今回紹介する著者はこちら、城山三郎氏。小説家として沢山の作品を世に残した人です。
 短編に長編、随筆に共著、翻訳、詩、シナリオなど表現方法は多岐にわたり、ジャンルも経済小説や伝記、戦争小説などなど。

 ちなみにこの経済小説という言葉、あまり聞き慣れない方もいるかもしれないのでちょっとだけ説明しましょうか。
 その名の通り経済について取り扱い、そこで働くサラリーマンや企業のすがた、業界について取り扱った分野ですね。有名なところでは半沢直樹シリーズがそれにあたります。ではさっそく紹介していきましょう。

作者は大戦時、海軍に志願入隊

「生命の歌 戦争と組織」

 城山氏による戦争文学短編集。フィリピン防衛戦と戦後の軍事裁判を通し「将軍」の生きる姿を書く「幻の虎」、刑事と守衛と追われる者の物語「逃亡者」、戦中の宗教弾圧と父の自殺の真相を追う主人公の「命令者」、軍隊と戦争に翻弄される若者のすがたを日記形式で書いた「生命の歌」の四編から成り立つ一冊です。余談ですが、メインタイトルを一番最後の短編タイトルにするのってなんだかいいですよね。特に生命の歌は城山氏自身の経験を下地にしていることもあり、読んでいる最中、何度も生々しいやりきれなさと怒り、若者たちへの哀しみが胸を襲う作品です。

 この短編集で特にお話したいのが「幻の虎」という作品。タイトルで近代史に明るい方ならば誰について書かれたお話かすぐにおわかりかと思います。
 しかし、本編の中では主人公はあくまで「将軍」という表記で統一されています。呼び方もまた然り。最後まで将軍は将軍のままなのです。戦争犯罪人として裁かれていても、将軍は将軍のまま。それは皮肉でもなんでもなく、立場が変われどその人はその人………ブレない人間性のようなものを表しているのだと思います。実際主人公の描写の仕方自体も一本芯があって、時代に翻弄されようが変わらない精神性を逃げずに書いているんですよね。読んでいて気持ちが良いのもポイントです。

 虎と呼ばれた人物の事を知っている読者は「将軍」と呼ばれる先にひとつの名前を見据えながら読むという楽しみ方ができるし、知らない人は約60ページ、真摯でしゃんとした男の姿を瞬きをせずに見つめられるという体験ができます。読み終わった後に「将軍」の名前を知ると、より感動が強まるかもしれませんね。

 それと将軍がしゃんとしているからこそ、将軍とはまた違った考え方を持つ通訳・カワモトというキャラクターとの語らいが良い。物語でも史実でも、なにかを読んでいて「こんな時、この人の横にこう言ってくれる人がいたなら」と思った経験のある人は嵌ると思います。個人的に虎が嫌いな将軍と、将軍が虎であることに疑問を持つカワモトの会話が好きです。
 虎は元から虎などではなく、周囲から虎にされた。しかし周囲こそが虎なのかもしれない。そんなことを思ってしまう、良い短編です。

 ところでこの「幻の虎」ではパラワン島事件(捕虜虐殺事件)について触れられているのですが、実は将軍が関わったとされた血なまぐさい事件は他にもありました。事件の名前はシンガポール華僑粛清事件。この事件で大勢の華僑が殺されました。どちらもひどい事件なので、ここまで見てきた将軍の姿に少し陰を感じてしまいますよね。
 しかし蓋を開けてみると、パラワンの方は無関係、華僑粛清事件は将軍の指示とされてきたものの、実は部下の独断専行だったとされています。

 ちなみにその事件で独断に色々やった部下ですが、戦後すぐトンズラして裁判から逃げ、ほとぼりが冷めた頃に帰ってきて、あろうことか文筆家・政治家になったそうです。おかげでこの事件における裁判では反対派だったにも関わらず、責任を取らされて死刑になった人もいたのだとか………いやあ、ひどい話ですね。一体どこの辻政信なんですかね。

