岸信夫防衛大臣は7月13日の閣議で、令和3年版「防衛白書」について報告し、了承された。記述の対象期間は令和2年度が終わる3月末までだが、4月に行われたバイデン米大統領と菅首相の日米首脳会談を重要事項として取り上げ、日米同盟の抑止力・対処力の強化についての取り組みを紹介。米中両国間の競争が政治・経済・軍事の各分野で顕在化していると指摘したほか、独自の主張に基づく尖閣諸島周辺での中国の活動について、新たに「国際法に違反」という強い言葉を用いて懸念を表した。また、台湾情勢について「わが国にとって安定が重要」との認識を初めて明記した

台湾情勢「安定重要」と明記

 白書は、中国が透明性を欠いたまま、継続的に高い水準で国防費を増加させている状況を、日本を含む地域と国際社会の安全保障上の懸念と指摘。特に、尖閣諸島周辺において、力を背景とした一方的な現状変更の試みを執拗に継続していることについて、「国際法に違反」という新たな表現で強く非難した。

 2月に中国が施行した海警法についても、国際法との整合性の観点から問題があるとして、日本を含む関係国の正当な権益が損なわれることがあってはならず、中国が緊張を高めることは全く受け入れられないと記述した。

 白書は、米中関係を特集する項目を初めて設け、「(両国の)戦略的競争が一層顕在化している」と指摘した。

 米国では、2021年1月にバイデン政権が発足。中国に対して強い立場を基盤とした取り組みを重視する方針を示した。バイデン大統領は、トランプ政権が「米国第一」を掲げたのに対し、同盟国との関係を修復して再び世界に関与し、規範としての力を持って主導していく基本姿勢を表明。中国に長期的に対抗し、インド太平洋における軍事プレゼンスを最重視しているとした。

 台湾情勢については、中国が台湾周辺での軍事活動を一層活発化しているとし、米国が台湾への武器売却など、軍事面で台湾を支援する姿勢を鮮明にしている現状を捉え、「台湾情勢の安定は、わが国の安全保障や国際社会の安定にとって重要」との見方を示した。台湾情勢についてのこうした認識を白書に明記するのは初めて。

 北朝鮮は、ミサイル技術の高度化を図り、攻撃態様の複雑化・多様化を執拗に追求しており、日本の安全に対する重大かつ差し迫った脅威と位置づけた。ロシアについては、極超音速兵器などの新型兵器の開発、宇宙・電磁波などの新領域における活動を活発化させていると記述した。

 今回の白書は、東日本大震災から10年目の節目を迎えたことから、「災害派遣のあゆみ」についての特集ページが設けられている点も特徴だ。

 また、表紙に墨絵アーティスト・西元祐貴氏による騎馬武者像を採用したほか、これまで内容の充実を図り、年々ページが増えてきていたため、資料編をオンライン化して本冊をスリム化した。防衛省は「若者への訴求や利便性を追求した結果」と説明している。

第Ⅰ部 わが国を取り巻く安全保障環境 

 既存の秩序をめぐる不確実性が増大し、政治・経済・軍事にわたる国家間の競争が顕在化している。また、国籍不明部隊による作戦、サイバー攻撃による通信・インフラの妨害、偽情報の流布などによる影響工作を複合的に用いた「ハイブリット戦」を含む多様な手段により、グレーゾーン事態が長期的に継続する傾向にある。

 2021年1月、米国でバイデン政権が発足。トランプ政権から引き続き、中国に対しては強い立場を基盤とした取り組みを重視する方針を示した。

 バイデン政権の安全保障政策の基本姿勢は、トランプ政権のように単に力を示すだけではなく、国際協調を基軸に同盟国と協議し、模範としての力をもって主導していくことであり、中ロなどによって進む権威主義化、感染症の拡大や気候変動、核拡散などの世界的な課題を抱える新たな時代にも対応しなければならないとの認識が示された。

 また、「自由で開かれたインド太平洋」の維持が優先事項であり、中国に長期的に対抗する姿勢を表明。新興技術の危険性への対処と活用、サイバー空間における能力の強化など、国防における技術の重要性が強調され、中国との戦略的競争においても技術的競争が中心的な課題となる。

 中国は、透明性を欠いたまま、継続的に高い水準で国防費を増加させ、この10年間で2.3倍、20年間では9.6倍に達しているとされる。軍民融合政策を推進し、軍事利用が可能な先端技術の開発・獲得にも積極的に取り組んでいる。2020年12月の全人代常務委員会で新たに改正された国防法が採択され、重大安全保障領域として宇宙・電磁波・サイバー空間などが規定された。

 最近の軍事動向として、尖閣諸島周辺で力を背景とした一方的な現状変更の試みを執拗に継続しており、2020年の中国海警船の尖閣諸島周辺の接続水域における活動日数は、過去最多の333日(2019年の282日を大幅に更新)となった。このような状況を強く懸念し、白書では初めて「国際法に違反」という表現を用いて非難した。また、2021年2月に施行された中国海警法についても、海警の職責や武器使用を含む権限の規定が、国際法との整合性において問題があると指摘した。

 今回、米中関係に関する節を新設し、両国の競争が今後一層激しさを増す可能性に言及。米中のパワーバランスの変化がインド太平洋地域の平和と安定に影響を与えることから、南シナ海や台湾などでの米中の軍事動向を注視していく必要があるとしている。

