さて著者シリーズも八回目、今回で終わりとなります。ここまで様々な著者を紹介してきました。文体も違えばフォーカスする人物も違い、性格も体験もそれぞれ違っていました。

 そんな著者シリーズを飾るのはずばり、司馬遼太郎氏。司馬氏については軽い説明はもはや無用でしょう。たくさんの歴史小説を書き上げ、その多くが映像化・コミカライズなどでも発信されています。「竜馬がゆく」や「坂の上の雲」そして10月15日に公開された「燃えよ剣」など有名タイトルも多いですね。岡田准一さんの土方さん、見に行きたいなあ。
 ちなみに私は氏の作品だと「新撰組血風録」が好きです。土方さんが山崎に「(この件に)手を出せ」と言ったら「(副長、焼いてるおもちくれるのかな)」と思ってスッと手を出すシーンが特に印象に残っていて……………あったよね?幻覚じゃないよね?

歴史小説といえば…

 さてそんな司馬氏の書いた著書は小説だけではありません。ノンフィクションやエッセイ、対談集など幅広い分野で歴史を見て、それを語り、筆に記しています。
 今回はそんな司馬氏の作品から、近代史について思考されたものを選んでみました。まず最初にご紹介するのはこちらの1冊。

「殉死」

 実を言うと、このコラムでは過激な内容や強めの批判のある本は取り扱わない傾向にあります。思考・思想が違っても等しく本は本として扱うべきではあるのですが、どうもそういう内容だと読んでいる店番の胃が痛くなってしまうのです。

 「殉死」は図書室通信でもお話した乃木希典の内面をクローズアップし、その最期までについて考える本。一言で言うと手厳しい本です。軍神とも称され、実際に神社まで建った彼を凡将、なんだったら愚将とし、いかに彼が戦向きで無いかを論じます。その厳しさは読んでいて「少し…少しでいいから手心を……」と思うくらい。
 とはいえすいすい読めたのは、文章がきれいだからですかね。冷静さの中に司馬氏から見た乃木大将の姿が見えて、それはけして醜いものではないのが最後までページを捲らせた要因なのだと思います。

 また、乃木大将の人間性の面をきっちり書いているのもポイント。人を神様にしてしまうのは簡単なことだと以前書いたのですが、その人間であった神様から神性を剥ぎ取ってまた人間に戻す、のはなかなかできることじゃありません。それは並々ならぬ思いが無ければできないことです。
 乃木大将を酷評している司馬氏。それでもなんとなく、嫌いなだけでこれを書くことはできないよな、と思わせる本でした。

 司馬氏の文章についての話に少し戻ってしまうのですが、フォントや紙や余白は多分他の本と変わらないのに、見やすい・読みやすいんですよね。。文章のきれいさ(丁寧さ)が読者がページを目でとらえた時の視界にまで良い影響を及ぼす。そんな感じの印象です。

 それでは次にご紹介するのはこちら。

「人間というもの」

 「人間とは何か」「組織から社会へ」「夢と生きがい」など、さまざまなテーマのもとに集う司馬作品のシーンやセリフたちを集めた一冊。どちらかというと司馬作品に多く 触れている人の方が「あ!このセリフはあの作品のあのシーンじゃん!」となって楽しいのかも。とはいえ司馬作品を読んだことが無い人でも、テーマに沿った文章を読みながら「なるほど」「ふむふむ」「学びになるなあ」と思うのではないでしょうか。

 また、引用された作品名も明記してあるのもポイント。学びとしてだけではなく、純粋な文章の面白さに惹かれる時があるかもしれません。感動したわけでもないのに、なんだか胸から離れないセリフと出会うかもしれません。

 そういう時は引用元の作品にレッツトライ!「人間というもの」は司馬作品から見る人間像に触れるだけではなく、さらに多くの司馬作品との出会いの場でもあるのです。
 個人的にこれ好きだなあと思ったセリフ・シーンをご紹介しましょう。「人間というものー弱さとおろかしさ」の項目より抜粋したものです。

人間の厄介なことは、人生とは本来無意味なものだということを、うすうす気づいていることである。古来、気づいてきて、いまも気づいている。仏教にしてもそうである。人間は王侯であれ乞食であれ、すべて平等に流転する自然生態のなかの一自然物にすぎない、人生は自然界において特別なものではなく、本来、無意味である、と仏教は見た。これが真理なら、たとえば釈迦なら釈迦がそう言いっ放して去ってゆけばいいのだが、しかし釈迦は人間の仲間の一人としてそれでは淋しすぎると思ったに違いない。(「ある運命について」より)

 考え方の広さとある種のドライさから入って、なんとも自分はちっぽけだ(あるいは自分の悩みなんてちっぽけだ)とうっすら思ったところで、最後に「それでは淋しすぎる」と言っているのが、存在という大きなものから一気に「人間性」に引き戻してくれるようでなんともおかしみとやさしさのあるフレーズ。「ある運命について」も当館に文庫本があるので、機会を見つけて読んでみたいですね。

 それでは最後にご紹介するのがこちら。

「『昭和』という国家」

 帯の「魔法の森の時代」という言葉が目を引くこの一冊はNHKの「ETV8」においての「雑談『昭和』への道」を本にまとめたもの。なので全編話し言葉になっているのが、読んでいて本当にお話を聞いている感覚になるのが良い所ですね。
 さて前述した「魔法の森」というワード。ずいぶんメルヘンなイメージさえ湧く言葉ですが、それについて氏はこう述べています。

日本という国の森に、大正末年、昭和元年ぐらいから敗戦まで、魔法使いが杖をポンとたたいたのではないでしょうか。その森全体を魔法の森にしてしまった。発想された政策、戦略、あるいは国内の締め付け、これらは全部変な、いびつなものでした。

 これだけ読んでも頭の上に大きなクエスチョンマークが浮かぶかと思います。このあとの「魔法の森」に対する解説はぜひ一読して頂きたい部分。氏も普段小説という自分のフィールドとは違う「しゃべり」でこれを語っているので、これらが伝わっているか少し不安そうなのですが、「しゃべりを本にした」ときのメリットとして、わからなかった読み返せるという点があります。そうして何回も読み込むことで、おぼろげながらも魔法の森について理解ができるのではないかと思うのです。咀嚼した先にようやくひとつの味が待っています。
 豊富な知識と視野と語彙を持った氏による昭和という時代の解体。テーマこそ難しい者が多いのですが、文章に感じたきれいさのようなものは語りでも健在。
 また、「『明治』という国家」も出ています。一緒に読むと時代の移り変わりと違いについて深く知ることができるかもしれません。

 今回はよく知られている小説面の氏ではなく、別側面からのおすすめをしてみました。
 これにて著者シリーズは終了。次回からまた別のテーマが始まります。
 こうして見ると本当に著者によって違うものが多く、同じものを見つけるとうれしくなります。それでは今回はこれにてごきげんよう。

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