『あたりまえ』への依存に気付いた時、私たちは初めてあたりまえであることに感謝する。では、その「あたりまえ」とは何なのか、それは本当に「あたりまえ」なのか。
 知らないことで起こした自分の行為により救えるはずの命が救えなかったとしたら…それでも自分には関係ないと言えるだろうか。
 この回では、当たり前に気付き、知る事は自分の命を守る強化に繋がるということを伝えていきたい。

忘れられないあの瞬間

 毎年アニバーサリー報道で思い出してはまた忘れ去られる3.11東日本大震災の教訓。私も3月9,10日と豊洲、都庁前での防災イベントが重なり、チームメンバーも気仙沼へ行ったりとてんやわんやな時期である。

 13年前の14時46分…あの船の上にいるような揺れと、その後のテレビから流れてきた衝撃的な中継映像は今も忘れる事は出来ない。

 行く先が塞がれ、停滞する車の列に襲ってくる津波、車から飛び出して必死に走って逃げる人にも容赦ないスピードで黒い水が襲いかかっていた…まさに地獄絵図だった。

 震源から遠く離れた関東でも、交通渋滞に帰宅困難者や計画停電など様々な事が起こり、当時2歳だった娘は緊急地震速報のアラート音がテレビやスマートフォンから流れるたびに、寝ていても恐怖からすぐに目が覚め大泣きしていた。

都合のいいプロフェッショナル

 なんと今は平和なんだろう。。。

 そう思っている今、震災が起こらないとは限らない。しかし、私たちは起こって欲しくない事を考えようとはしない。

 そんな私たちを何かがあった時に助けてくれるのが“プロフェッショナル(消防隊員、消防団員、警察官、自衛隊など)”となるのだが、彼らの存在を日頃からリスペクトしているかと言えばそうではなく、「何かあった時は助けてくれる」「助けるのが仕事だから」と都合よく思っている者も多いのではないか?

 震災や風水雪害などでの被災者救助や捜索、遺体回収などの大半はプロフェッショナルが行く
が、東日本大震災では250名以上の消防隊員、消防団員、警察官などが殉職、行方不明となっている事実をご存じだろうか。もちろん彼らにも家族があり、被災者となる場合もある。しかし彼らは、家族や自らの避難より他者を救う事に従事している。

自衛隊の第一の任務は『国防』

 自衛隊はどうだろう?

 有事の際は多くの隊員が派遣され、誰も入り込めないところにも救助・支援へ向かい、被災者に温かい食べ物やお風呂を提供する…が、彼らは被災者と同じ物は食べず持参した携行食(戦闘糧食)を食べている。

令和6年能登半島地震に係る災害派遣(統合幕僚監部)

 なぜ(被災者と)同じものを食べないのか?

 それは、それらが全て被災者に向けたものだからだ。私はまずこの感覚がおかしいと個人的に思うのである。自衛隊が「自己完結」できる組織だとしてもである。

令和6年能登半島地震に係る災害派遣(統合幕僚監部)

 たしかに被災者と違って、彼らは戻れば日常の生活が送れるのかもしれない。だが彼らは被災者さえも見る事のない過酷な現場を目の当たりにしている。ご遺体を安置所まで運び、中には小さなご遺体もあるが、彼らは心を痛めながらも任務を全うしている。私がもしこの現場に立たされたら、家に戻って笑って日常を過ごせる自信はない。

 「訓練で鍛えられているでしょ」「税金でしょ」という声が必ずといっていいほどあがるが、プロフェッショナルたちも全員、納税者で人間だ。そして、自衛隊の第一の任務は国の防衛『国防』だという事を忘れてはいけない

総合火力演習より(防衛日報社)

降下訓練始めより(防衛日報社)

降下訓練始めより(防衛日報社)

 国内で豚熱や鳥インフルエンザが発生した際、報道では「作業員」と紹介されるため、自衛隊が派遣されている事を知る者は少ない。

豚熱:殺処分後の運搬を行う隊員(守山駐屯地)

豚熱:殺処分する獣医師の支援を行う隊員(守山駐屯地)

鳥インフルエンザ:約4万羽の殺処分に従事する隊員(米子駐屯地)

 日本は自衛隊を便利屋扱いしてはいないだろうか。

 何かあればすぐ自衛隊。あたりまえのように派遣され、国防のための訓練には「戦争する気か!」と騒ぎ立てる。

 想像してほしい。今よりももっと災害が増え、より多くの隊員が派遣された状態でこの国に何かあった時、この国を守れるだろうか?もちろん自衛隊はそれをも想定して訓練しているのだが、自分の命が脅かされる事態を我々自身で作ってはいないだろうか?

