令和5年(2023年)5月20日(土)、21日(日)の週末、横田基地日米友好祭2023が開催された。昨年の同友好祭はコロナ明けを予感させる大規模イベントの開催となったが、一年経って新型コロナウイルス感染症が5類感染症に移行したこともあり、コロナ明けを実感させる一大イベントとなった。このイベント前日にブルーインパルス4番機が飛来し、同機搭乗の手島孝1空尉と佐藤裕介1空尉が参加した。

自衛隊東京地方協力本部のメインブースにブルーインパルスパイロットが登場

 筆者は日曜日の午後から参加した。入場門となる第5ゲート最寄(直線で約730m)のJR牛浜駅には行列の最後尾が到達しており、そこに並んで40分ほどで入門できた。身分証明書を見せ、手荷物検査を受けて入場すると、直ぐに自衛隊東京地方協力本部(東京地本)のメインブースがある。空幕広報室からも総出で応援のブースではヘルメットや制服を着用しての記念写真の撮影会などが催された。ブルーインパルスのファンサービスもここで行われた。

画像: ファンサービスに応じた手島孝1空尉(左)と佐藤裕介1空尉(右)(写真・伊藤宜由)

ファンサービスに応じた手島孝1空尉(左)と佐藤裕介1空尉(右)(写真・伊藤宜由)

 昨年に続き単機の参加で、今年は4番機が飛来した。金曜日に米軍横田基地と航空自衛隊横田基地がそれぞれにブルーインパルス到着を報じた。このため、急遽会場に駆け付けた。東京地本ブースでファンサービスに対応した4番機の手島孝1空尉、佐藤裕介1空尉はノーマスクでファンと接していた。佐藤1空尉は対外イベント初登場だ。

画像: 佐藤1空尉のTACネーム“REACH”の名前が入ったヘルメット。間近で撮影している伊藤の姿がバイザーに映っている(写真・伊藤宜由)

佐藤1空尉のTACネーム“REACH”の名前が入ったヘルメット。間近で撮影している伊藤の姿がバイザーに映っている(写真・伊藤宜由)

 ファンサービスには実際に使用しているヘルメットを持参し、間近に見ることができた。航空祭では見られない至近距離だ。ブルーインパルスファンにとっては滅多にない機会でこれを見ただけでも行った甲斐があったというものだ。
 この他、空幕広報室の展示用ヘルメットも置かれていて、デザインは以前のものであったが試着して記念撮影することができた。

画像: 横田基地周辺の地本ゆるキャラたちが勢ぞろいしブルーインパルスメンバーと撮影会になった(写真・伊藤宜由)

横田基地周辺の地本ゆるキャラたちが勢ぞろいしブルーインパルスメンバーと撮影会になった(写真・伊藤宜由)

 横田基地は米軍横田基地として知られるが、平成24年(2012年)よりは航空自衛隊航空総隊司令部が配置された航空自衛隊の基地でもある。かつてはブルーインパルスも曲技飛行を披露していたという展示飛行は限定的で、二日間基地を開放しての地域やファンへの感謝デーといった印象が強い。
 福生市、瑞穂町、武蔵村山市、羽村市、立川市、昭島市(専有面積順)に跨る広大な基地で、東京地本の各連絡事務所からは、ゆるキャラが集結しての地本ブースを展開した。

ブルーインパルスとシルバーインパルスが共演

画像: 会場奥に巨大な輸送機が並ぶ(写真・今村義幸)

会場奥に巨大な輸送機が並ぶ(写真・今村義幸)

 メイン会場のエプロン地区へ出ると、奥行きは2.3kmもある広大なものであるが、その半分くらいを開放して手前がアメリカンビーフなどの売店が並ぶエリアで奥側が地上展示機エリアとなっている。上の写真は売店エリアの終わり辺りから奥を見たものであるが、とにかく広大で、地上展示機エリアの奥まで行っても、まだかなり奥までエプロン地区が伸びており圧倒される。東京地本は入口近くのメインブースの他に地上展示機の近くにも何か所もブースを設置した。

画像: 入間基地の中空司令部支援飛行隊よりノーマルT-4が参加し、青赤の二色のT-4が地上展示された(写真・今村義幸)

入間基地の中空司令部支援飛行隊よりノーマルT-4が参加し、青赤の二色のT-4が地上展示された(写真・今村義幸)

 T-4はブルーインパルスの他に入間基地所在の中部航空方面隊司令部支援飛行隊のノーマルT-4も参加した。ブルーインパルス仕様に改修されたT-4に製造番号787があるが、この789とは2番違いでこれと同じ赤白のレッドドルフィンカラーだった。さながら親戚の地上共演である。中空司令部支援飛行隊といえば入間航空祭ではベテラン教官パイロットによるシルバーインパルスとして展示飛行を行っているから、ブルーインパルスとシルバーインパルスの地上共演とも言える。