 「生命の歌」に収録されている「幻の虎」「逃亡者」「生命の歌」はこちらの「城山三郎昭和の戦争文学」(全六巻)に収録されています。残念ながら当館には二、三巻だけなのですが、城山作品を一気に読むならこのシリーズがおすすめ。

画像1: 作者は大戦時、海軍に志願入隊

 収録作品は以下の通りです。

第一巻 硫黄島に死す
「硫黄島に死す」「草原の敵」「マンゴーの林の中で」「一歩の距離」
第二巻 生命の歌
「大義の末」「生命の歌」「軍艦旗はためく丘に」「えらい人」「青春の記念の土地」
第三巻 零からの栄光
「爆音」「夜間飛行」「浮上」「零からの栄光」
第四巻 忘れ得ぬ翼
「忘れ得ぬ翼」「基地はるかなり」「逃亡者」
第五巻 落日燃ゆ
「落日燃ゆ」「幻の虎」
第六巻 指揮官たちの特攻
「指揮官たちの特攻」「友情 力あり」

 戦争文学シリーズ自体は二冊だけと書きましたが、このうちの「指揮官たちの特攻 幸福は花びらのごとく」は文庫本で、「零からの栄光」は単行本、「落日燃ゆ」「忘れ得ぬ翼」は両方当館にあります。一気にまとめて読むもよし、当時の装丁でひとつひとつ読むもよしですね。

画像2: 作者は大戦時、海軍に志願入隊

 また、「昭和の戦争文学」以外にも「城山三郎全集」なるシリーズもございます。こちらは戦争文学以外にも、前述したように経済小説や随筆、詩、シナリオなど多岐にわたって城山作品を味わうことができます。
 小説を先に読むと、他の媒体で表現される作品たちになんだか新鮮みを感じます。詩は短い文字数の中にどこまでも世界が広がり、シナリオは頭の中で自分だけのキャストを立てる楽しみがあり、随筆はそんな作者の人間性が垣間見える。なんとも贅沢なシリーズです。ちなみに店番は詩だと「旗」が大好きですね。

画像3: 作者は大戦時、海軍に志願入隊

「雄気堂々」

 さて、最後に紹介するのがこの小説。経済小説を執筆する城山氏が書いた日本経済の父、渋沢栄一の半生の物語となっております。
 渋沢栄一というと今現在放送されている「青天を衝け」で名前を知った、あるいは深く知ることになった人が多いのではないでしょうか。店番も毎週胸を抑えたりびしょびしょに泣いたりほっこりしたりドキドキしたり登場人物たちの幸せを願ったりしながら、毎週日曜の夜に心をかき乱されています。
 しかし、青天以外にも渋沢栄一について取り扱った作品は存在します。そのうちのひとつがこの「雄気堂々」なのです。
 物語の時間軸は栄一さんがお千代さんと結婚するあたりから、お千代さんが病死するまでを書い………お千代さん、お亡くなりになってしまうのか………そうか……

 城山三郎と大河ドラマといえば「黄金の日日」が有名ですが、実はあれ大河ドラマで初めて商人を主人公にした作品なのだそうな。経済というものに対してのプロである城山氏の視点から紡がれる渋沢栄一像、青天とはまた違った栄一さんのお味をぜひご覧いただければと思います。

 ………そういえば、城山氏の本名は杉浦英一さんというのだそうです。栄一さんと城山氏はもしかしたら、同じ名前と経済という糸で繋がっていたのかもしれませんね。

アクセス

画像2: 永遠の図書室通信 第38話「著者 城山三郎」

永遠の図書室
住所:千葉県館山市北条1057 CIRCUS1階
電話番号:0470-29-7982
営業時間:13時~16時(土日祝のみ17時まで) 月火定休日
システム:開館30分までの滞在は無料、それ以降は一時間ごとに500円かかります。
駐車場:建物左側にあります、元館山中央外科内科跡地にお停めできます。
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