新型コロナウイルスの感染拡大は、自衛隊員の心理面にも大きな影響を及ぼしている。蓄積されるストレスはハラスメントや差別などを生む。こうした状況を共有し、有効な対策に結び付けるため、隊員のサポート役でもある臨床心理士ら約80人が参加した8月20日の訓練を取材した。

 専門家による講話、意見交換、援助者としての業務…。参加者の議論は深まった。防衛日報社では、ストレスをめぐる環境や現状、防衛省・自衛隊の取り組み、自衛隊中央病院の対策、日々の活動に取り入れている京都地本の例などを日刊紙「防衛日報」で紹介し、隊員、職員が抱える問題を考えた。

令和3年度「臨床心理士全国参加集合訓練」が開かれた

 訓練は、陸自東部方面総監部が主催した令和3年度「臨床心理士全国参加集合訓練」。年1回、全国の臨床心理士が一堂に会して行われているが、今年は新型コロナウイルス感染拡大の観点から、初めてオンライン形式での実施となった。

臨床心理士、公認心理師とは

 臨床心理士は、公益財団法人「日本臨床心理士資格認定協会」が認定している民間資格。昭和63年(1988)に資格が発足した。同協会によると、令和3年(2021)4月1日現在で3万8397人の臨床心理士が認定されている。

 一方、公認心理師は公認心理師法に基づき平成29年(2017)9月、心理職における日本初の心理職の国家資格として誕生した。

 臨床心理士は5年ごとに資格更新の義務があり、公認心理師の更新制度はないが、2つの資格を持ち、今回の訓練を担当した習志野駐業務隊の小森防衛技官によると、本質的に臨床心理士と公認心理師の業務に違いはないという。

 小森技官によると、以前は「カウンセラー」といった質が定かではない資格が乱立したことなどを背景に、長い間、心理専門職の国家資格化が望まれていた。その後、臨床心理士を国家資格にすることがかなわず、新たに公認心理師が誕生したことで、臨床心理士の組織構成員のほとんどがそのまま公認心理師の組織構成員に移行している。

 自衛隊全体の臨床心理士もほとんどが、公認心理師の資格保持者。また、陸自の臨床心理士は約110人いる。

 テーマは「自衛隊における新型コロナウイルス感染症とメンタルヘルス ~敵を知り、敵と戦う~」。前段は、「敵を知る」をコンセプトにコロナが隊員や心理士にどのような影響をもたらしているかについて知識を共有した。

 はじめに、訓練担任官の又木1陸佐(東方医務官)が「COVID-19(新型コロナウイルス感染症)」の概略と問題点について説明。その上で、「報告に上がってきていない事例も多くあると思う。実態を知っているのは心理士の皆さん。ぜひ、集合訓練の場で議論を深めてもらいたい」と、全国の心理士に期待を寄せた。

訓練担任官の又木1陸佐(東方医務官)

 続いて、陸幕人事教育部人事教育計画課心理適性係の三上3陸佐が「コロナ禍とパワハラ」をテーマに講話。陸幕が開設しているハラスメントホットラインに寄せられる相談事例を紹介した。

 それによると、パワハラの相談件数は開設した平成28年度が53件。その後、29年度が71件、30年度が142件と増加、コロナ発生後の令和2年度は206件に達し、このうち相談案件から調査に移行したのが21件あった=表参照。

陸上幕僚監部人事教育部人事教育計画課発表のデータ

 前年度に寄せられた相談から懲戒処分などに至ったのはわずか数件で、適切な相談対応が案件の深刻化や拡大防止に大きく寄与したという。人教部では、「寄せられる相談の大部分は、上司と部下の人間関係のもつれやコミュニケーション不足によるもの。それぞれの関係性の中でどう向き合うかが重要な課題」としている。

 続いて、東方心理幹部の坂本1陸尉は、コロナ禍での業務や部隊相談員練成訓練の現況について説明。感染拡大防止により、オンライン環境を併用して訓練を行っていることを紹介した。

東方心理幹部の坂本1陸尉

心理幹部とは

  小森技官によると、心理幹部は自衛官が充てられ、臨床心理士や公認心理師の資格保有は要件に入っていない。その役割は、メンタルヘルス施策の推進や運用の補佐、専門家としての関係者への指導などだ。

 陸幕によると、心理幹部は各方面総監部、師・旅団司令部などに配属され、隷下部隊などに対し、メンタルヘルスに関する教育や相談員の養成、各種事態発生時の対処などのメンタルヘルス施策を推進するほか、部隊などの関係者に対し、専門家としての指導や助言などを行っている。

 心理幹部は、陸自衛生学校で実施している幹部特技課程「心理」(約3カ月)を修了している隊員が配置される。

 その後、5個方面隊の臨床心理士がそれぞれコロナストレスの実情を報告。6グループに分かれた討論会では、海空自の臨床心理士らを交えて、地域におけるメンタルヘルス活動を共有した。

 人教部はコロナ禍でのこうしたさまざまな状況について、職場の人間関係が構築されている部隊などは、不満を共有し、部隊側の主張と連接させる役割を果たしている隊員がいること、意見具申を図るシステムが機能していることを指摘した。

自衛隊大規模接種センター職員のメンタルケアを紹介

 後段は「敵と戦う」と題し、衛生学校の千葉2陸佐を座長としたシンポジウム形式で実施した。

 東方臨床心理士の熊谷技官と中方臨床心理士の西浦技官がコロナ禍に係るメンタルヘルス対応の具体例をそれぞれ紹介。駐屯地で発生したクラスターや、マスクをつけることが難しい隊員からの相談対応例などを共有した。

 次に、自衛隊中央病院メンタルサポートセンターの満井3陸佐が、コロナ感染者を受け入れるなど、各種業務にあたっている同病院の職員に対するメンタルヘルス事例を紹介した。

 その中では、5月24日から東京、大阪で開設したコロナワクチンの「自衛隊大規模接種センター」に勤務する隊員らにもメンタルケアなどを実施。精神的健康を良好に維持し、円滑なセンター活動に寄与するため、精神科医官、看護官、心理職隊員らで構成されたサポートチームが、現場で面談や診察などを行ったことが報告された。

 その中で、組織としての対処に食事、睡眠、休息という「基本事項」のほか、「正しい意味づけ」や「解除ミーティング」などが必要であることを強調。いまだ感染者の沈静化が見られず、さらなる長期的な活動が求められる上で、職員のメンタルヘルスを良好に保つには「情報の共有」と「休養の確保」が必要であると総括した。

全国の駐屯地に所属する臨床心理士がリモートで日々の業務について共有した

 訓練に参加した臨床心理士からは「きょうの訓練でコロナ罹患による後遺症の事例を聞き、以前自分が担当した隊員との共通点があり、知見の確認ができた」との話があった。

訓練の計画係長を務めた習志野駐業務隊の小森防衛技官の話

 「現場で接していて、比較的若い隊員からの相談件数が増えているように感じる。彼らは基本的に隊舎で生活しているため、より多くの制限を受ける対象になっており、ストレスを抱える場面も多いと思う。引き続き彼らに対するフォローを強化していくとともに、組織全体がストレスを受けていることを念頭に、症状を出している隊員へのフォローを強化していく必要がある」

あわせてご覧ください

【特集】自衛隊員のメンタルヘルスを考える
▷①「臨床心理士全国参加集合訓練」から
② 東方総監部作成ハンドブックから
③「防衛白書から」