画像: 飛来したブルーインパルス4番機のキャノピー脇には前席・手島1空尉、後席・佐藤1空尉のネームが貼られてた(写真・今村義幸)

飛来したブルーインパルス4番機のキャノピー脇には前席・手島1空尉、後席・佐藤1空尉のネームが貼られてた(写真・今村義幸)

 飛来した4番機のキャノピーには前席に手島1空尉、後席に佐藤1空尉の名前がアルファベットで記されていた。CAPT(Captain)は1等空尉を意味する。
 与圧コクピットの中、前席と後席の境目に夕日が反射したガラスが見えて前席後席が仕切られていることがわかる。ガラスにはベイルアウト(緊急脱出)時にキャノピーを割る頭部のバーが映り込んでいる。

各方面から空自装備品が集結

画像: 入間基地第2輸送航空隊よりC-2が参加(写真・今村義幸)

入間基地第2輸送航空隊よりC-2が参加(写真・今村義幸)

 輸送機は後部カーゴドアを開けて機内見学ができた。どの輸送機もたいへんな人気で長い行列ができていた。

画像: 市川2空曹のヘルメットバッグ(写真・伊藤宜由)

市川2空曹のヘルメットバッグ(写真・伊藤宜由)

 航空祭で思いがけずブルーインパルスを卒業したメンバーと逢うことがある。2004年から2008年までのツアーワッペンを付けた元ドルフィンキーパーの市川2空曹のバッグがC-2の前に展示されていた。当時2番機だった玉越3空佐のネームタグも一緒に付いていた。このバッグを見ただけでも、ベテランの整備員であり、様々な機体に関わられたことがわかる。

画像: 日米C-130Hの間にオスプレイの姿も見える。オスプレイは展示飛行も行った(写真・今村義幸)

日米C-130Hの間にオスプレイの姿も見える。オスプレイは展示飛行も行った(写真・今村義幸)

 小牧基地第1輸送航空隊よりC-130Hが参加した。イラク人道復興支援活動に参加した機体として国連および多国籍軍の人員、物資等を輸送した。

画像: 入間基地飛行点検隊のU-680Aサイテーション(写真・今村義幸)

入間基地飛行点検隊のU-680Aサイテーション(写真・今村義幸)

 入間基地飛行点検隊からはYS-11、U-125Aに次ぐ新型機U-680Aが参加した。陸海空自衛隊飛行場の航空機の航行を援助するための無線設備等保安設備の点検を行う。(民間空港は国交省航空局飛行検査センターの飛行検査機が行う)

画像: 千歳基地より第201飛行隊のF-15Jが参加した(写真・今村義幸)

千歳基地より第201飛行隊のF-15Jが参加した(写真・今村義幸)

 F-15Jは千歳基地より第2航空団第201飛行隊からの参加だった。機体横には日米友好祭の看板が設置され機体の前に立って記念撮影できるコーナーとなっていた。地本のみならず部隊からの隊員も総出でイベントを盛り上げていた。記念撮影には長い行列ができていた。

画像: 百里基地第3飛行隊からはF-2Aが参加(写真・今村義幸)

百里基地第3飛行隊からはF-2Aが参加(写真・今村義幸)

 百里基地第7航空団からは第3飛行隊のF-2Aが参加した。F-2も上のF-15も増槽(ドロップタンク)2本を装着することが通常形態となった。以前の1本に比べそれだけ長い航続距離の態勢にあることを示しており、対領空侵犯措置の行動範囲を広く取っていることから、我が国近隣の緊張が高まっていることがこんなところからもわかる。

画像: 入間基地の入間ヘリコプター空輸隊からCH-47Jが参加した(写真・今村義幸)

入間基地の入間ヘリコプター空輸隊からCH-47Jが参加した(写真・今村義幸)

画像: 個性ある展示コーナーで大活躍の入間ヘリコプター空輸隊(写真・今村義幸)

個性ある展示コーナーで大活躍の入間ヘリコプター空輸隊(写真・今村義幸)

 広い会場の中で横田基地日米友好祭が47回目の開催に着目したのは航空救難団入間ヘリコプター空輸隊だけだった(笑)。なぜならCH-47Jを運用する同隊だからこそであるが、CH-47Jチヌークをこよなく愛する同隊のチヌーク愛は本拠地の入間航空祭に留まらずここ横田基地日米友好祭にもあふれていた。
 この週末、成田空港は開港45周年を迎えた(昭和53年(1978年)5月20日開港)。同じような歴史を持つ横田基地日米友好祭であるが、途中開催されていない年もあるのでそれ以上に長い歴史を持つ。ベトナム戦争終焉が1975年であり、その時代からのイベントだ。