 台湾については、米議会公聴会でインド太平洋軍司令官が、中国の台湾に対する野心が今後6年以内に明らかになると証言。中国軍機が台湾南西空域に進入するなど、台湾周辺での軍事活動は活発化している。一方、米国は米艦艇による台湾海峡の通過や台湾への武器売却など、軍事面での台湾支援を鮮明にしている。

 北朝鮮は、過去6回の核実験を経て、すでに日本を射程に収める弾道ミサイルに核兵器を搭載する能力を保有していると分析。ミサイル防衛網の突破を図り、個体燃料を使用して、通常よりも低空を変則的な軌道で飛翔する弾道ミサイルを開発していることも指摘した。高度化された技術が、より射程の長いミサイルに応用される懸念もあり、北朝鮮による執拗な攻撃態様の複雑化・多様化は、日本の安全に対する重大かつ差し迫った脅威であるとしている。

 2021年1月の朝鮮労働党大会では、多弾頭技術や「極超音速滑空飛行弾頭」、原子力潜水艦の開発など、軍事力強化の姿勢を表明。今年3月には新型弾道ミサイルも発射された。

 ロシアは、核戦力を含む装備の近代化を推進し、国外に軍の拠点を確保するなど、遠隔地への軍の展開能力を高めつつある。また、極超音速兵器などの新型兵器の開発を進めているほか、宇宙・電磁波などの新領域における動きを活発化させている。

 2020年12月には、日本海、東シナ海、太平洋にかけて、中国との共同飛行も確認され、初めてオホーツク海のボレイ級SSBN(弾道ミサイル搭載原子力潜水艦)から新型SLBMを発射。極東方面や択捉島・国後島へのミサイル配備も進めている。

 軍事科学技術については、主要国が将来の戦闘様相を大きく変化させるゲーム・チェンジャーとなる得る先端技術(AI、極超音速兵器、高出力エネルギー技術、量子技術など)の開発に注力する中、中国が他国から先端技術の獲得を試みているとの指摘もあり、技術の保護が重要な課題となっている。

 宇宙領域では、米中ロが自国の軍事的優位性を確保するための開発を行う一方、他国の利用を妨げる能力も重視されている。

 今回の白書では、新たに気候変動を安全保障上の課題と捉えている点も特徴。気候変動が脆弱な国家の安定性を揺るがしかねないとし、災害救援活動などが各国の軍の装備・基地などの負荷を増大させており、環境対策を要求する声が高まっているとしている。

第Ⅱ部 わが国の安全保障と防衛の基本的考え方

(省略)

第Ⅲ部 わが国防衛の三つの柱(防衛の目標を達成するための手段)

 防衛大綱では、日本の防衛力の果たすべき役割が6つ掲げられている。すなわち、(1)平時からグレーゾーンの事態への対応(2)島嶼部を含むわが国に対する攻撃への対応(3)あらゆる段階における宇宙・サイバー・電磁波の領域での対応(4)大規模災害などへの対応(5)日米同盟に基づく米国との共同(6)安全保障協力の推進―である。

 令和2年度は、島嶼部を含む日本への攻撃に対応するため、新型護衛艦「くまの」が進水(2020年11月)し、早期警戒機(E2D)を整備した。12月には、イージス・アショアに替わる新たなミサイル防衛システムの整備について閣議決定が行われた。

 近年頻発している大規模災害では、令和2年7月豪雨、同台風10号で災害派遣などの活動を総力を挙げて実施。新型コロナウイルスの感染拡大防止にも貢献している。

 日米首脳会談、日米「2+2」、日米防衛相会談など、直近の事象についても記述。特に中国による既存の国際秩序と合致しない行動、現状変更を試みる一方的な行動を念頭に、日米同盟の抑止力・対処力の強化に向けた連携、日米豪印4カ国の協力などを追求していく方針が示された。

第Ⅳ部 防衛力を構成する中心的な考え方など

 防衛省では、自衛官の処遇改善のため、生活・勤務用備品などの確保、給与面の改善のほか、定年年齢の引き上げ、ワークライフバランスと女性の活躍推進、ハラスメントや自殺防止の取り組みを実施している。

 防衛装備や技術に関しては、重要技術への重点的な投資による技術基盤の強化、先進技術の研究開発体制の強化を進めるとし、情報機能を強化するため、「経済安全保障情報企画官」の新設などの取り組みを推進する。

 隊員が高い練度を維持・向上するための訓練・演習の充実も図り、日米共同統合演習「キーン・ソード(実動演習)」、日米印豪共同訓練「マラバール2020」が行われた。

岸大臣「決意示した」

 岸防衛大臣は7月13日の記者会見で、令和3年版「防衛白書」について、「日米の緊密な連携の推進、『FOIP』(自由で開かれたインド太平洋)の維持・強化や、戦略的競争が一層顕在化している米国と中国との関係など、防衛省・自衛隊の活動や国際情勢について全体像を俯瞰できるよう、多面的に紹介した」と説明した。

 大臣はまた、白書の公開に合わせた国民へのメッセージとして、「安全保障面ではさまざまな課題を抱えている。わが国自身の防衛力の強化や、わが国と基本的価値を共有する国々との緊密な連携が不可欠である」と強調。

 その上で、白書の巻頭言で「自由や民主主義、法の支配、基本的人権の尊重といった価値観を共有する国々との協力を推し進めていくとともに、国民の心の奥底まで根付いたこういう価値観まで含めて、日本という国を守っていくという防衛大臣としての決意を示したものである」などと述べた。


◆関連リンク
防衛省・防衛白書
https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/


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