11月後半から12月中旬まで、ちょうど今頃の季節にブルーインパルスが実施する特別な課目があります。今から十年前のブルーインパルス50周年の冬、その課目はサプライズの特別な贈り物として披露されました。その課目は「クリスマスツリーローパス」。航空祭の空にクリスマスイルミネーションが現れるとは誰が想像したことでしょう。

(トップ写真は2019年12月1日の百里基地航空祭で実施されたクリスマスツリーローパスの写真を加工したイメージ写真です。ブルーインパルスの展示飛行はVFR(有視界飛行方式)でのみ実施され、夜間に展示飛行が行われることはありません)

展示飛行に革命をもたらした2006年ツアー

画像: 輪島分屯基地開庁50周年記念行事祝賀飛行映像(筆者撮影)よりキャプチャ

輪島分屯基地開庁50周年記念行事祝賀飛行映像(筆者撮影)よりキャプチャ

 そのルーツは2006年6月4日、輪島分屯基地開庁50周年記念行事祝賀飛行ではじめて実施された「ツリーローパス」にあります。1、2、3番機と4、5、6番機の二つの三角形がお団子のように繋がった「ツリー」隊形は、ブルーインパルスとしては三代目の機種であるT-4ブルーインパルス(=第11飛行隊)発足当初から登録されていた基本隊形のひとつでしたが、この輪島の展示行事まで披露されたことがなかったようです。

 2006年、第11飛行隊飛行班長の吉田信也3空佐(当時)は、その三年任期の最終年にありました。先代の飛行班長・宮川範之3空佐(当時)らが2000年の事故から立て直し、2004年の航空自衛隊50周年においては今日でも最も人気のある課目のひとつである「さくら」(2020年東京五輪聖火到着式におけるオリンピックシンボルの原型課目ともなった)を完成させるなど、生まれ変わり、集大成ともいえるような輝かしい功績を残したブルーインパルスを引き継いだ吉田3空佐は、第11飛行隊長の倉田裕2空佐(当時)と共に、その形にとどまることなく、隊のスローガンである「創造への挑戦」の精神のもと、さらなる高みへとブルーインパルスを進めていきます。

画像: 2006年那覇基地航空祭での左旋回でのデルタ360ターン

2006年那覇基地航空祭での左旋回でのデルタ360ターン

 同年12月の航空祭ツアーを締めくくる那覇基地航空祭では、2003年地上展示(F-86Fブルーインパルス以来の那覇展開)、2004年・2005年航過飛行と着実に進めてきた那覇での展示形態を編隊連携機動飛行へとステップアップさせます。

 民航機の離発着数が多い那覇空港では、時間を区切って空域を占有し展示飛行を行うことができません。このため民航機の離発着の合間を縫って展示飛行を行う他にない展示方式が取られましたが、空域を占有する場合と違い、自由に右や左からと進入することはできず、離発着と同じ方向で課目が構成されました。12月ですから北風のランウェイ36の可能性が高いと思われますが、万が一ランウェイ18の場合には進入方向が反対になります。

 このために、展示課目構成は二種類が用意されていました。ランウェイ18なら右から入り正面で隊形変換を二回行う右旋回のチェンジオーバーターンは、やはり北風のランウェイ36のため実施されませんでした。その代わりに写真のデルタ360ターンが実施されましたが、実はブルーインパルスの旋回課目は右旋回を基調としたものが多く(それは世界的に見ても珍しい)、デルタ360ターンも右旋回の課目でした。

 左旋回となったデルタ360ターンは、本来の右旋回のときのような急激なバンクを伴う機動ではなくゆっくりしたものでしたが、輪島のツリーローパスといい、那覇の左旋回デルタ360ターンといい、固定観念に囚われず最高のものを見せる「創造への挑戦」そのものを見せられた気がしました。

 また、こうしたステップアップを実現するために、吉田3空佐自身の母隊ともいえる那覇基地の第302飛行隊時代に築いた航空局管制官との信頼関係も寄与しており、単に技術的に実現したというだけでなく、調整も含め、その持てる力を出し切っての成果であったことも書き添えさせていただきます。

 ブルーインパルスの伝統の継承と創造への挑戦は、こうした積み重ねの繰り返しですが、この後のブルーインパルスの創意工夫に彩られた展示方法を鑑みると、この2006年は、空自50周年のような華やかな行事こそなかったものの、ブルーインパルスにとって革命的な年であったと言えると思います。

 この那覇だけでなく、本拠地松島基地での冬の強い北西風でのランウェイ33離陸も吉田3空佐らの調整により同時期に実現したものですが、ランウェイ33離陸がなければ、今年の東京五輪聖火到着式ではブルーインパルスは離陸することもできませんでした。

サプライズのクリスマスツリーローパス

画像: クリスマスツリーローパス(2013年那覇基地航空祭より)

クリスマスツリーローパス(2013年那覇基地航空祭より)

 2010年12月19日、ブルーインパルス50周年ツアー終盤、快晴の新田原航空祭では最上位1区分の曲技飛行が実施されていました。最後1、2、3、4番機がローリングコンバットピッチを、続けて5、6番機がコークスクリューを終え、あとは着陸するだけのそんなとき、着陸せずに空中集合した六機はツリー隊形を構成、会場には聖夜を思わせるBGMが流れ始め、サプライズのクリスマスプレゼント「クリスマスツリーローパス」が実施されました。

 2006年の輪島で公開されたツリー隊形を脚出しのダーティ形態にし、ダーティ形態故のゆっくりとした太いスモークを曳き、着陸灯が点灯され、それはまるで雪を引いたクリスマスツリーがキラキラと輝いているかのように見えます。