F-35Aは今年は米空軍から参加

画像: テールコードAKを尾翼に付けた米空軍第355戦闘飛行隊のF-35A(写真・今村義幸)

テールコードAKを尾翼に付けた米空軍第355戦闘飛行隊のF-35A(写真・今村義幸)

画像: F-35Aの前ではブースが設けられワッペンなどを部隊が販売していた(写真・今村義幸)

F-35Aの前ではブースが設けられワッペンなどを部隊が販売していた(写真・今村義幸)

 昨年は三沢基地から空自第3航空団の第302飛行隊と第301飛行隊のF-35Aが参加し話題となったが、今年はアラスカ・イールソン空軍基地から尾翼にテールコードAKを付けた第355戦闘飛行隊のF-35Aが参加した。昨年はC-5スーパーギャラクシーの水筒を買ってしまったのだが、今年はこの部隊のブースを覗いてついついワッペンを買ってしまった。買い物がてら「アラスカからこのイベントのために来たのか?」と聞いたら「今沖縄に来ていて、そこから来た」とのことだった。嘉手納基地のF-15退役に伴い同基地に展開中のF-35Aが横田基地日米友好祭に参加したのだ。

圧巻の大型輸送機の機内公開

画像: C-5スーパーギャラクシーの荷室は前後カーゴドアを開けて通しで開放された(写真・今村義幸)

C-5スーパーギャラクシーの荷室は前後カーゴドアを開けて通しで開放された(写真・今村義幸)

 横田基地配備のCV-22オスプレイを含め機内を公開した輸送機は大変な待ち行列になっていたが、最も巨大なC-5スーパーギャラクシーは前後のカーゴドアを開けて一方通行で中を通ることができるように内部を公開した。このため待ち行列になることなく中に入ることができるが、中には部隊のお店も広げられていて、外の会場と変わらない広さを見せていた。C-5の他、KC-135やKC-10の空中給油輸送機も公開されていた。

G7広島サミット終了日のエアフォースツー離陸

画像: 2023.05.21. C-32Aが日米友好祭開催中の横田基地より離陸(動画・Yuka Miyamoto) youtu.be

2023.05.21. C-32Aが日米友好祭開催中の横田基地より離陸(動画・Yuka Miyamoto)

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 日没18:45を前にした18:30頃、地上展示エリア奥よりも更に奥のエプロン北寄りに駐機されていたC-32Aが離陸した。副大統領搭乗時には“エアフォースツー”のコールサインを冠するC-32Aが、G7広島サミット中の横田基地でのスタンバイを解いて本国に帰投したようだ。Flightradar24に映ったこのフライトは広島に向かうことなく、北米航路を帰っていった。バイデン大統領が乗ったエアフォースワンは岩国基地に発着したが、予備機であろうC-32Aを岩国に降ろさず横田に待機させるところに危機管理の一端が垣間見られる。

航空祭というよりも基地開放イベントの日米友好祭

画像: 航空祭というよりも基地開放イベントの日米友好祭

 展示飛行が少ない分、地上展示機をじっくり見て、ブルーインパルスのファンサービスもじっくり待ってサインをもらうことができた。アメリカンフードを堪能したり、格納庫内と屋外にそれぞれあったステージでのバンド演奏も満喫したりできた。筆者のお気に入りはジミ・ヘンドリックスのコピーバンドのトリオであったが、どのステージも大変盛り上がっていた。全体の雰囲気は日米友好祭の名がピッタリの基地開放イベントだ。
 20:30からはファイヤーワークス(花火)もプログラムされていたが、ブルーインパルスの日程が前週の丸森の後、この週末をはさみ、美保基地航空祭、防府航空祭と4週続く。ここで無理をしては4週連続体力がもたなそうなのと、奥の地上展示機エリアが今年もまた日没とともに閉められ、ブルーインパルス4番機と花火を絡めて撮影する千載一遇のチャンスも望めなくなったことから諦めもついて会場を後にした。
 ブルーインパルスの手島1空尉と佐藤1空尉もまた4週連続の出番となるが、鍛えられた戦闘機パイロットであり強靭な体力を備えているとはいえ、大変に頭の下がる思いだ。美保、防府と続く航空祭が好天に恵まれ、今度は曲技飛行まで見られることを楽しみにしている。

《参考記事》横田基地日米友好祭2022にブルーインパルス1番機がサプライズ参加!
〜エアフォースワンも飛来した3年ぶりの開催〜

《文と写真/動画》
ブルーインパルスファンネット 今村義幸/伊藤宜由/Yuka Miyamoto


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