「生きて虜囚の辱を受けず」ーーーーこれは「戦陣訓」の一節です。捕虜になるよりも潔く死んだ方がマシだ、というやつですね。これのせいで玉砕・自決といった自ら死を選ぶやり方や、捕虜となって生還した軍人の家族を非国民と非難したりと、考えるだけでも嫌な空気が流れておりました。もちろん「敵に情報を渡さないため」という理由もあるのですが、とはいえあまりにも……と思うのではないでしょうか。
 ここで少し冷静になった時、「情報漏洩が怖いのなら、それを防げばいいのではないか?」と疑問が浮かぶのではないでしょうか。数々の映画や小説を読んだ身からすると、偽の情報を流したりだとか、何かしらの切り抜け方があったのではないか、なんて考えてしまいますよね。
 しかし、「=死」の考えの方が強かった日本軍は切り抜け方なんぞ知りませんでした。

 そして、とある青年もまた捕虜となっておりました。青年は海軍の零戦パイロットだったのですが、米軍の捕虜となり尋問を受けました。偽名を使い偽の履歴を喋ったものの、嘘が付き慣れていない人というのはどこかで絶対破綻するものです。話の辻褄が合わなくなり、やがて色々な情報を自白してしまいました。
 これは今を生きている人間だからこそ癒えることですが、一人の自白ですべてが終る、なんてことはありません。もちろん青年も生き残り、移動した先の収容所で小説を書いたりしておりました。戦後、青年は新聞記者となり、その後は小説家となり、数々の作品を世に残しました。

 それが今回ご紹介する作家・豊田穣(とよだ・じょう)のお話です。

元海軍軍人の小説家

 その世代の作家さんは自分の体験を戦記として残したり、それを下地にして戦争文学を書く人が多い印象ですが、例にもれず豊田氏もまたそのひとり。「新聞記者」と「小説家」、そして「軍人」としての三つの視点を保持しているため、ひとりの目であるのにどこか多角的に感じるのが魅力的でございます。それではお勧めしたい本を紹介していきましょう。

「戦記作家の雑記帳 青えんぴつ 赤えんぴつ」

 手書き風のフォントが目を引くこの本。ジャンルは何かといいますと、ずばり戦争や歴史などを題材にしたエッセイ集です。
 まえがきに「歴史ものを書く作家の特権は、坂本龍馬、西郷隆盛、伊藤博文ら歴史的人物を爼上にのせ、また旧知の友人のように扱いながら、親しくその肉声を聞くことである」とあるのですが、なんとなくこの感覚、わかってしまいます。いつか書いたかもしれませんが、「人物」棚を書いている時や「随筆」棚について書いている時、こういう感覚になったものです。もっとも豊田氏も私のような店番に「その感覚わかりますよ!!」と言われてもなんとのっこちゃい、と思うかもしれませんが。

 さて前述したように、このエッセイには様々な人たちが豊田氏によってまな板の上に乗せられます。それは同じ海軍であった山本五十六であったり、鈴木貫太郎、西郷隆盛、あるいは飛んで戦国の三傑、斎藤道三など。また人物に対してのみスポットを当てるわけではなく、「大正生まれ」について、あるいは自分の教育方針、己の父について等も語られます。戦争・歴史の裏話やこぼれ話といった、本筋とはまた違った味わいを堪能したい方にお勧めです。

「順逆の人 小説・三島由紀夫」

 新聞記者として、小説家として。三島由紀夫をはじめ、中山義秀、尾崎士郎、高見順、川端康成をみつめた実名小説。その人生を追い、ある時は割腹のニュースを会議室で聞き、ある時は旅をし、ある時は短編が掲載されている本を追い求め……。

 それはまるで文士たちへの時を越えたインタビューめいてもあり、探訪のようでもあります。文士たちの作品を読んだことが無かったり、人柄を知らなかったりしても読み応えがあり、また作品を読んだことがある・人柄を知っている人にとってはまた別の一面が見れるかのような出会いがあるのではないでしょうか。

 個人的には川端康成氏の、繊細な魂を持った文人と、捕虜収容所から空虚な心を抱いて帰国した青年の機縁と片思いのような感情(本編表現)を頭に置きながら読むと心に残るものがあります。それと、単純に「三島由紀夫の首の話」と「川端康成の葬式」のラインが物凄く見事だな、などと思うのでした。

「割腹 虜囚ロッキーを越える」

 「貴君の体験を丹心こめて書きなさい」ーーーーとは、実際に豊田氏が、あの川端康成に言われたひとことなのだそうな。

 ひとつ前の話に戻りますが、実名小説は「実際の人物の名前を使った小説」なので実録というわけではありません。じゃあ全部創作なのかと言われると、なんとなくこの中に実際にあったことが混ぜられているような気がしてならない。そんなジャンルです。
 これと似たようなものとして私小説があります。私小説は「作者自身の体験などに味付けし、ストーリーにした小説」ですね。エッセイとはまたちょっと違ったジャンルです。

 いきなり小説のジャンルの話をし始めて何だ、という心持でしょうが、実は今回ご紹介したものこそ「エッセイ」「実名小説」そして「私小説」なのです。
 この物語の主人公は「武田」という男。ある日武田の元に、元部下が割腹自殺をしたという連絡が入る。そこから語られるのは、彼自身の虜囚時代の話とその呪縛について。
 実際に豊田氏には、虜囚となった際に共に捕虜となり、交流のあった男性がおりました。しかし敏い皆さまならうっすらおわかりでしょうが、この男性は割腹自殺をし亡くなっております。月並みな表現になってしまいますが、私小説として形にすることで、頭の中にあるものをすべて書き切ることで、ようやくおちつけるものがあったのではないでしょうか。自らの体験を丹心込めて書いたこの一冊、捕虜としての経験を見るという面でも、「人間・豊田穣」を見るうえでも外せない一冊です。

 「戦記作家」「順逆」「割腹」、ジャンルは異なりますが、どれも端々に「人間・豊田穣」を感じます。まな板の上に乗せるなんておこがましいことはできませんが、読むことでその肉声を聞いて、親しく交流することができるんじゃないかと私は思っています。

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画像4: 永遠の図書室通信 第35話「著者 豊田穣」

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