前回はブルーインパルスの展示飛行が三種類あることを解説しました。ブルーインパルスが安全第一で、またどこでも曲技飛行をするわけではないということをご理解いただけたかと思います。本稿では何故ブルーインパルスが展示飛行で飛ぶのかを考えていきます。

ブルーインパルスの展示飛行の目的

 ブルーインパルスは自衛隊唯一の展示飛行専門チームです。専門チームを設けてまで実施する展示飛行にはどのような目的があるのでしょうか。

 海外ではブルーインパルスのような展示飛行専門チームのことをディスプレイ・フライト・チーム(Display Flight Team)と言ったり、展示飛行のことをデモンストレーション・フライト(Demonstration Flight)と言ったりします。この中でキーワードとなるのは、展示=デモンストレーションという言葉の持つ意味です。

 デモ(デモンストレーション)という言葉には「実証する」という意味があります。テレビショッピングで、クッションに生卵を乗せて座り、生卵が潰れないことでそのクッションの性能を実証している実演販売をご覧になった方もいると思います。まさに実証です。

 展示会や国際見本市で艶やかなイベントコンパニオンさんたちが製品の素晴らしさを伝えるステージでは「アピールする」という成分も多分に含まれていると思います。街頭でのデモ行進も、主義主張をアピールするデモンストレーションの言葉が該当します。

 筆者は三十年前の駆け出しの頃、LSIの論理回路設計ツールのフィールドアプリケーションエンジニアという仕事をしていました。LSIの回路設計をするためのツールを導入前のお客さん(国内半導体メーカー)に動かして見せたり、お客さんの既存の回路図を入れて、正確に動いていることを証明したりもしました。そのフィールドアプリケーションエンジニアの日々はデモそのもの。「実証」と「アピール」の日々でありました。

 ブルーインパルスが展示飛行で実証しアピールしているものとして、筆者は大きく以下の三つがあると考えます。

● 航空自衛隊の戦闘機パイロットの技量
● 航空自衛隊の航空機の運用能力
● 航空自衛隊の保有航空機(ブルーインパルスの場合、純国産ジェット練習機T-4)の性能

 さらに、その展示飛行の目的には、大きく以下の二点があると考えます。

1)航空自衛隊に興味を持ってもらうためのアピール(広報)
2)航空自衛隊の戦闘機パイロットや航空機の技量、性能、運用能力を示すことによる任務遂行能力の実証(抑止)

 ブルーインパルスは、広報と実証を通じて「航空自衛隊を見える化する」展示飛行専門チーム、ということもできるかもしません。防衛機密などですべてをあからさまにオープンにできない航空自衛隊において、その能力を抽象化して見える化することは大変重要な任務であることは間違いありません。

ブルーインパルスの存在意義を考察するまでの経緯

《筆者がはじめてブルーインパルスを見た小松基地航空祭2003年》

 筆者は1964年の東京五輪の年に東京都の江戸川区で生まれ、江戸川の広い河川敷で総武線の鉄橋や対岸の市川市などを眺めながら草野球をして遊んで育ちました。そこでは毎日のように、近くを陸上自衛隊のヘリコプター編隊が北西から南東の方へ飛んでいくのを見ていました。幼少の頃には羽田空港に連れて行ってもらって屋上の展望デッキに置かれていたYS-11見学を楽しみ、その展望デッキから見たDC-8やB-727に憧れた子供でした。少し大きくなってから羽田にコンコルドが飛んできたり、T-2CCVや飛鳥が飛んだりしたニュースにも心躍らせていました。新卒で入った最初の職場には北辰電機から中途採用で転職してきた先輩がいて、T-2CCVのソフトウェア開発をしていたと聞いてどれだけ羨望のまなざしでその先輩を見ていたたことか。でも、子供の頃に見た河川敷で見上げていた陸自ヘリコプターは、どこか別世界で、社会人になってもまだピンときませんでした。

