航空学生の故郷、防府北基地
どの航空祭が一番好きですか?と聞かれたら、迷わず「ブルーインパルスの参加する防府北です」と答える。ブルーインパルス6機中4人から5人が航空自衛隊の航空学生の出身だ(海上自衛隊にも航空学生制度があるが、ここでは以下航空学生は航空自衛隊の航空学生とする)。航空学生は約2年間、パイロットになるための訓練や将来幹部自衛官になるために必要な訓練を防府北基地で受ける。航空学生の故郷ともいうべき防府北基地は山に囲まれ、直ぐ南は瀬戸内海の周防灘に面した防府市にある。その山間を縫って飛ぶブルーインパルスが実に美しいのだ。その中でも特に1番機編隊長は普段と違う飛行諸元で飛ばねばならず難しい。そこがまたブルーインパルスファンとしての興味を駆り立てる。
航空祭にはそれぞれの基地で顔がある。防府北であれば第12飛行教育団のT-7だ。その他にも築城や新田原からリモートで機動飛行を展示する戦闘機も見どころだ。その多くを航空学生出身パイロットが操縦している。航空学生の先輩たちが「故郷」であり「母校」である防府北基地の航空祭を祝福し、現役航空学生の後輩に将来の自分の姿を見せてくれる。航空祭をはじめとする広報イベントは地域住民への感謝を示し理解を求める場とすることを第一義とするが、隊員たちの士気高揚もまた大事な任務となる。その姿を共有することで国民もまた安心感と信頼感を醸成し、航空祭から特別な感動を得ているのである。
今年は第77期航空学生のファンシードリル展示に注目!
3年ぶりに開催された防府航空祭だ。ブルーインパルスもまた2018年以来の4年ぶりの参加となる。もうひとつ注目して頂きたいのが第77期航空学生によるファンシードリル展示だ。これもまた3年ぶりとなる。
航空学生は3月の航空学生卒業式で一期先輩の卒業をファンシードリルで祝福し送り出す。4月からは航空祭を中心に、例年であれば美保基地航空祭から各地の航空祭を回り、展示を行う。第75期、第76期航空学生はこのファンシードリル展示ができなかった。第75期がYouTube「航空自衛隊チャンネル」でファンシードリルを映像公開したことも記憶に新しい。自身も航空学生(36期)出身で第11飛行隊飛行班長も務めた吉田信也元2空佐は、防衛日報デジタルの記事でその映像を引用し解説を行う中で『ファンシードリルはブルーインパルスの展示に繋がっている』と述べた。
道すがら筆者といつも取材協力してもらっている伊藤宜由さんは防府駅のタクシー乗り場にいた。天気予報も思わしくなく、入場も抽選で1万人に限定された今年の防府航空祭に慌てて向かう必要はないだろう。情報通の伊藤さんは開門8時でシャトルバスが7時40分からの運行だと知っていた。シャトルバスの始発に間に合うようにホテルを出て、防府駅に着くと既にその待ち行列は乗り場の南口からコンコースを抜けて北口まで突き抜けていた。バスを諦めてタクシー乗り場に並ぶが、これがまたなかなか来ない。15分待ってやっと一台来た。前にもう一組、同世代だろうか、中年のご夫婦がいる。もしかしたら隊員家族かもしれない。そう思ったが特に声を掛けるでもなく、筆者と伊藤さんは昨日の予行をどこで見たかとか、伊藤さんが山に登って撮った映像を見て話をしていた。タクシーの来ない時間もそれで紛らわされたのだが、思いがけず前のご夫婦が、一緒に乗りませんか、と声を掛けてくださった。タクシーの中と入門に向かう待ち行列の中の会話から、ご夫婦が隊員家族であり、航空学生77期隊員のご両親であることがわかった。そうか、隊員家族にとってもまたこの防府航空祭は特別なものなのだ。
筆者はもう昔のことだが第61期航空学生卒業式を取材した。吉田信也3空佐(当時)のブルーインパルスラスト展示が同卒業式だったからだ。この人の展示飛行は全部見届ける。そう決意していた最後の展示飛行であるから必死の思いで取材申請した。その61期卒業式でファンシードリルの初公式展示をしたのが62期だ。あの頃、航空学生60期代はずっと先に活躍する人たちで、ブルーインパルスとは遠い存在だと思っていた。ところがどうであろう。今日においては、上原広士1空尉/3番機/61期、久保佑介1空尉/3番機/62期、佐藤貴宏1空尉/6番機/61期、永岡皇太1空尉/4番機/62期(着隊順)がブルーインパルスのパイロットとなり既に転出している。
77期のファンシードリルが終わり、F-2の機動飛行が終わった頃であったか、タクシーをご一緒させて頂いたご夫婦が息子さんと一緒にいるところに出会った。お互い名乗り合うこともないが、スマホを預かり三人の記念写真を撮って、防衛日報デジタルで記事を書くこともあるからこの防府はブルーインパルスよりもファンシードリルをメインに書きますとコミットしてご家族と分かれた。あの彼も必ず直ぐに上がってくる。今年は75期、76期の分も展示してくれることだろう。航空祭で航空学生のファンシードリル展示が来ていたら是非注目してほしい。
ブルーインパルスも示した航空学生の精神「やる気 元気 負けん気」
