難しいテーマが来てしまいました。

 基本的にこのコラムは、扱う事柄や人物に失礼のないように書いているつもりではありますが、とはいえこのテーマに関してはいつも以上に慎重にならざるをえません。

 では、なぜ慎重にならなければいけないのか。それは、「そうするように」とされてきたからです。では、なぜ「そうするように」しなければいけないのか。私はその理由を聞かれたときに、細かい解説ができる気がしません。ということで今回は、テーマについて改めて噛み砕きつつ、いつものように棚から蔵書を紹介していきたいと思います。

 前置きが長くなってしまいましたが、今回のテーマは「天皇・皇族」です。

受け継がれてきた歴史

 さて、ではまず「天皇とはなにか」という事について見ていきましょうか。一言で言ってしまえば、天皇とは「象徴」であり、神の末裔とされるものです。いきなり神様の末裔なんて言われてもなんのこっちゃ、と思うかもしれませんので、一つずつお話していくことにしましょう。

 信じる神様は違えど、どこの国にも「神様」はいます。こと日本においては古来より、「八百万(やおよろず)の神」という言葉がある通り、万物すべてに神様が宿っているという考え方でした。自然への崇拝ですね。山に、海に、石に、そして米のひとつぶまで、日本人は神様と共に在ってきました。多神教というやつですね。

 しかし、そんな神様がたくさんいる日本にも、「主神」と言われる一番偉い神様がいました。天照大神(アマテラスオオミカミ)と言います。漫画やゲームなどでも馴染みがある名前なのではないでしょうか。

 なおこの「主神」、ギリシャ神話においてのゼウスといえばその名前のすごさがわかるのではないかと思います。この天照、太陽神や農耕神などの複数の神格を持ちます。「太陽」「農耕」、どちらも米を作り生活してきた日本人にとっては欠かせない存在ですね。また天照といえば天岩戸が有名なお話ですが、その話をすると本格的に脱線するので省きます。

 話を戻して。天照は主神であり、「皇祖神」とされています。字面で少し察するのではないでしょうか、そう。ここで「天皇は神の末裔である」という話が出てきます。天照の生んだ子のひとり、天忍穗耳尊(あめのおしほみみのみこと)から繋がり、その子孫に「神武天皇」という人がいました。初代天皇であり、日本を建国した人とも言われています。

 ここであえて「人」という書き方をしましたが、神武天皇が生まれる以前はいわゆる神様が活躍する時代「神代」と呼ばれています。神武天皇の時代から人の世……つまり「人代」が始まった、ということですね。天皇家は神武天皇の時代から令和の今まで脈々と受け継がれているので、その血筋の長さもかなりのもの。まだちょっとよくわからないよ、という人には、そもそも古事記自体が天皇家・皇室を中心に書いたもの、と言えばわかりやすくなるでしょうか。

 「神の子孫である」ということ、脈々と続いてきた血筋が、世界を見回しても最古であるということ。その点が天皇を象徴たらしめるものなのだと思います。確かに、「人を神として崇める」という部分だけを切り取ると、どうしてそうなのかがよくわからずに疑問に思ってしまいますが、「日本そのものの受け継がれてきた歴史」と言えば畏敬の念を感じますよね。なるほど、確かに話題にするとき慎重になるというものです。

 では天皇についての理解を深めたところで、本棚の紹介に移りましょう。永遠の図書室としてはやはり、一番に目が行くのが昭和天皇ではないでしょうか。ということで1冊目はこちら。

「昭和 天皇史 近代日本とともに80年」(毎日新聞社)

 知名度も高く、また図書室に多数置いてある「1億人の昭和史」シリーズの別冊ということで、その資料の量は群を抜いています。幼い頃からの写真もあるのですが、個人的に気になったのが白いワンピース姿で木馬に乗っている写真。もちろんかわいらしいのですが、説明文を見ると「当時の皇室のしきたりとして 男の子も女の子の服装で育てられた」とのこと。理由を調べてみたのですが、どこにも載っていませんでした。幼い子供が魔物に狙われないように異正装をさせる……という例は聞いたことがあるので、その系列ではないのかな、という私の憶測です。

 成長後はハネムーンや即位の儀、馬術を嗜む様子などの、様々な一瞬を生きる昭和天皇のお姿がそこには映されています。貴重な写真も数多くあり、必見の1冊です。

 写真という面からの情報を見た後はこの1冊。

「『どうしてえらいの?』天皇陛下 一日一考」(著:池田友彦)

 子供のイラストが印象的な子の1冊は、著者が自分のお子さんから「どうして天皇陛下はえらいの?」と聞かれたとき、うまく答えられなかったことから始まります。著者の中でその答えを誤魔化してしまったことが気がかりになり、改めて一日一回、天皇について考えをめぐらすことにした……という内容。

 著者は日付と共に調べたことやそれに関する自分の考察、思い出話やユーモアを交えながら綴っています。さながら日記を見ているような感覚ですね。一日一日の文章がさくっと読むのにちょうどよいのもポイントです。

 加えて他の天皇について語っている本と違うのは、著者自身も天皇についての知識があまりない状態からスタートしているということ。読み進めるうちに著者も読んでいる読者自身も、同じペースで知識を得ていくというのは、なかなか味わえない経験なのではないでしょうか。読み終わるころにはきっと、「どうしてえらいの?」に答えられるようになっているはず。そんな一冊です。

 永遠の図書室としては天皇機関説や天皇主権説、現人神、人間宣言などに触れるべきとは思っているのですが、そちらの話を余すところなくした場合脱線も脱線、それこそ1つのテーマだけでかなり長い記事になってしまいます。

 ですので今回は最後に、別の棚からの紹介にはなってしまうのですがーーーーこのタイミングでこそ紹介すべきかな、と思ったのでーーーーこちらの1冊を紹介しようと思います。

「陛下の”人間”宣言 =旋風裡の天皇を描く=」(著:藤樫準二)

 先ほども出てきた「人間宣言」という言葉、ざっくり言うと天皇自身が「自分は神ではない」と神格性を否定したものですね。しかしその否定は現人神の否定であり、過去の神格(先ほど書いた脈々と受け継がれてい来た歴史)の否定ではない、という所がポイントです。

 ちなみにこの人間宣言で大きすぎる感情を抱えてしまったのが、何を隠そう三島由紀夫。第3回「二・二六事件」で取り上げた「英霊の聲」の、「などてすめらぎは人間となりたまいし」という一言にその感情が詰まっています。

 話を戻します。そもそもこの藤樫氏、宮内庁の担当記者ということで。長いこと皇室の報道にかかわってきたのだそうです。

 そんな人が書いた「人間宣言」というタイトルの本。中身を見るのが少し怖くなりますが、紐を解いてしまえばまさに「人間」の側面を前に出した本になっています。そこに現人神の影はなく、あるのは象徴であり、人間の姿だと感じました。なんとなく、現在の報道に通ずる原型みたいなものが見えるのは気のせいでしょうか。

 ところで「人間宣言」と言う言葉が浸透する切っ掛けになったのがこの本なのだとか。一冊の本から一つの言葉がはじまったというのは、なんとなく不思議な気持ちになりますね。

ということで今回のテーマは「天皇・皇室」ということで、普段と毛色を変えてお送りいたしました。それではごきげんよう。

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