 従来の課目名であれば「ツリーダーティローパス」であるところを「クリスマスツリーローパス」と称されたこの課目は、恐らく輝かしいブルーインパルス50周年の年を締めくくる課目として、ファンへの心からの感謝の気持ちとして、一回だけのつもりで、プルーインパルスからプレゼントされたものなのではないかと考えられます。

2019年百里基地航空祭でのクリスマスツリーローパス

 しかし、大好評だったこの「クリスマスツリーローパス」は、それだけでは終わりませんでした。東日本大震災当日の九州新幹線開通式に参加予定だったブルーインパルスは、展開先の芦屋基地で難を逃れ、芦屋を第二の母基地として訓練を再開し、夏以降芦屋からの展開で展示飛行を再開しています。

 その訓練および展示再開への過程では、福岡空港のトラフィックが近くを通る芦屋基地では飛行場上空訓練を実施することが難しく、築城基地へ飛んでいきリモートで飛行場上空訓練が実施されました。当時の築城基地司令は後の第35代空幕長・丸茂吉成空将補(当時)でしたが、芦屋リモートの築城基地飛行場上空訓練の妥当性と実現性に太鼓判を押したのは、築城基地業務群業務主任の吉田信也2空佐(当時)であったと言われています。そう、2006年にツリーローパスを初披露したブルーインパルスの元飛行班長です。

 そして、展示飛行を再開したブルーインパルスは、2011年11月23日、芦屋基地航空祭で再び「クリスマスツリーローパス」を実施しました。これは第二の母基地への感謝のクリスマスプレゼントだったのでしょう。

 以降、松島基地に帰還した2012年には見られなかったものの、2013年以降、11月後半からの「ブルーインパルス冬の風物詩」として、岐阜、築城、新田原など航空祭シーズン終盤の大型航空祭の定番として「クリスマスツリーローパス」は定着していきます。

 さらに2014年には、写真の2019年の「クリスマスツリーローパス」のように後ろの5、6番機が幅を広げた隊形に改良され、ここでもそのままの「クリスマスツリーローパス」に甘んずることなく「創造への挑戦」を込めた進化が見られました。

その先にあるサンタクロースターン(?)

画像: 2019年百里基地航空祭でのクリスマスツリーローパスで見せたレフトターン

2019年百里基地航空祭でのクリスマスツリーローパスで見せたレフトターン

 進化はツリー隊形の幅を広げただけにとどまりません。それまで曲技飛行展示の最後に付け加えられていた「クリスマスツリーローパス」が、2019年12月1日の百里基地航空祭では、その4区分の曲技飛行展示の途中に織り込まれたのです。それは4区分の終盤に差し掛かるオポジットトライアングルと次のダブルロールバックの間に実施されました。

画像: 2019年小松基地航空祭の左旋回デルタ360ターン

2019年小松基地航空祭の左旋回デルタ360ターン

 その前触れは、T-4エンジン改修での機数減少展示から六機全機展示に戻った、2019年9月16日の小松基地航空祭に見られました。百里基地航空祭の3か月ほど前の小松基地航空祭では、1区分からスタートした曲技飛行が、途中会場後方に出てきた雲によって4区分に変更にされました。

 この4区分でのオポジットトライアングルとダブルロールバックの間に、那覇基地航空祭ランウェイ36専用課目と信じていた左旋回のデルタ360ターンが織り込まれたのです。それは続けて右からの進入となるオポジットトライアングルとダブルロールバックの間に、折り返しで左から右へ移動するところを左からの進入課目に代えて入れ込んだ、新たなる「創造への挑戦」でした。固定観念に囚われた筆者の頭は度肝を抜かれました。

 そのオポジットトライアングルとダブルロールバックの間のデルタ360ターンが百里基地航空祭では「クリスマスツリーローパス」に置き換えられ、しかも従来の「クリスマスツリーローパス」は展示飛行の最後に正面から現れ会場の後方へストレートに抜けるのに対し、レフトターンで右方向へと抜けたのです。ダーティ形態のゆっくりしたパスですから、それに要した時間はクリーン形態のデルタ360ターンと変わりません。なんという計算力と課目構成力!

 筆者は、このゆっくりとした「クリスマスツリーローパス」の「レフトターン」が、まるで子供たちに夢を振り撒いて滑空するサンタクロースのソリかのように見えてなりませんでした。これこそが「伝統の継承」と「創造への挑戦」で織り成すブルーインパルスが到達できる、何か人の可能性を表現したような課目であるとともに、ブルーインパルスそのものであるように思えました。

 筆者はこの課目を心の中で勝手に「サンタクロースターン」と呼ぶことにしました。この「サンタクロースターン」のような幾重にも折り重なる進化の伝説は、ブルーインパルスの様々なディテールに宿り、人々を魅了し続けています。来年は東京オリンピックの先にまた格別な「クリスマスツリーローパス」と「サンタクロースターン」が見られることを祈念いたします。

追伸:「クリスマスツリーローパス」は、このコラボ記事シリーズが始まるきっかけとなった防衛日報デジタルのインタビュー記事(前編 / 後編)に書きました、ちょうど筆者がリーマンショック以降の航空祭に行けなくなった時期に起きた出来事です。他にもこんな「クリスマスツリーローパス」を見たとか想い出話がありましたら、是非防衛日報デジタルTwitterへのリプライやブルーインパルスファンネットFacebookのコメントにてお聞かせ下さい。

文と写真:ブルーインパルスファンネット管理人


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