快晴の浜松基地で名久井隊長が1区分
2022年10月23日(日)、浜松基地で開催されたエアフェスタ浜松でブルーインパルスが飛んだ。航空気象用語でいうところのSKC(スカイクリア)の快晴の空で、最上位となる「第1区分」のアクロバット飛行(曲技飛行)が実施された。飛行隊長の名久井朋之2空佐が編隊長を務める展示飛行としては、小松基地航空祭の1区分(曇り)、今治港開港100周年の編隊連携機動飛行(快晴)に次ぐ晴れやかな舞台となった。
ブルーインパルスが1区分というフルメニューで飛んだとなると、ここはそのすべてを網羅して満遍なく撮りたいもの。だがエアフェスタ浜松の会場となる浜松基地北地区は逆光で、写真撮影には少々不利となる。そこで、今回は逆光の会場でブルーインパルスを撮るコツをお伝えしようと思う。
逆光の浜松基地でブルーインパルスを撮るには
航空自衛隊浜松基地は、浜名湖の東側、少し内陸に入ったところにあり、滑走路は丁度まっすぐ東西に伸びている。航空祭(エアフェスタ浜松)の会場となるのは滑走路の北西側にある北地区だ。このため会場から滑走路上を飛ぶブルーインパルスを撮ると「逆光」になるという難点がある。逆光は厄介だ。背景の空が白くなり被写体は真っ黒になる。
ブルーインパルスの離陸は14:40であったから、東西真っ直ぐの滑走路に対し、正面より右側に太陽があったことをまず頭に入れておきたい。その上で、逆光でのブルーインパルスを撮るために、いくつかのポイントを挙げていこう。
①スモークが鮮やかに見える
逆光の会場では奥側から太陽光が当たり、裏ごしのスモークが一段と明るく際立つ。上のスター&クロスの開始シーンでは、右エンジンの噴射口から発生したスモークが力強く表現され、ジェットの噴射が激しく渦を巻いている様子もわかる。スモークは機速によっても太さが変わり、速く飛ぶときは細くなり、ゆっくり飛ぶときは太くなる。こうした渦を巻くという特長も覚えておいて、スモークが主役になるようなカットも撮ってみよう。
②広角でワイドに撮ると綺麗な景色となる
ワイドな画角も取り入れたい。右には太陽があって白んでいるが、全体では青空の中、綺麗な空をブルーインパルスが飛んでいる。スモークを曳くブルーインパルスならではの構図だ。魚眼レンズで撮ったため少々広すぎる画角であるが、空を見上げるカップルの姿を入れてそのままとした。正面奥やや左には二棟のAWACS(早期警戒管制機)の格納庫も見える。
一眼レフならレンズを交換できることが魅力だが、ブルーインパルスが飛んでいる間にレンズ交換することはテンポも速く難しい。サブ機を用意するか、最近のスマホは画質も綺麗で広角で撮れるため、スマホをサブ機として使う手もありだ。ただし、快晴の屋外では液晶画面が見づらく、フードを付けるなど工夫が必要かもしれない。一眼レフのファインダーのメリットを感じる瞬間でもある。
③高いところや(浜松の場合)左側は逆光にならない
会場の右手から入ってきて急上昇し、六機で宙返りするデルタループ。頂点に達するまでは、右奥からの太陽光に対し真逆光ではない。光は機体の奥側に当たってはいるものの、ほぼ真上にレンズを向けたこの時には空も青々と写り、六機のデルタ隊形を美しく収めることができた。
広い会場の中で(浜松の場合)右の方に居ればもっとこの傾向は強くなり、デルタループの昇りをさらに綺麗に撮ることもできるだろう。筆者は会場のほぼセンターから撮った。
④後ろから入ってくる課目を狙う
会場の正面を向いて逆光になるということは、会場の裏手は順光になるということだ。ワイドトゥデルタループやチェンジオーバーループは後方からスモークONで進入してくる逆光時の鉄板ネタともいえる後方進入課目だ。
筆者含め多くのマニアがイヤホンを付けて何かを聞きながら撮影しているのを見たことがあるかもしれないが、あれはエアバンドレシーバーという特殊なラジオで航空無線を聞いている。それは次にくる課目名を聞いたりタイミングを計ったりしているのだが、エアバンドレシーバーがなくてもナレーションでどちらから入ってくるか説明してくれる。会場のスピーカーの位置をチェックしておいて、ナレーションがよく聞こえる環境で撮影するということもひとつのポイントとなる。
上の写真はベースオペレーションの建物の前で撮った。こうすることで建物の「HAMAMATSU AB(Air Base)」という文字が入り、いつ誰が見ても浜松基地の写真であることがわかる。光線状態とは別の話になるが、望遠ばかりでなく、広い画角で撮影地の特長を残すこともポイントとなる。またブルーインパルスがスモークを曳くからこそ、こうした構図が成立する(スモークを曳かない戦闘機では機体が小さく、絵になりにくい)。
⑤人のシルエットも借りてしまおう
