防衛研究所は11月8日、今回で10号目の年次報告書「中国安全保障レポート2020」を公表した。今回のテーマは「ユーラシアに向かう中国」で、中央アジア地域における政策について触れ、「一帯一路」構想が「国際秩序の変革」という政治的な意味合いを強める傾向にある、と強調した。ユーラシア資源国でのエネルギー調達については、安定した取引関係を構築したと分析している。

 レポートは、中国のユーラシア外交、特に中央アジアへの外交が地域主義と対米バランシングの2つの要素から成り立っていると指摘。2001年の上海協力機構(SCO)の設立や、その後の制度化に関する中国のイニシアティブは、地域主義の観点を中国外交が取り入れたことを意味し、SCOが中国の「新安全保障観」を喧伝する舞台となり、9.11以降に中央アジアで強化された米軍のプレゼンスを牽制する場ともなったと分析した。

 一方で、地域主義の方向性や対米バランシングのあり方を、中国がロシアや中央アジア諸国と共有することは簡単ではなかったと指摘。中国はSCOで経済協力を重視し、自由貿易圏の設置を提案してきたが、それに対してロシアは、自らが主導的な立場を果たすことができる安全保障協力を重視。経済協力を通じて中央アジアで中国の影響力が拡大することを警戒していた。中央アジア諸国においても、経済発展に係る各国の優先課題と中国の提案にはギャップがあったと記述した。

 2000年代後半以降、多国間協力の困難さを認識した中国は政策調整を図り、2008年に「対話パートナー」制度を導入。SCOと米国の関係構築を模索するとともに、地域主義についても相手国それぞれの発展戦略と中国の戦略との一致点を求める2国間アプローチを採用した。2013年に習近平国家主席が提示したユーラシアでの「シルクロード経済ベルト」構想は、こうした見直しの結果であり、中国のプラグマティズムを示すものであったと評価した。

 内陸地域である中央アジア諸国は、こうした中国の柔軟さに対し心理的な警戒感を抱きつつも、それぞれの発展戦略において外部との連結性を重視し、中国のイニシアティブを受け入れてきた。また、ロシアも中国を拒否するのではなく協力を進めることで中国に対する発言力を高め、「一帯一路」構想の利益を享受するように努めているとした。中国のユーラシア外交の重要な動機の1つには、エネルギー調達があることも指摘。エネルギーの対外依存を深める中国は調達先と調達ルートの多角化を模索し、陸路での調達が可能なユーラシア資源国の価値に注目して安定した取引関係を構築したと記述した。

 また、中国は「グローバルガバナンスの変革」などとして、国際秩序に関する政治的言説によって「一帯一路」構想を位置づける傾向を強めており、近年中国との関係を深めている欧州諸国においてもこうした政治的言説が反作用をもたらしている。これについてレポートは、中国によるイニシアティブの発揮と影響力の拡大を可能にした要因が相手国との具体的な利益の一致を求める抑制的な外交にあるとすれば、中国が独自の政治的な言説を強めることは、ユーラシアにおけるこれまでの成果に対するチャレンジになると懸念している。

レポートは、防衛研究所のウェブサイトで日本語、英語、中国語で閲覧できる。


「中国安全保障レポート2020」要旨

第1章 中国のユーラシア外交

 中国のユーラシア外交、特に中央アジアへのそれは、地域主義と対米バランシングという要素から成り立ってきた。1990年代末以降、中国は地域協力に積極的に関与し始め、2001年に中央アジア諸国と上海協力機構(SCO)を設立した。その一方で、米国のパワーや影響力に対する外交上のバランシングという観点から、中国は周辺諸国との多国間協力の意義を見出した。しかし、地域主義の方向性や対米バランシングのあり方を、中国がロシアや中央アジア諸国と共有することはそう簡単ではなかった。

