自衛官を目指すきっかけとなったポスターに、今度は自分が出演
──松原さんが自衛官を目指したきっかけは何だったのでしょうか。
松原2曹 実は私も、自衛官募集のポスターを見かけたのがきっかけなんです。
高校生の時、進学か就職を悩んでいる中、自衛官募集のポスターやパンフレットを見かけて、選択肢の一つに考えるようになりました。
そして、自衛隊という職業を調べていくうちに空自に興味を持ち、地本に連絡をしました。
あと、私の曽祖父が特攻隊員だったというのも影響しています。漠然とではありますが「国のために、人のためになる仕事がしたい」という思いもありました。
自衛官募集のポスターやパンフレットを見たことが志願のきっかけなので、そのポスターに今度は自分が出演して募集に貢献できたのはうれしいですね。
熊本地震で実家が被災──避難時の体験から空中輸送員を目指す
──空中輸送員を目指した理由は何だったのでしょうか。
松原2曹 新隊員教育を経て飛行管理員という職種に決まったあと、次はディスパッチャーとして飛行管理業務の基礎を学びました。
その後、新田原基地で出張や災害派遣など、さまざまな経験をさせていただくうちに、「搭乗員になりたい」という具体的な目標が見えてきました。
空中輸送員を目指したきっかけは、平成28年の熊本地震で家族が被災したことも影響しています。
松原2曹 熊本地震が発生した当時、宮崎県の新田原基地にいたのですが、実家が地震で倒壊してしまったという知らせを聞いた一方で、私は災害派遣隊として熊本空港まで行き、災害派遣活動にあたっておりました。
その後、部隊へ戻り、災害派遣活動が一段落したところで隊長に相談し、休暇をいただき家族の元に向かいました。
しばらくの間、体育館で家族と一緒に過ごしたのですが、被災者の気持ちや、災害派遣の自衛官がどれだけ頼りにされているのかを改めて感じました。
そして、支援物資を運ぶために熊本空港に到着したC1と空中輸送員の姿を見て、同じ空自でもこんな職種があるんだなと思ったんです。
被災地に支援物資が届くと皆さんが喜んでくれます。でも、当たり前のことですが、被災地に届けられる支援物資は、誰かがしっかりと輸送機に搭載し、誰かが安全に空輸したからこそ、被災地に無事届けることができた。
表立った活動も素晴らしいですが、縁の下の力持ちのような業務を担っている空中輸送員に憧れを持ちました。
──CM動画の中で「役立っていることが目に見えたりするとやりがいを感じる」とおっしゃっていましたが、具体的にどのような時でしょうか。
松原2曹 以前、長崎沖で座礁した船からオイルが海に流出するという事故が発生した時のことです。
油を吸着する布を大量に輸送するというミッションのため、目的の空港に向かいました。
そして、現地に到着して機体の扉を開けると、大勢の方が待機しておられ、「ありがとう」というお礼とともに、「手伝います」「何をすればいいですか」と次々に声をかけてくれたんです。
無事に届けられて良かったという達成感とともに、自衛官という仕事に誇りを感じ、胸に込み上げてくるものがありましたね。
──自衛官の募集・採用状況は年々厳しさを増しているところだと思いますが、松原さん自身はどう感じていらっしゃいますか。
松原2曹 組織として行っている募集広報業務以外にも、自分の職務をしっかりと全うすることで、貢献できるのではないかと思います。
自分の行動が誰かの目に入った時に、「かっこいい」「何の仕事をしているんだろう」など、とにかく一生懸命頑張っている姿を見てもらえたらと思います。
ポスターや動画に出演する前までは、それほど意識していなかったのですが、今は、自分の姿や行動こそが自衛官の顔であり、広報につながっていくものだと思っています。
新しい人材を確保していくというのは、組織においてすごく重要な課題だと思います。
特に自衛隊は人的基盤こそが防衛力を支える根幹。確保した人材をいかに育てていくかも課題ですね。
まだまだ勉強中の身ではありますが、培った知識や経験を生かして、新しく入ってきた後輩の育成などに役立てていければと思います。
「ダメだったらそこからまたやり直せばいい」
──最後に、これから自衛官を目指す人にメッセージをお願いします。
松原2曹 私が皆さんに伝えたいのは、まず自衛官はやりがいのある仕事だということと、ほかでは経験できないことができるということです。
きっかけは何でもいいと思います。私も皆さんと同じでした。
何事もやってみないと分からないので、まずはやってみて、ダメだったらそこからまたやり直せばいい。ぜひチャレンジしてもらいたいと思います。
私も皆さんが自衛官を目指すきっかけになれればという気持ちで取り組んでいきます。皆さんと一緒に働くことができたら幸いです。