逆光となると人の姿もまたシルエットになりやすい。バーティカルキューピッドでは、近くにいたカップルの後ろから撮影させてもらった。一瞬のことだがふたりの手がハートを型取っている姿が写っていた。このおふたりには展示飛行が始まる段階で背中から撮らせてほしいとお願いしておいた。回りを見渡して、こんなシーンを想定して話をおくことも、ブルーインパルスを撮る上ではプラスとなる。周りとのコミュニケーションを取って楽しく撮影できたらそれが一番だ。
ネットなどで公開するなら常識の範囲で許可をもらっておくことや、撮れた作品をプレゼントするなどの配慮も欠かせない。
ブルーインパルスの展示飛行がつくづく一期一会だと思うのは、会場によって順光逆光も違うし、展示飛行の季節や時間によっても太陽の角度が違うことだ。
天候も快晴になるとは限らない。その日その時に快晴の空が広がることを願い、ついにその日が来れば、がむしゃらにシャッターを切る。その瞬間、撮影者はブルーインパルスと一体になる。
快晴を願い、入念に想定して、落ち着いて運を引き寄せるかのように集中すると、時には奇跡的な眺めがファインダーの中に現れ、これだという一枚になることがある。
ブルーインパルスは一期一会だ。是非、一期一会のチャンスをものにしてブルーインパルスと一体になってほしい。
ブルーインパルス発祥の地であり空自パイロット誕生の地
航空自衛隊発祥の地でありブルーインパルス発祥の地である浜松基地。初代F-86Fブルーインパルスはここで誕生した。北門をくぐるとすぐ右手にはF-86Fブルーインパルスの機体が入場者を迎えてくれる。
浜松基地はパイロット誕生の地でもある。航空教育集団の司令部があり、同じくその隷下である第1航空団で、パイロット候補生がウィングマークを取得しパイロットとなる。その教官にはブルーインパルス経験者も多く、憧れのパイロットに操縦を習うことは、目標に向かって頑張る糧ともなろう。
今年は輸送機・救難機等基本操縦練習機T-400が美保基地より浜松基地に移転してきた後のはじめてのエアフェスタ浜松である。米国留学コースを除けばすべての空自パイロットがここから誕生する。
浜松基地所属機からは浜松救難隊のUH-60JとU-125Aも元気に展示飛行を見せてくれた。UH-60Jによる高高度からの落下傘降下は所定高度まで上昇したものの強風のため中止となった。岐阜基地飛行開発実験団からもF-15JとF-2Aがリモートで機動飛行を展示し、浜松の教官パイロットに負けないテストパイロットの凄腕を見せていた。
この他、第1術科学校所属のフライアブル(=飛べる状態)な整備教材のF-15JやF-2Aが地上展示された他、全国からE-2C、C-2、U-680AやPAC-3高射部隊装備品、陸上自衛隊の16式機動戦闘車などの装備品も地上展示された。
浜松基地は早期警戒管制機E-767(AWACS)の基地でもある。今年は地上展示もなく、一機が格納庫内から顔を出しただけであった。統合幕僚監部からは毎日のように緊急発進があったことが発表されているが、エアフェスタ浜松のひとつの顔であったE-767の展示がなかったことも、我が国を取り巻く国際情勢とその緊張が高まっていることを如実に示している。
展示飛行のない午前中にファンサービスも行われたエアフェスタ浜松
展示飛行が午後からと変則的な航空祭となった今年のエアフェスタ浜松であったが、開門は通年通り朝からで、午前中の売店コーナーは大盛況であった。展示飛行のない間に落ち着いてグッズの買い物ができて好評だった。また、ブルーインパルスも10時頃からファンサービスでサイン会を開いてくれた。こちらもの展示飛行に気を取られることなく並ぶことができて良かった。ただ、大人気でひとりのパイロットに並ぶのが時間制限的に精一杯。ともすれば全員からサインをもらうことができた航空祭もあった昔が懐かしい。
浜松基地と名久井隊長のエピソードをひとつ紹介しておこう。
ブルーインパルスファンの間では、テレビのドキュメンタリー番組になったことで有名であるが、名久井隊長もまたここで若き日にウィングマークを取得した。その時の担当教官、元ブルーインパルス4番機の水野匡昭3空佐がかなり厳しい雷を落とし、すっかり鬼教官のレッテルを貼られたが、ご本人は人の心のわかる心優しいパイロットだ。人気課目「サクラ」の発案者でもある。筆者は水野3空佐(当時1空尉)の1区分を2003年のエアフェスタ浜松で見た。初めての1区分で今年のように快晴だった。19年の時を経て、師弟2代の1区分を見ることができた。ブルーインパルスは何代にも渡って継承されてきたのに何も変わっていなかった。これはすごいことだ。
19年前、あのハートのカップルは何歳だったのだろう。ブルーインパルスとエアフェスタ浜松がもたらしてくれた一期一会に感謝したい。
取材・ブルーインパルスファンネット 今村義幸(文・写真)/伊藤宜由(写真)