注)本記事はブルーインパルスファンネットFacebookページに非定期連載してきた、元第11飛行隊の飛行班長の吉田信也氏執筆による【説明しよう!】の続編を防衛日報デジタルに掲載するものです。
体験搭乗といえど色々あります
さて先日の「イッテQ イモトジャパンツアーin宮城県 ブルーに乗る!」は皆様もちろんご覧になられたことと思います。大きな感動とかなりの反響があり、視聴率も中々良かったようですね。OBの私めとしても「ブルーがここまでメジャーになって!うん!うん!・・・余は満足じゃ・・・!」という気分でした(笑)。一説には「芸能人を・・・」とか、「また税金を使って・・・」とかあったようですが、これは「航空自衛隊の重要な任務のひとつ、広報活動である!」と胸をはって言いたいと思います!空自広報関係者の大いなる成果です!
というわけで久々の「説明しよう!」、今回は「体験搭乗」についてお話したいと思います。
「体験搭乗」は自衛隊内の規則でも定められており「広報業務を遂行するため部外者を搭乗させることが有効であると認められるもの」の一文があります。中にはCH-47(チヌーク)や輸送機などに乗って飛行する「体験搭乗」も含まれます。しかしながら、その細則にはさらに基準があり、身体に影響がほとんどないものと著しい影響のあるものに区分されます。もちろん戦闘機やジェット練習機は身体への影響大なので、おのずと定められた訓練を修了した健康な方しか乗ることはできません。このため万が一の緊急事態発生時のことも考慮し、搭乗前には必ず受けてもらう訓練や検査があります。番組でも紹介された通り「航空生理訓練」と「身体検査」です。
まずは「航空生理訓練」で、これは飛行が人体に及ぼす影響や障害に対する対策を学びます。訓練は大きく分けて座学と実習に分かれています。座学では「航空生理学」で解剖生理や低酸素症などを、「脱出保命」では脱出装置や救急医療キットなどについて学びます。実習では「低圧訓練」を行います。
この訓練は、低圧訓練装置(通称:チャンバー)の中に入って約35、000ft(10,600m)と同じ気圧や低酸素症を実際に体験します。私がいたころと変わってなければ、低酸素症の体験はその高度(薄い酸素)で一旦酸素マスクを外し、数字の「1000」から「999、998、997・・・」と順番に紙に書いていき、当然薄い酸素の状態なので「熱感」や「チアノーゼ(指先から青紫色になっていく症状)」などが発生し同時に判断力が低下し「数字の書き間違い」などが起こることを体験するのです。訓練終了後に冷静な状態で見てみると数字が「970」位までは順調ですが、そのあと「930」台になっていたり、いきなり「800」台になっていたり(笑)。
いわゆる脳内の酸素量が不足するとともに、判断力も低下し正確な計算が出来なくなるのです。これはどんなに訓練したベテランパイロットでも同じなので、大事なのはその症状を自覚することなのです。対処としては、酸素発生装置の点検や代替えの手順を行うと同時に、実際の飛行中であれば高度を降ろします。
ちなみに操縦者には原則として5年に1回の訓練が義務付けられており、もちろん座学から実習までほぼ1日かけて行います。また「耳抜き」をスムーズに行うことも大事で、風邪気味とか鼻づまり状態だとかなり苦しい訓練になります。時には訓練そのものが受けられないことも・・・。
次に「身体検査」ですが、これは一般の検診程度で、もちろん最低基準はありますが普通に健康な人なら大丈夫です。確か「航空生理訓練」前と飛行当日(朝)の2回行われるはずです。
これにクリアすれば、いよいよジェット機への「体験搭乗」となるわけですが、訓練後すぐにフライトするわけではありません。実は「航空生理訓練」を行った当日は、操縦者でも飛行は禁止(民間機などへの乗客としての搭乗は別)されています。このため後日、日を改めてのフライトとなるでしょう。なお番組内でも出てきた「耐G訓練」は主として操縦者の訓練なので、これは行う必要はありません。
そういえば、2番機の「リュウ」が出産立ち合いでこの日は欠席していましたね。実はこういった慶弔事、結婚、出産、体調不良などを可能な限り相談する風潮は私が若いころからもありました。これは家庭などでの心配のタネを残さず、100%フライトに専念するためで、誰か休んでも誰かがカバーできる態勢を常に維持しております。パイロット間のみならず整備員、総括班員を含めてひとつのファミリーという考えが根付いているのが飛行隊なのです。
遠い昔ですが(笑)、私が航空学生に入隊して2か月後に祖父が亡くなりました。実家から連絡を受けた翌日には大事な試験がひかえており、区隊長には「試験が終わってから帰ります。」と言ったのですが、「試験なんていつでもできる、速やかに帰れ!これは命令だ!」と怒られました。おかげで告別式と火葬には間に合いましたが、当時の区隊長はバリバリのF-1パイロットでしたね。
このように飛行隊は昨今の風潮だからという事ではなく、その昔から有事には心置きなく戦う組織としてその戦力を十分に発揮するために、平時はこうした考え方のもとに訓練に励んでおります。
休暇などですが、土日展示で勤務するブルーはもとより、昼夜を問わずアラート(対領空侵犯措置任務)待機につく現役のパイロットたちには信じられないくらい代休、年次休暇などが有り余っているので、そちらの心配はありません。私も30代の頃、残休暇日数を数えたことがありますが、ゆうに2か月あまり休める日数でした(笑)
それにしても以前の田中みな実さんといいイモトアヤコさんといい、なんと幸運な方なんでしょうね。ましてや「初めての体験搭乗」がブルーなんて、イモトさんは余程強運の持ち主なんですね。しかしながら飛行中にあれだけのレポートができるなんて大したもんです。だから選ばれたんでしょうね。番組構成も非常に解りやすかったし、また飛行中も青空のもと松島海岸を背景に白いスモークを出すブルーが見られて一服の清涼剤となりましたね。さてさて次は誰が飛ぶのでしょうか?
まだまだコロナで気が抜けない中、どうしてもうつむきがちになってしまいますが、そういうときこそ頭を上げて空を見上げましょう!ひょっとしたらブルーが飛んでいるかもしれませんよ!
元第11飛行隊 非行班長* 吉田信也
* "非行班長"は吉田信也さんがハンドル名的にSNSで使われるもので、正式な経歴はもちろんブルーインパルスの元"飛行班長"です。(注:ブルーインパルスファンネット管理人)