中露の連携強化に懸念、台湾有事のシナリオ、初記載

 【2022年7月29日(金)付】 岸信夫防衛大臣は7月22日の閣議で、令和4年版「防衛白書」について報告し、了承された。白書では、ロシアによるウクライナ侵攻と国際情勢に与える影響について概説する章を新設したほか、ロシアと中国の軍事協力が進んでおり、「懸念を持って注視」と記した。また、台湾について「力による現状変更は世界共通の課題」と表記した上で、中国と台湾の軍事バランスが、中国側に有利な方向に変化していると指摘。「台湾への脅威は非常に大きい」(台湾国防部報告)とし、将来的に中国による台湾侵攻の可能性にも言及。そのシナリオを初めて記載した。

 白書の対象期間は、令和3年度が終わる3月末までだが、空海域におけるロシアや中国の動向など、一部の重要な事象は5月下旬まで記述している。

 また、安全保障環境の趨(すう)勢、防衛省・自衛隊の取り組みをまとめた「FOCUS」や、自衛官個人の活躍に焦点を当てた「自衛官たちの足跡」を新規に作成した。

画像: 中露海軍の艦艇は昨年10月21日、共同で日本周辺を航行した

中露海軍の艦艇は昨年10月21日、共同で日本周辺を航行した

大都市の掌握「失敗」

ロシアのウクライナ侵攻に関する章を新設

 ロシアによるウクライナ侵攻については、「侵略を容認すれば、ほかの地域でも一方的な現状変更が認められるとの誤った含意を与えかねない」と強調。その上で、ロシアがウクライナの抵抗、ウクライナ軍の能力を楽観的に見積もった可能性を指摘し、大都市の掌握に「失敗」したとした。

 日本周辺のロシア軍についても言及。「軍事活動の活発化や、極東方面にも最新の装備を配備する傾向」とし、「このような動向を懸念を持って注視」と掲げ、令和3年版の「動向を注視」よりも強い言葉を使用。「今後、ロシアの中長期的な国力の低下や周辺地域との軍事バランスの変化が生じる可能性」も指摘した。

 こうしたことから、白書では「日本周辺でロシア軍と中国軍が爆撃機の共同飛行や艦艇の共同航行を実施するなど、中国との連携を強化する動きや、軍事面の協力を『戦略的連携』としてアピールするような動きが見られる」とし、「今後もその動向を懸念を持って注視する必要がある」と記した。

尖閣への執拗な動き

 中国の軍事動向についても強く懸念している。

 中国は「軍民融合」を国家戦略とし、軍事利用が可能な先端技術の開発・獲得に積極的な取り組みをしているほか、「人工知能(AI)の活用や無人システムの自律化などにより『智能化戦争』を可能にすることで、『世界一流の軍隊』の建設を目指しているとみられる」とした。

 また、尖閣諸島周辺で一方的な現状変更の試みを執拗(しつよう)に継続しており、2021年は、中国海警船の尖閣諸島周辺の接続水域における活動日数が332日となり、過去最多だった2020年の333日に続き高い水準となった。特に2~7月は157日間連続で確認され、過去最長となっているという。

 今年5月には、東シナ海の日中中間線の中国側で新たな1基の構造物設置に向けた動きが確認された。

 白書では、中国の軍事動向に対する安全保障上の評価は引き続き、「脅威」ではなく「強い懸念」としながらも、「その傾向は近年より一層強まっている」などと記述している。

米中競争、一層顕在化

 米中関係では、両国の政治、経済、軍事にわたる競争が一層顕在化し、特に技術分野は、今後激しさを増す可能性があるとの見方を示した。

 バイデン政権は中国を「最も深刻な競争相手」と位置づけ、台湾をめぐる問題などについては、同盟国などとの協力により、けん制する姿勢を鮮明にしたと記している。

 北朝鮮については、一連の開発・ミサイル発射の背景には、体制維持のため、核抑止力の獲得に加え、「米韓両軍との間で発生し得る通常戦力や戦術核を用いた武力紛争においても対処可能な手段を獲得するという狙いがある」との可能性に言及した。

AIなどが安保に影響

 日本への言及については、「防衛力は、侵略を排除する国家の意思と能力を表す安全保障の最終的担保」の文言を使用。「自らの防衛力とともに、日米同盟関係を強化し、隙すきのない防衛態勢を構築することにより、わが国の平和と安全を確保」とした。

 また、宇宙・サイバー・電磁波といった新領域に加え、科学技術をめぐる動向についても新たに記述。人工知能や量子技術、次世代情報通信技術など、特に民生分野に由来する技術が急速に発展し、安全保障面にも影響すると指摘している。

 白書では、「このような技術を軍事分野に活用することで、従来の情報処理を高速かつ自動で行い、意思決定の精度やスピードにも大きな影響を及ぼすものとして注視が必要」と分析した。

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 今回の白書のポイントについて、防衛省は「普遍的価値に基づく国際秩序そのものが揺るがされている厳しい状況の中、防衛省・自衛隊として困難に立ち向かい、守っていく決意を示した」としている。

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 白書は、防衛省のホームページで閲覧することができ、書籍(電子書籍含む)は8月22日に刊行される予定。

台湾側分析「中国による台湾侵攻は3段階の可能性」

 白書では、中国による台湾侵攻の想定されるシナリオを、台湾側の分析として掲載した。

 【初期段階】演習の名目で軍を中国沿岸に集結させるとともに、SNSなどを通じて偽情報を流し、社会の混乱をもたらす「認知戦」を行使して台湾民衆のパニックを引き起こす。その後、海軍艦艇を西太平洋に集結させて外国軍の介入を阻止する。

 【第2段階】「演習から戦争への転換」という戦略のもとで、ロケット軍および空軍による弾道ミサイルおよび巡航ミサイルの発射が行われ、台湾の重要軍事施設を攻撃すると同時に、戦略支援部隊が台湾軍の重要システムなどへのサイバー攻撃を実行する。

 【第3段階】海上・航空優勢の獲得後、強襲揚陸艦や輸送ヘリなどによる着上陸作戦を実施し、外国軍の介入の前に台湾制圧を達成する。

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 こうした中国の動向に対し、台湾は、(1)「防衛固守・重層抑止」と呼ばれる戦闘機、艦艇などの主要装備品と非対称戦力を組み合わせた多層的な防衛態勢により、中国の侵攻を可能な限り遠方で阻止する(2)「機動、隠蔽ぺい、分散、欺瞞(ぎまん)、偽装」などにより、敵の先制攻撃による危害を低減させ、軍の戦力を確保する「戦力防護」(3)航空戦力や沿岸に配置した火力により局地的優勢を確保し、統合戦力を発揮して敵の着上陸船団を阻止・殲滅(せんめつ)する「沿海決勝」(4)敵の着上陸、敵艦艇の海岸部での行動に際し、陸海空の兵力、火力および障害で敵を錨地(びょうち)、海岸などで撃滅し、上陸を阻止する「海岸殲滅」―からなる防衛構想を提起している、と分析した。

 白書では、「中台間に圧倒的な兵力差がある中で、中国軍の作戦能力を消耗させ、着上陸を阻止・減殺する狙いがあるとともに、中国軍の侵攻を遅らせ、米軍介入までの時間稼ぎを想定しているとみられる」と記している。

増加を続ける中国の国防費

画像: 令和4年版「防衛白書」から

令和4年版「防衛白書」から


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