救急車の適正利用から考える

 日常に視点を変えて見るとどうだろう?

 最近良く取り上げられている救急車の適正利用について考えてみる。

 救急車の出動件数が一番ひっ迫するのは熱中症が発生する時期とされているが、その搬送の多くはすぐに帰宅できる「軽症者」だという事実を知っているだろうか?「熱中症だから仕方ないじゃないか!」と言われるかもしれないが、熱中症は自助力で回避率は格段に上がる。さらに対処法(共助)を身に着けていれば、大半が救急搬送に至らずに済むのである。

 この20年で救急車の到着は3分遅くなり、搬送までは9分も遅くなっていることに加え、軽症者の搬送により一刻を争う重症者への救急車到着が間に合わず失われる命があることを皆に知っていただきたい。

ひとりの変化が多くの変化

 知らないことで起こした自分の行為により、救えるはずの命が救えない可能性があると知った時、それでも「知らなかった」で済ませることができるだとうか…知ろうとする姿勢と学ぼうとする意欲、一人ひとりの意識の変化がやがて多くの変化へと変わり、結果救える命が増えるのではないか?

 知らない、知らないままでいるということが罪なのである。

 また、救ってくれる側の立場に自分を置き換え、『あたりまえ』に依存していた自分に気付いてほしい。そうすると、あたりまえにあることへの有難さ(感謝)を感じるのではないか?

 これらに気付く事は、結果的に自分の命を守る強化に繋がると私は思う。

 自分の命を一番に守れるのは自分なのだという事を改めて知っていただきたい。


「Re防災project」災害対策のシートベルト化の実現に向けて

 時代の変化と共に災害対策をアップデートし続ける災害対策の日常化、「災害対策のシートベルト化」を実現させるためには、『強い地域づくり』が必要である。それには産官学民連携での意識改革と継続的な取組みが必須で、このどこが欠けても強い地域づくりは出来ず、災害弱者は増え続ける一方である。「産官学」が連携し「学民」の強化に繋げ、それが本当の意味での「国土強靭化」となる。

 アスプラウト株式会社代表取締役である喜多村建代さんは、これらの取組みを「Re防災project」とし、2024.3.15より社団法人を立ち上げる。

プロフィール

喜多村 建代

アスプラウト株式会社 代表取締役
一般社団法人住環境創造研究所 企画広報部長
日本防災スキーム株式会社 パートナー
FOEX(フラスコオンラインEXPO)危機対策&アウトドア総合展 リーダー

15年間専業主婦の経験から、主婦目線、母親目線、民間目線と、プロ目線だけでは見落としがちな部分に焦点を置き、同じ志を持つそれぞれのプロフェッショナルとタッグ組んで、あらゆる対策に対しての柔軟で的確なサポートを行う。

感震ブレーカー開発者との出会いから災害対策に関わる事業に加わり、その後会社設立。
震災時火災、停電対策、防災教育などを中心に活動を拡げる。

 「防災~明日を考える~」は、日頃からの防災意識を高めてもらい、いざという時のための役立つ情報発信の場として立ち上げた防災コンテンツです。
 防災には、「自助・共助・公助」があり、みなさんも耳にしたことがあると思います。自助は自分自身、共助は地域で、公助は国(公的機関)が行うものです。防衛日報社では特に“自助”に焦点をあて、防災アイテムや防災に携わる企業を紹介するとともに、実際に防災に取り組まれている個人、団体のみなさまのご意見をコラムとして配信していきます。バックナンバーは下記からご覧ください。