元日に発生した能登半島地震。今でも多くの被災者が厳しい生活を送っている。発生当初は多くの自衛官が被災地入りし、救助活動を行ったが、そこには自衛隊の基地を警備する警備犬の姿もあった。被災地には10頭以上が投入され、ハンドラー(専属隊員)とともにがれきの下に生き埋めになった人々を捜索し、実際に救出にも貢献した。今後、発生する可能性がある首都直下地震などにも備え、自衛隊は国民の生命を守るため警備犬の育成に注力している(編集部・船木正尋)。

ベテランの貫禄

 「待て、伏せ」―。航空自衛隊入間基地(埼玉県狭山市、入間市)の一角で大きな声が響き渡る。コンクリート片や鉄くずが積み上げられた訓練場で、ハンドラーの長谷3空曹(34)の指示の下、ジャーマン・シェパード・ドッグのトム(オス)が要救助者を探す「捜索訓練」で機敏な動きを見せる。

ベテラン犬のトムは要救助者役の隊員を即座に発見

 トムは9歳のベテラン警備犬だ。周囲を警戒しながら、捜索を開始。がれきの上にのぼり、「クンクン」と人の臭いをたどる。数分後には「ワン、ワン、ワン」と吠(ほ)え、合図を送った。要救助者役の隊員が隠れている場所をすぐさま発見したのだ。

息の合った動きを見せた長谷3曹とトム

 長谷3曹とのコンビも長く、令和3年7月に起きた静岡県熱海市の土砂崩れなどの災害現場にも派遣された。長谷3曹は「トムは年を重ねたが、体調管理をきちんとすれば、まだまだ災害現場でも活躍できる」と話す。

「やんちゃ娘」がガブリ

 訓練は人員捜索だけではない。本来の警備犬としての役割を担うための訓練も実施している。

 この訓練には若手のホープ、ベルジアン・シェパード・ドッグ・マリノアのイオリ(メス)が登場。やんちゃ盛りの1歳だが、不審者役の隊員を見ると、迷うことなく飛びかかり、腕にかみついた。不審者役の隊員が腕を大きく揺らし、ふるい落とそうとしても、決して離れない。捜索訓練と異なり、警備犬の強さを改めて知った。

イオリのハンドラーを務める道家士長

 イオリのハンドラーを務める道家空士長(26)は「今は、警備犬のイロハを教える段階。これからの成長が楽しみだ」と期待を寄せる。

訓練にも積極的に取り組む、やんちゃ盛りのイオリ

 海空の自衛隊の中で、空自は基地内の警戒などにあたる犬の運用数が最大だ。入間基地は民間ブリーダーから購入した犬を育成し、各基地に配属するほか、ハンドラーの教育訓練の役割も担う。

東日本大震災がきっかけ

 空自が保有する犬は従来「歩哨(しょう)犬」と呼ばれ、基地の警備が主な任務だった。訓練でも不審者にかみつくなどの対処は現在も重要なカリキュラムの一つ。だが、東日本大震災が転機となり、運用方法にも大きな変化があった。

 災害当時は世界各国の救助犬が被災地に入り、自衛隊では、海上自衛隊が派遣した2頭が多くの要救助者や遺体の発見に貢献した。こうしたことから、空自でも災害派遣の一環として、体制づくりに着手した。爆発物探知や行方不明者捜索、警戒監視など任務に応じた空自内の資格制度を整備・拡充した。

 これに加えて、国際救助犬連盟による試験合格を目指すためにカリキュラムを見直した。その一環で、がれきなどに生き埋めになった要救助者の捜索訓練なども強化された。

能登半島地震で成果と課題も

 元日に発生した能登半島地震でも人員捜索のために自衛隊の警備犬10頭以上が投入された。

 東日本大震災をきっかけに捜索訓練を強化した影響もあり、空自浜松基地所属のベルジアン・シェパード・ドッグ・マリノアのジェニファー(3歳・メス)が輪島市内の家屋にいた高齢の女性を発見し、救助に貢献した。ジェニファーも入間基地から配属された警備犬の1頭だ。

 平成30年7月に起きた西日本豪雨を皮切りに、同年9月の北海道胆振(いぶり)東部地震、そして令和元年の台風19号と、行方不明者捜索のため、入間基地から警備犬が派遣された。

 そして、能登半島地震でも1月2日から入間基地の隊員4人と2頭の警備犬が被災地入りした。ただ、被災地での活動は困難を極めた。警備犬管理班長の上野1空尉(44)が当時の状況をこう語る。「輪島市内での活動後、珠洲市への移動を検討したが、道路が寸断されており、展開できなかった」

能登半島地震の災害活動では入間基地から警備犬2頭が被災地入りした(提供・入間基地)