 2000年代後半以降、中国国内の専門家の間では、従来の外交アプローチの見直しが議論され、中国の政策も、それまでのアプローチに必ずしも拘束されない柔軟さを示した。中国は地域協力の重要性を強調する一方で、相手国それぞれの発展戦略と中国のそれとの一致点を具体的に求めた。2013年に習近平が提示した「シルクロード経済ベルト」構想はこうした見直しの結果であり、中国外交のプラグマティズムを示すものであった。その結果、地域諸国は中国のイニシアティブを受け入れ、中国と地域諸国との経済関係における連結性が強化されている。また、強化された連結性の基盤を守るべく、中国はユーラシア諸国との間で安全保障分野における機能的協力―法執行協力―を推進している。

 しかし、「一帯一路」がグローバルな展開を示すのに伴い、国際秩序に関する中国の政治的言説から「一帯一路」を位置づける傾向が強まっている。特に、中国の対欧州外交にはこの傾向が強く、中国との関係が有する政治・安全保障面でのリスクに対する認識が欧州側で広まりつつある。

第2章 中央アジア・ロシアから見た中国の影響力の拡大

 中央アジア5カ国は旧ソ連の解体により独立し国家建設を始めたが、その基層にはロシア語を通じた教育や共通の制度があり、ロシアとのつながりは強い。また、中国新疆ウイグル自治区と中央アジア地域の間では、過去に国境線や居住住民が変動した経緯もあり、中国がこの地域で役割や影響力を拡大するためには、ロシアを含む地域諸国の意向に配慮する必要があった。

 中央アジア地域ではSCOを通じて、国境地帯をめぐる安定化や国際テロリズムに対抗するための協力が行われてきた。中国はアフガニスタン、タジキスタン、パキスタンとも国境地域の安全保障協力を積極的に進めている。「一帯一路」構想をめぐる協力について、地域諸国はそれぞれの発展構想に基づき中国のイニシアティブを受け入れ、一部構想が進展し、地域をめぐる物流も向上している。このような協力の進展にあたって、中国は地域諸国やロシアにおける対中国懸念にも留意しつつ、可能な事業を進めている。

 中央アジア諸国も、治安環境が改善し連結性向上の機会が到来したとの認識の下、域内での往来や協力を積極化する傾向にある。ロシアは中央アジア諸国に対し安全保障協力を強化し、旧ソ連諸国における自らの主導性を主張しつつ、ロシアが優位性を有する軍事分野などで中国に協力して中国のイニシアティブを受け入れている。中央アジア諸国やロシアは中国との協力に際して自立性を高める努力も同時に行うことで、中国の影響力拡大の負の側面を緩和するよう努めている。

第3章 ユーラシアにおけるエネルギー・アーキテクチャ

 中国は経済成長に伴い急増するエネルギー需要を自国エネルギーだけで満たすことができず、輸入への依存度を高めている。さらに近年では、中国において経済や社会の持続可能な発展を目指して経済構造の転換が図られる中、1次エネルギーミックスも変化してきており、石油とガスのさらなる輸入増が見込まれる。このようなトレンドにおいて、中国政府は安全保障の観点から調達先および調達ルートの多角化を模索しており、特に陸上経由での調達が可能なユーラシア資源国の価値に注目して、1990年代半ばから周到な個別交渉を展開し、2000年代半ばから2010年代半ばにかけて取引関係を構築した。

 時間とコストをかけて構築したユーラシア資源国とのエネルギー取引関係は、中国にとって貴重な戦略的資産と言える。この戦略的資産には2つの含意がある。1つは、エネルギー安全保障上重要なユーラシア資源国との取引関係を将来にわたり維持するためには、中国として資源国の経済発展を積極的に支援することが合理的であるということであり、この点で「一帯一路」構想の枠組みをどのように利用するかが注目される。いま1つは、中国はこの取引関係を梃子(てこ)として、欧州、ロシア、中東、あるいは南アジアを結ぶエネルギーフローにも限定的ながら関与できる地政学的地位を得たということであり、中国がその地位を今後どのように利用するかが注目される。


◆関連リンク
防衛省 防衛研究所
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中国安全保障レポート- 防衛省 防衛研究所
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