ブルーインパルスは午前中の最後を飾る展示スケジュールに組み込まれていた。ブルーインパルスを最後にすれば、そこと帰りに人が集中する。今年は抽選で入場枠が決められたほか、有料席も設けられ超望遠レンズや三脚の使用は有料席のみで許された。有料以外の一般は望遠レンズとカメラを合わせた長さが30㎝以下と制限され、入門時にはしっかりとカメラ・レンズ長の測定も行われた。こうした分散のための配慮は十分に機能していたと思う。
あいにくの雨は最初ポツポツと、しかし午後に向けて少しずつ雨脚が強くなっているように見えた。隊員が傘をさすことを許されていないランプ地区では傘を使いたくはない。何より傘を差していては撮影しにくい。キャップとヤッケでなんとか雨をしのぎ、カメラはタオルを被せて時折拭き取って撮影している。写真にもだいぶレンズの水滴の影が写り込んでしまった。帰ったらちゃんと乾かさないとカビが生えてダメになってしまう。
せめてもの救いはまだブルーインパルスが午前中であることだった。
展示開始時刻になると場内アナウンスがブルーインパルスの展示開始時刻が遅くなることと時間が短縮されることが告げられた。リモート母基地の築城から防府北まで、出発地から途中経路と展示空域まですべてが展示飛行をできる条件を満たしていなければならない。ブルーインパルスの展示飛行はVFR ONLY(有視界飛行方式のみ)だ。幸い雨は降っていても遠くの山まで見えており視程は悪くない。雲底も最下位の4区分の曲技飛行なら出来る3000ftは確保できているのではないか。遅れは途中経路の積乱雲の通過でも待っているのかもしれない。ブルーインパルスに精通しているものなら誰もがそう思っただろう。
ブルーインパルスは、まず5番機が先に防府北基地上空に現れ天候偵察を行った。クリアに見えた5番機であるが旋回して雲に隠れることもあった。雲底の下に点在するスキャターの雲があるようだ。まず5番機を除く五機が傘型のワイドデルタローパスで会場後方から現れた。正面へ抜け、長くスモークを曳いて、正面の山を避けてゆっくりと右へ旋回していく。続いて5番機が左からナイフエッジを決めた。最後に5番機6番機がハートを描くオリジナルレベルキューピッドで終了した。
ブルーインパルスは、リモート母基地でのエンジン始動の際に、雨との関係は定かでないが、プリタクシーチェックで予備機に交換せざるを得ない機体が発生したようだ。そうしたイレギュラーが発生した際の手順もすべて想定し決めてある。それでも、リモート展示である上に、曲技飛行のための増槽を装着しないクリーン形態で飛んでくるから、燃料的には離着陸する基地で展示飛行を見せるフルショーに比べれば、移動の距離だけ、飛行可能時間は短くなる。何らかの理由で築城に降りられない場合にはオルタネートの芦屋基地に向かわなければならず、そのための燃料も残さなければならない。低高度で飛ぶことも燃費には不利になる。曲技飛行のリモート展示はそうした燃料との闘いなのだ。結果、予備機に切り替えた機体以外に先にエンジンを始動した五機が展示可能な時間に到達し、3課目のみの実施で帰っていった。
その後、結果的に午後最後のF-15DJx2機展示飛行(新田原リモート)が中止になった。天候が悪化していくことはブルーインパルスの離陸時点でも予想されていたであろう。筆者も航空祭終了後、築城基地近くにある北九州空港からの最終便で帰ったが、強風により最終便に使う機材の到着便が降りられないかもしれないという事態に陥った。一度着陸を断念したその便は空中待機で数周して再トライで何とか降りてくれた。他社の最終便は欠航した。誰もが午後に向かって天候が悪化していくことを承知していた中、ブルーインパルスが中止になっても誰も文句は言わなかっただろう。だが、たとえ1課目でもできるならやる。ブルーインパルスはそれを選んだ。それは航空学生の伝統的精神である「やる気 元気 負けん気」に通ずる展示飛行であった。観客の誰もが3課目でも出来る限りのことをしてくれたと感じたはずだ。たとえワンパスだとしてもブルーインパルスが飛んでくることで感動を呼び起こすことは先の感謝飛行や東京五輪祝賀飛行でも実感したばかりた。そしてファンシードリルを展示した第77期航空学生諸君にも、その不屈の精神が届いたはずだ。ブルーインパルスは、決してスタントのような一か八かではなく、規定の範囲内で的確な判断をして、最善を尽くし、雨にも負けず、自らツアー開幕4連勝を勝ち取ったのだ。
防府航空祭2022 名場面
ファンシードリル名場面
T-7、記念塗装機と秀逸な展示飛行の妙技
一日基地司令の岸本彩音さん
航空祭売店コーナーも復活
ワッペンやバスタオル、戦闘機のおもちゃなど、航空祭でしか買えないグッズを扱う売店が並んだ。売店での買い物も航空祭文化の大事な一部であり、航空祭の楽しみのひとつ。今年は航空祭と共に復活を果たしてください!
文・写真 ブルーインパルスファンネット 管理人 今村義幸
動画(T-7記念塗装機)伊藤宜由