 警備犬の災害派遣はこれまで自衛隊の基地や駐屯地が付近にあったが、能登半島地震では、十分な支援を受けられる活動拠点がなく、活動範囲や時間も限られていた。

 上野1尉は「拠点がなければ警備犬の能力を十分に発揮することはできない。今後は天幕や食料などを持ち寄り、仮拠点からの活動を想定した訓練も実施してみたい」と新たな訓練に挑む考えだ。 

 ハンドラーと警備犬はヘリからのヘリボーン降下の訓練も実施しており、仮拠点での訓練で一定の成果が出れば、活動の範囲がさらに広がりそうだ。 

ハンドラーと警備犬がヘリボーン降下訓練を実施(提供・入間基地)

 政府の調査などによると、国内では30年以内に首都直下地震が70%、南海トラフ巨大地震も70~80%の確率で起きるとされている。首都直下地震では、建物被害に伴う要救助者は約5万~7万人に上るとの想定がある。いつ何時発生するか分からない、地震や土砂崩れなどの災害に備え、基地で寝食を共にするハンドラーと警備犬は「人犬一体」となり、日々能力向上に励んでいる。

警備犬の歴史

 警備犬を導入しているのは現在、航空、海上各自衛隊で、主要基地、分屯基地などで活躍している。過去には陸上自衛隊にも犬がいたが、今は配備していない。

 空自では昭和36年から「歩哨犬」という名称で運用が開始された。平成25年からは「警備犬」と呼称を変えて配備されている。現在はジャーマン・シェパード・ドッグ、ベルジアン・シェパード・ドッグ・マリノア、ラブラドール・レトリバーの3犬種が警備犬として活躍している。

 空自では、引退した元警備犬は最後まで面倒をみている。人命救助のために懸命に働いた元警備犬は、原則的に最後の任務に就いた基地で余生を過ごす。入間基地では、最期を迎えた元警備犬の遺骨を基地内で設けられた霊廟(れいびょう)に安置している。

<編集部より>

 「警備犬」といえば、かつては警察犬と同じく警察に所属するイメージが強かったと思います。きっかけは、東日本大震災(平成23年)でした。大規模災害などで自衛隊の出動が増えてきたことなどを背景に、海上、航空自衛隊の基地や分屯基地にも配置されるようになったようです。

 災害派遣現場で不明者の捜索活動に加わり、ニュースなどでもよく登場するようになった「災害救助犬」もそもそもは警備犬。その名の通り、基地や分屯基地などで不審者らの警備にあたる、いわば「番犬」といえる任務でしたが、自然災害の多発に伴い、「もう一つの大きな仕事」のため、隊員とともに自衛隊車両に乗り、ある時は自衛隊機に搭乗し、空から救出活動に向かうこともあります。まさに、隊員とともに日本を護(まも)る「バディ」といえる重要な存在なのです。

 国民の目にも触れるケースが多くなった警備犬です。世の中のペットブームも少し頭をよぎりました。しかし、何と言っても「エリート中のエリート」ともいわれ、選ばれし者(犬?)と、指導する「ハンドラー」と呼ばれる隊員との二人三脚での生活や訓練のことなどなど…素朴にもっと詳しく知りたいと思い、記者が空自入間基地に独自取材をしました。防衛日報の本日(7月5日付)2面の特集です。

 警備犬の「総本山」といわれる入間基地はまさに、「虎の穴」的な存在とでもいえましょうか。多くの警備犬がこの地から巣立ち、基地警備や災害派遣などでそれぞれの力を発揮しています。取材当日も、基地内の警備・警戒行動に加え、嗅覚能力を生かした不審物などの探知、不審者への襲撃などの訓練を繰り広げていました。紙面では、こうしたさまざまな場面の写真を使用するとともに、警備犬の果敢な行動、ハンドラーとのコミュニケーション、ハンドラー自身の思いなどを紹介しました。

 各地の災害現場に派遣され、多くの行方不明者を発見してきたその功績に対し何匹もの警備犬が、防衛大臣などから表彰されています。その賞状やメダル、トロフィーなどが納められたコーナーは基地の誇りでもあると思います。

 厳しく、真摯(しんし)に任務を続ける警備犬ですが、そもそもは犬です。訓練中に思い通りの動きをしたことでハンドラーに体をやさしくなでてもらえば、普通の犬と何ら変わることはありません。気持ちよさそうな表情を見せるのもまた、親しみを感じるところでもあります。取材した記者もこうした光景を見て、気持ちが一瞬、安らいだことでしょう。

 今回の警備犬特集は、防衛日報社が運営しているデジタル版「防衛日報デジタル」でも本日から紹介しています。ハンドラーとのある一日を追跡した内容を加え、ボリュームアップしています。こちらもどうぞご覧ください。 

他記事は防衛日報PDF版をご覧ください。

→防衛日報7月5日付PDF