前にご来館された方がこんなことを話してくれました。

「小さい頃、よく兵隊さんに遊んでもらってて。その時に教わった歌は今でも歌えるよ。」

 そのあとは来館者様の唄を聞いたり、歌集を見てこれは知ってる、これは歌える……とお話をしたり。歴史を語り継ぐということは何より大事なことですが、「歌い継ぐ」ということもまた歴史を繋いでいく手段のひとつであると思うのです。

唄にのせて、詩にのせて

 皆さん、軍歌を聞いたことがありますか?恐らくじっくり聞いたことがある人は少ないのではないでしょうか。かく言う私も、恥ずかしながら最近やっと「水師営の会見」を聞いたばかりです。この間レコードの再生機をご寄贈してくださった方がいらしたので、おかげで「敵は幾万」や「同期の桜」といった有名なものを聞く機会に恵まれました。同期の桜、「貴様と俺とは同期の桜」というフレーズしか知らなかったので、続きはこういう歌詞だったのか……としみじみ思いましたね。「レコードで聞きたい」と思った方は、お越しになった際にぜひ店番にお声かけ下さい。余談ですがクラシックのレコードもたくさんありますので、リクエストなどありましたらお掛けしますね。

 それではこの流れで軍歌に関する本を見ていきましょう。

「軍歌 雄叫」

 なんとこの本、目次だけで十三ページあります。それも軍歌だけではなく国家や儀礼歌、イギリスやアメリカといった外国の国歌(なんと満州もあります)、陸軍士官学校(市ヶ谷台と相武台)、予科士官学校や航空士官学校の校歌、自衛隊の歌、日露戦争や大東亜戦争、昭和歌謡まで全 曲の歌詞が掲載されています。量が多い!カテゴリーが細かい!と思わず唸ってしまうラインナップ。

 それにしても校歌の種類が多いのは「学校ごとにあるからね」で済みますが、日露戦争や支那事変、日清戦争や大東亜戦争といった戦いごとに歌があるのも凄いことです。現在でも歌はやる気をあげてくれるものですが、曲調で沸き立ち、歌詞で己を震わせて鼓舞していたのでしょうね。第20回では戦争に利用された漫画の話をしましたが、作曲家さんや作詞家さんはどんな思いで作っていたのだろう……と思いをはせると、少し苦い気持ちになります。

 反対に作詞担当の名前に「第〇期」と書いてある場合もあります。学生さんが作ったのでしょうか。きちんと音や言葉数を合わせて歌詞として整っている所に才能と試行錯誤を感じます。

 ちなみにこの本の中できちんと歌えるのは「君が代」と「蛍の光」と「仰げば尊し」だけなのですが、これらはすべて国歌・儀礼歌に入ります。ではこの「国歌・儀礼歌」、他に何があるのかというと「一月一日」や「紀元節」「天長節」「建国行進曲」など、現在ではあまり聞かないものが多い印象です。「海行かば」はフレーズとしては聞いたことがあるような気がします。

 さて「歌」といえば曲が付いたものばかりではありません。短歌もまた、継がれる歌のひとつでもあります。続いて紹介するのはこちらの作品。

「【写真図説】昭和萬葉集 第〔二〕巻 昭和一一年~二〇年八月」(発刊 講談社)

 昭和11年から20年まで、戦争と言う激動の時代を生き抜いた人々が詠んだ歌を集めたもの。写真や細かい解説などもあるため、歴史的背景を頭に入れてから歌をじっくり詠むことができるという親切な造りになっています。元から昭和史の知識がある人も、歴史的背景をあまり知らないという人にもお勧めできる一冊ですね。

 小説や漫画、歌といった媒体は違えど、作品は時世を映す鏡。「雄叫」は軍歌集なので、歌詞も鼓舞するような内容が多い印象でした。しかしこちらの「萬葉集」は民の声と言いましょうか。かなしさやふとした瞬間のうれしさ、嘆きや怒りといった様々な感情が短歌の中に込められている作品が多いです。
 きっと詠み人にとって感情や想い、考え方や表したい情景はさまざま。しかし皆、それを丁寧に五・七・五・七七の中に折りたたんで表現している、という点が純粋にすごい、と思うのです。表現方法に短歌を選び、その中で様々なものを表すことのできるというのは誰にでもできることではありません。

 短歌という作品と詠み人に惜しみない称賛を送りたいのですが、長くなってしまうので一端本筋に戻りましょう。

 では具体的にどんな歌があるのかというと、この「昭和萬葉集」はその時代に起こった印象的な物事ごとにカテゴリーを分け歌を掲載し、その時代について、用語についての解説を添えています。
例えば、このコラムではよく名前の出てくる「二・二六事件」。この事件についての歌は、しんしんと雪が降る情景や事件への恐れや不安、報道規制への疑問などが詠まれています。この事件をクーデターとしてではなく「暴力」と表現した歌もありました。確かに、片方から見れば昭和維新でも、片方から見ればその二文字に集約されるのかもしれません。
 個人的には、青年将校たちの事を歌ったものが好きですね。この詠み人は斎藤史さんと言う方なのですが、斎藤さんご自身のお父様が事件に参加し、禁固五年となったそうです。父の友人ということで、事件に参加した青年将校たちとも縁があったのだそう。「昭和萬葉集」に掲載されている五首はどれも深く、二・二六事件を知る者ならば一度は読んでほしい作品です。
 他にも結核やハンセン病と言った流行り病についてや配給生活、日中戦争や学徒出陣、銃後や空襲といった出来事についての歌が掲載されています。丁寧な歌たちはその一首ごとに我々に昭和という景色を見せていくーーーーーここに載せられた短歌たちは、言うなれば昭和と今を繋ぐ窓のようにひっそりと佇んでいるのです。

 さて最後に紹介するのは、昭和十八年九月という、激動の時代のただなかに発刊された本。

「つはものゝ歌」(編 塚本篤夫)

 時代を感じさせる装丁のこの本には、詩、歌謡、短歌、俳句が掲載されています。タイトルからお察しの通り、詠み人はみな「大義に生きぬいて来た勇士」(本文より抜粋)。強者、あるいは兵に恥じぬ勇ましい作品ばかりです。
 前述であえて「昭和十八年発刊である」ということを書きましたがーーーーこの本が発刊されたのは、終戦の二年前。その後を知っている身からすると、読むたびに胸が苦しくなってしまいます。
 しかし、それは今の話。その時代にはきっと、戦地の誰かの心に刺さり、勇気となった作品もあったのでしょう。旧字体で書かれているためすらすらと詠めるわけではありませんが、それだけひと作品ごとに向き合う時間が増える、ともとれます。

 今回は三冊の本を紹介しましたが、他にも歌に関する本は様々。文章や絵、漫画や映像とはまた違った歴史の入り口である「歌」。まずは一首から、その世界に触れてみるのはいかがでしょうか。

 ちなみに、この「軍歌・俳句・和歌・用語」の棚ではないのですが、巣鴨プリズン内で詠まれた歌を集めた歌集「すがものうた」もございます。大変貴重であり、囚人となった彼らの心のうちや見た景色に触れることのできる一冊です。お越しの際はこちらもぜひ手に取っていただけたら嬉しく思います。

アクセス

画像4: 永遠の図書室通信 第23話「軍歌・俳句・和歌・用語」

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電話番号:0470-29-7982
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