中国安全保障レポート2022表紙より

 【2021年12月1日(水)2面】 防衛研究所が11月26日に公表した「中国安全保障レポート2022」の要旨は次の通り(レポートの別冊「要約」から)

第1章 中国人民解放軍の統合作戦構想の変還

 ・湾岸戦争の結果を踏まえ、人民解放軍は情報化戦争を念頭においた統合作戦研究に本格的に着手。2000年代半ばより、「一体化統合作戦」構想と「情報システムに基づくシステム体系作戦能力」を提唱し、伝統的安全保障領域(陸海空)と新型安全保障領域(宇宙・サイバー電磁波・認知領域など)を含めた統合作戦構想を提起した。

 他方、胡錦濤体制では、情報化が初期段階のため、「情報化条件下の局地戦争論」を軍事ドクトリンとする「情報化条件下の統合作戦」を当面実施し得る統合作戦として設定するなど、人民解放軍の統合作戦能力は必ずしも十分なレベルには達していなかった。

 ・習近平指導部は、「情報化局地戦争論」を軍事ドクトリンとして設定した。同ドクトリンの下、習近平指導部は、「一体化統合作戦」構想と「情報システムに基づくシステム体系作戦能力」に基づく統合作戦能力強化のため、大規模な組織機構改革を断行した。

 ・2017年10月、習近平は19回党大会で「ネットワーク情報システム体系に基づく統合作戦能力」と「全領域作戦能力」を新たな概念として提唱し、「一体化統合作戦」構想の深化を目指した。これらの概念では、精密化・ステルス化・無人化作戦の実施や制情報権の獲得が中心に位置付けられており、新型安全保障領域重視の姿勢が顕著となった。

 ・2019年より「智能化戦争」が提起されたことに伴い、人民解放軍内では現在、「多領域一体統合作戦」や「智能化条件下の統合作戦」など、新たな統合作戦構想の研究が進められている。そうした議論には、新たな軍種の創設の検討や、より大胆な組織機構改革の実施など、さらなる軍改革の可能性を内包するものまで含まれている。

第2章 改編された中国人民解放軍の統合作戦体制

 ・人民解放軍は2015年末から16年にかけて大規模な組織機構改革を実行した。その内容は、(1)4総部の廃止と中央軍事委員会多部門制度の発足(2)7大軍区の廃止と5大戦区の設置(3)陸軍指導機構の創設(4)第二砲兵のロケット軍への格上げ、戦略支援部隊・聯勤保障部隊の発足(5)海軍陸戦隊の拡充―など、多岐にわたった。

 ・軍改革では、「軍委管総、戦区主戦、軍種主建(中央軍事委員会が全体を管理し、戦区が主に戦い、軍種が主に建設する)」との方針の下、軍令体系(「中央軍事委員会―戦区司令部―部隊」)と軍政体系(「中央軍事委員会―軍種司令部―部隊」)の分離が明確化された。この方針の下、戦区は「戦略方面における唯一の最高統合作戦指揮機構」とされ、軍改革以前の軍区と比べ、高い権威と指揮権を有することとなり、その重要性が増した。

 ・軍改革の一環として、人民武装警察部隊(武警)の指揮権を中央軍事委員会に一元化し、さらに海警を武警の傘下に移管することで、「中央軍事委員会―武警―海警」による新たな海上国境警備管理体制が構築された。

 ・「中央軍事委員会主席責任制」の徹底化により、習近平の軍への統制力と指揮権限は強化された。また、習近平主導により、習近平への忠誠と統合化を重視した軍上層部の人事体制が確立した。ただし、陸軍は戦区司令部人事でなお優勢的な地位を占めている。

 ・中央軍事委員会統合作戦指揮センター戦区統合作戦指揮機構の常設化により、人民解放軍は「平戦一体」の統合作戦指揮体制を構築した。また、人民解放軍は統合作戦指揮統制システムの整備を進め、各軍種の指揮統制システムとの相互連接や政府組織・民間部門との融合を図っている。

第3章 軍改革における統合作戦訓練・人材育成体制の発展と党軍関係強化の模索

 ・習近平の「戦って勝てる軍隊」との指示に基づき、人民解放軍は、軍改革後に統合作戦訓練を一層強化し、台湾周辺や南シナ海での訓練を活発化させ、中露合同演習でも統合作戦指揮能力の向上を図っている。一連の統合作戦訓練を通じて、人民解放軍は特に各軍種間の情報共有体制と指揮統制システムの相互接続などを強化している。また、訓練に対する監察体制の強化により、訓練の質的向上が図られている。

 ・統合作戦指揮人材の不足を克服するため、人民解放軍は、軍隊院校での教育、部隊訓練での実践、軍事職業教育(オンライン主体の教育)からなる三位一体の新型軍事育成体系の整備を進めた。中国人民解放軍国防大学は、統合作戦人材育成における中心機関であり、同校で育成された統合作戦人材が各部隊に配置されている。

 ・人民解放軍は、訓練面で「軍事訓練条例」「軍事訓練大綱」を更新、「中国人民解放軍統合作戦綱要(試行)」を制定し、教育面では「新時代の軍事教育方針」「軍隊院校教育条例(試行)」「軍隊軍事職業教育条例(試行)」を制定するなど、各種の関連文書・法規の整備を進めることで教育・訓練体制の強化を図っている。

 ・人民解放軍が統合作戦体制を強化する中、党軍関係を維持するための伝統的なシステムが足枷(あしかせ)となると指摘されている。これに対して人民解放軍は、(1)「党委員会の統一的集団指導下の首長分工責任制」の徹底(2)政治将校の選抜・育成での軍事的専門性と科学技術知識の重視(3)戦時政治工作での「三戦」の重視と情報化の促進により、「一体化統合作戦」構想と党軍関係の維持・強化の両立を模索している。

結論

 ・人民解放軍は、1990年代以降、米国の軍事理論や科学技術分野の発展に柔軟に対応するため、広範性を有する概念である「一体化統合作戦」構想を提唱した。そして、伝統性(「三戦」、軍民融合、党軍関係の維持・強化など)と新規性(長距離精密打撃能力の重視、新型安全保障領域へのシフト、智能化戦争の提唱など)を加味した独自性を追求することで「一体化統合作戦」構想の深化を目指した。

 ・習近平の強いイニシアチブの下、軍改革により、人民解放軍は「一体化統合作戦」構想を実現し得る統合作戦体制を整備した。それに合わせ、統合作戦訓練・人材育成体制を発展させるとともに、「一体化統合作戦」構想と党軍関係の維持・強化の両立を目指した。

 ・軍改革において、人民解放軍はその統合作戦の深化に関し、多くの成果を獲得した。他方、軍改革を経ても、(1)中央軍事委員会・戦区・軍種における権限と役割の調整(2)統合作戦意識の希薄さと軍種偏重主義(3)統合作戦訓練の形式主義化、戦区主体の統合作戦訓練と軍兵種訓練の連携(4)高度科学技術人材の獲得・育成・維持の難しさ(5)政治委員の指揮権限と指揮能力のあり方など、なお多くの課題が残されており、その克服には時間がかかると目される。

 ・人民解放軍の近代化のタイムスケジュールでは、2027年、35年、50年が節目の年として設定されている。これらの節目の年に、国防費の増額、新装備の導入、対外発言・対外行動のみならず、統合作戦構想、組織機構改革とそれに伴う組織文化の形成、教育訓練と人材の質的向上、党軍関係などに注目することで、人民解放軍の統合作戦能力を多角的に見積もることが今後も重要となる。


◆関連リンク
防衛省 防衛研究所
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