「第1章」大国間戦争に直面する世界 コロナ禍の太平洋と欧州を事例に
多くの論者は、世界政治は米中二極に分断されつつあり、両大国以外の諸国は、米国と連携して中国に対抗するか、あるいは中国との関係を重んじて米国と距離を取るか以外に選択肢は少ないとしている。
これに対して概観は、世界政治はむしろ多極化、もしくは「多元」化しつつあり、米中競争と分断の圧力が拡大する中でも、国際政治の「多元」化傾向が観察できるとした。
その模範事例として、オーストラリアをはじめとする太平洋地域とEUを中心とした欧州の国際関係に焦点を当てて分析。オーストラリアは、太平洋地域において米中競争の影響を被りつつも、独自の地域主義を発展させ、新型コロナウイルス感染症への対応に係る地域連携の推進を継続している。
また、欧州諸国はその「戦略的自律」を模索する上で、争点が複雑化する米中両大国との関係管理に取り組んでいる。
「第2章」中国 コロナで加速する習近平政権の強硬姿勢
湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスは多数の感染者と死者を出し、経済の停滞を招いた。これにより、国民の指導部への不満が表面化したが、習近平政権は経済活動の再開を進めると同時に、社会への統制を強化して乗り切った。
統制強化の姿勢は、香港と台湾にも向けられ、香港には「香港国家安全維持法」を強要。「一国二制度」を骨抜きにして、自由と民主を求める市民を封じ込めた。
中国が要求する「一つの中国」の原則を受け入れない蔡英文総統が率いる台湾は、コロナ対応で国際社会の評価を高めた。米国は台湾に政府高官を派遣し、多くの武器を売却するなど関係を強化。これに対して中国は、台湾の周辺海空域で軍事訓練を活発化させて威圧した。
コロナ禍の責任をめぐって米国との相互批判が強まり、対立は「新冷戦」と呼ばれるレベルまで高まった。中国の強硬な外交姿勢はオーストラリアやインドにも向けられ、欧州諸国の警戒感が高まった。
コロナ禍において、人民解放軍は各国への医療支援やワクチンの開発で役割を果たし、同時に米軍への対抗を念頭に南シナ海での対艦弾道ミサイルの発射演習を行い、太平洋への進出を強化。日本固有の領土である尖閣諸島の周辺海域では、中国海警局の船舶が活発に活動し、日本に対する圧力をさらに強化している。
「第3章」朝鮮半島 揺れる南北関係
2020年3月、北朝鮮は短距離弾道ミサイル(SRBM)を発射し、「民族よりも同盟を重視している」と米国と同盟を結ぶ韓国を糾弾。また、米国に追従する「事大主義」を是正するよう韓国に圧力をかけた。2018年の南北首脳会談で発表された軍事合意の破棄を意味するオプションを突きつけ、南北共同連絡事務所を爆破。米新政権の誕生に先立ち、韓国を米国と引き離そうとした。
韓国の文在寅政権は南北関係の改善に意欲を示し、その結果として米国と距離を取るような姿勢も見せた。例えば、米国と対北政策を調整する米韓作業部会の協議事項を限定。ミサイル防衛システムの一部である艦艇発射型迎撃ミサイルSM3の採用も見送った。
他方、韓国のミサイル開発を米国が制限する枠組みである米韓ミサイル指針を緩和することで、ミサイル能力を拡大する姿勢を見せた。
「第4章」東南アジア ポスト・コロナの安全保障課題
2020年の東南アジアは、新型コロナウイルス感染症の大きな影響を受けた。各国経済のダメージは深刻で、特に貧困層への影響が大きい。
一方、コロナ対応を理由にした強権的な政権運営も見られ、地域諸国が積み重ねてきた民主主義の実践への影響が懸念される。コロナ対策における東南アジア諸国連合(ASEAN)の役割も限定的なものだった。
南シナ海での権利を主張する中国に対し、東南アジア各国は、中国との戦力差や経済への影響なども考慮しつつ、可能な限りの軍事的・外交的対応を見せた。西側諸国が中国への警戒感や積極的関与を強めている中、ASEANとしては大国間の競争から距離を置く姿勢を示している。
コロナ対策費の増大で国防予算が圧迫されているが、各国は海上戦力の強化に取り組んでいる。
「第5章」ロシア ポスト・プーチン問題と1993年憲法体制への変容
ソ連解体後のロシアでは、1993年に制定された連邦憲法が国家運営の礎となってきた。2000年に発足したプーチン政権が長期化する中、テロ・過激主義対策の強化やマスメディアの法規制を背景に、93年憲法が保障する「人および市民の権利と自由」をめぐる問題が顕在化。2020年初頭に本格化した憲法修正プロセスを経て、プーチン体制を維持する基本的なメカニズムが構築された。一方、変革を求める市民の声も高まっており、ロシア社会は変動期を迎えている。
軍事面では、中距離核戦力(INF)全廃条約の失効や新戦略兵器削減条約(新START)の延長問題など、米ロ間の軍備管理問題が国際的な関心事になっている。
ロシア軍はコロナ禍で多機能医療センターを建設。イタリアやセルビアへの緊急援助などの役割を担った。
「第6章」米国 コロナ危機下の米国の安全保障
コロナ禍で、米国では中国の脅威が強調され、州以下レベルが中国の影響工作の標的になっているという認識が深まった。まず国務省が、米国の州・地方・市政府の関係者に中国政府職員が接触することを事前通告の対象とした。また、中国国営メディア15社を「外交使節団」に指定。2020年6月には新疆ウイグル自治区の人権侵害に加担した者への制裁を求める法案も成立した。
一方、国防省は、各軍が中ロを想定した作戦コンセプトの開発をそれぞれ進める中、これらを包含し、一定の方向性を付与する統合コンセプトの開発に着手。また、コロナ禍においても、西太平洋において戦略爆撃機や空母を積極的に展開した。
2020年11月の大統領選挙でバイデン元副大統領の当選確定が報じられると、トランプ大統領が選挙の不正を主張。激戦となった州で訴訟を起こし、国内を分断する事態を招いた。
「第7章」日本 ポスト・コロナの安全保障に向けて
2020年の1月29日に始まった自衛隊の新型コロナウイルス関連の災害派遣は、二次感染を起こしておらず、その対策は国内外で高い評価を受けた。今後も自衛隊には、そのユニークな能力を活用した貢献が期待される。
2020年は日米安全保障条約の改定から60年の節目にあたり、「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)の策定と改定を通じ、防衛協力を深化させた。今後、菅政権が日米同盟による対処力や抑止力をより向上させるためには、米国との2国間だけでなく、米国の同盟国間の協力も含めた重層的な安全保障協力へと深化させていく必要がある。
2000年代以降、日米豪、日米韓、日米印の3カ国間協力が強化されてきたが、それをさらに拡大した日米豪印の協力が追求されている。
防衛計画の大綱で示された「多次元統合防衛力」の構築においては、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな分野での「領域横断作戦」のためのさまざまな施策が行われている。従来の戦闘様相と大きく異なるが、領域横断作戦能力を持続可能な形で発展させる長期的な方策が必要である。