場の人命救助活動でも、なくてはならない存在になりつつある。災害時における河川の調査のためにドローンを活用している自治体もあり、令和3年7月に静岡県熱海市で発生した大規模土砂流災害では、被災地域の偵察に陸空自のドローンが活躍した。
防衛省・自衛隊では、情報収集や研究などの目的でドローンを約1000機保有(令和4年9月末現在)し、災害派遣時の被災状況を把握するための映像伝送など、ドローンを活用した訓練を日々行っている。
「空の産業革命」とも呼ばれ、国防に限らずさまざまなシーンでの活躍が期待されている日本のドローンの現状について、「エアロジーラボ」の代表取締役CEO・谷紳一氏に話を聞いた。同社は令和4年10月に東京・市谷で開催された防衛装備庁主催の「防衛産業参入促進展」にも出展し、注目を集めたマルチロータ型ドローンの開発メーカーだ。
「ドローンがもっとも能力を発揮するのは監視・調査」
──エアロジーラボのマルチロータ型ドローンは、どのようなシーンで活用するために開発されたのでしょうか。
谷 ドローンの性能というのは主に2つの項目で表せます。ペイロード(積載重量)と飛行時間(距離)です。
ドローンの性能はどうしても「飛行距離」という部分が注目されていますが、長距離という面だけならマルチロータ型ではなく固定翼型で解決できます。
マルチロータ型ドローンの特長は空中でじっとできること。その場合、飛行距離ではなく飛行時間が重要なのです。私はマルチロータ型ドローンがもっとも能力を発揮するシーンの一つがインスペクション(監視・調査)だと思っています。
つまり、人が入れないような場所の調査やコーストガード(沿岸警備)などです。日本は海に囲まれた島国ですから、海から侵攻されるリスクがあります。
尖閣諸島や竹島などはいつでも侵略の危険があり、本土にしてもコーストガードができていれば北朝鮮による日本人拉致を防ぐことができたかもしれません。そういったコーストガードや災害時の初動調査などにこそ、マルチロータ型ドローンが役に立つと思います。
マルチロータ型ドローンのインスペクションで重要なのは「時間」です。一般的なバッテリータイプのマルチロータ型ドローンの飛行時間は10~20分ほどですので、ドローンを目的地まで飛ばすだけではなく、戻ってくる時間も考慮すると、実質の運用時間は5~10分くらいだと思います。しかし、それでは作業を完了するために何度もバッテリーを交換して、行き来させないとなりません。
そこで、弊社では140分という長時間の飛行が可能なマルチロータ型ドローンを開発したのです。
東日本大震災の無念「私のドローンを活用できれば」
谷 「ドローンはすごい」、「社会を変えることができる」などと言われていますが、実際はまだまだ活用できていません。
令和元年に千葉県で起きた水害でも、発生から一週間経ってもまだ完全には状況が把握できていませんでした。報道陣もマルチロータ型ドローンを飛ばしていましたが、いかんせん飛行時間が短いことから、バッテリーを交換しながら何度も行き来しなければならなかったはずです。
もし私のマルチロータ型ドローンがあの場に3~4機あれば、現場の端に至るまで3時間以内に状況を把握できたと思います。北海道の知床半島沖での観光船沈没事故の時もそう感じましたね。
私が一番悔しいと思っているのは、東日本大震災での福島原発事故でした。被ばくなどの危険から、遠目からの映像しか撮れずに、なかなか細部の状況が分からなかったですよね。
当時、私はすでにマルチロータ型ドローンを持っていました。現在の性能ではありませんでしたが、あのとき私のマルチロータ型ドローンがあれば役に立てたのではと、テレビでの報道を見ながら悔しい思いをしていました。被ばくという非常に危険な状況の中で、皆さん必死に活動されていましたから。
ハイブリッドユニットの登場で驚異の進化を遂げた
──「社会を変えることができるマルチロータ型ドローン」を開発するために、「時間」の課題をどのように解決したのでしょうか。
谷 バッテリーと発電機によるハイブリッドユニットを採用したことにより、一気に進化を遂げることができました。
開発当初のマルチロータ型ドローンはバッテリー動力のものだったのですが、とにかく10~20分という飛行時間が最大の課題でしたね。その上、寒冷地や冬場ではさらにバッテリーの性能がダウンしてしまうのです。
そんなとき、バッテリーと発電機によるハイブリットユニットのシステムが中国に登場しました。それまでのバッテリー動力によるマルチロータ型ドローンの飛行時間が10~15分だったものが、いきなり3時間になったのですから、これは革命的な進化だったのです。
営業部部長の丹生谷直樹氏は、ハイブリットユニットの採用により、防衛・防災の観点からも2つの大きなメリットがあると語る。
丹生谷 1つ目のメリットはバッテリーの充電や交換にかかる時間が不要だという点です。迅速な対応が求められる緊急時に、バッテリーの充電や交換に時間を取られるのは致命傷です。交換用のバッテリーを用意するにしてもかなりの数が必要ですし、コストもかかります。
弊社の機体は市販の燃料を使ってすぐに飛び立つことができ、さらには給油さえできればその作業が継続できるところが大きい。
2つ目は、寒冷地での対応に強いという点です。冬場など低温時ではバッテリーのパフォーマンスが著しく低下してしまいますが、エンジンを使う限りその心配はありません。
例えば、昨年12月下旬に北日本から西日本の日本海側を中心に発生した豪雪時でも、AeroRangeQuadを使っていただけたら、幅広く活躍できたと考えています。
お客様によっては「バッテリー型で十分」とお考えの方もいらっしゃいますが、何かが起きた際に、オペレーターがその場に駆けつける、あるいは対処法を検討する時間を稼ぐという意味でも、機体がその場で待機し続けられることが、どれだけ重要であるかを私たちは運用の上でわかっています。
現実的な社会実装のために選択したのが、長時間飛行を可能にしたハイブリッド型という方式なのです。