 中学生の頃、学校の正門前には町会の掲示板があり、そこには自衛官募集のポスターと応募はがきが挿し込まれていました。当時は世の中に自衛隊への根強い偏見があり(東京都は特にそうだったかもしれません)、そのポスターやはがきには、何かキナ臭いもの、見てはいけないもの、といった抵抗感がありました。また、沿線に自衛隊の基地もなく、航空祭というイベントがあることすら知らずに成人し、はじめて航空祭に行きブルーインパルスを見たのは39歳。それも弟の職場の付き合いで、義理で昼から参加して、どこかで聞き覚えのあるブルーインパルスだけ見ればいいという、怠惰な既成事実作りのための航空祭見学でした。でも一度足を踏み入れ見てみたら(今思えば4区分という一番下位の曲技飛行でしたが)「日本の航空自衛隊ってこんなに凄いのか!」と自然に涙が流れ、感動しました。しかし、職業や将来の夢とするには時遅しです。

 もっともその時点では、もっと早く知っていたら航空自衛隊員を目指したかもしれないのに、とも思っていません。ですが、一度ブルーインパルスを見たことで翌日からソワソワしだし、ネットでブルーインパルスを調べ始めました。翌週末に百里基地で航空祭がある。ブルーインパルスも来る。恥ずかしながら百里基地なる航空自衛隊の戦闘機の基地が関東にあることも知りませんでした。航空祭当日の朝になり、その日は台風が接近していて飛ばないであろうことは予想できたのですが、ソワソワして結局はそこにブルーインパルスがいるなら行ってみたいと思い、行きました。案の定、飛びませんでしたが、格納庫の中でファンサービスしているパイロットをはじめて見ました。怖いイメージでした(笑)

 飛ばなかったので、またソワソワし、翌週は仙台の陸自霞目駐屯地の開庁祭に行きました。地上スタッフで来ていたパイロットに恐る恐る声を掛けました。若いナレーターとして来ていたパイロットは怖くありませんでした(笑)わかったかのように「今日はアクロはやりますか?」と聞くと「いえ、今日はやりません。編隊連携機動飛行です」と言われて、「へ、へ、へ、へ、変態?!れんけい?」とまあ、今思い起こすと大笑いです。仙台の空を飛んだ編隊連携機動飛行はこれまた素晴らしく、またソワソワしはじめました。

 次は岐阜で、曇天のため曲技飛行は行われず航過飛行。次は浜松。やっと第1区分。さらにソワソワし、もう一つ宮崎県の新田原基地航空祭まで行きました。第1区分でした。その日の朝、筆者はその年はじめて見たブルーインパルスの隊長がラスト展示飛行ではないかと気づきました。恐る恐る隊長に「あの…もしかして今日ラストですか?」「あぁ、後で終わったら花束贈呈かなんかあるみたい」って、もう今のテレビとかにバンバン出る隊長と違って、怖いし、現代のサムライに接するかのようなビクビクな接近であったことを覚えています(ですが、いまになれば、その頃の隊長も、現在のテレビとかにバンバン出る隊長も、備えている戦闘機パイロットとしての気質に違いがないこともわかるようになりました)。

 その年、はっきりとわかったことは、そんな風にソワソワしたりドキドキしたりできるものが、世の中にまだ存在していたということ。そしてブルーインパルスを知らなかったことを大変後悔しました。他にもそういう人がいたとしたら、とてももったいないことだと思いました。いまならこうはっきり言えます。ブルーインパルスを知らないことはもったいないこと、だと。

 以下、ブルーインパルスの展示飛行の目的を考え、その存在意義を考察していきます。

1)航空自衛隊に興味を持ってもらうためのアピール(広報)

画像: 《霞目駐屯地開庁記念行事2003年》

《霞目駐屯地開庁記念行事2003年》

 広報活動は、ブルーインパルスがどれだけ素晴らしい技術を持っていたとしても、また持っているが故に、知ってもらわなければ意味がないという、いわば最も重要な任務になります。

 筆者の場合、ブルーインパルスに出会って衝撃を受け、ブルーインパルスのみならず航空自衛隊、延いては自衛隊全体に興味を持ち、そこから政治や歴史や法律にも興味をもつようになりました。そういうファンの方、たくさんいると思います。

 平和なのが当たり前で感謝すらせず日々を過ごしてきた。そんなことを今では恥ずかしく思っています。「服務の宣誓」にある「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め」てくれている存在に守られていることに、いまさらながらブルーインパルスに出会うことでやっと気づくことができました。

 これからの日本を背負っていく若者には、自身の可能性が無限に広がっていることを信じ、自ら己の限界を設けることなく、こうした崇高な仕事が自分の将来の選択肢の中にあることを是非知って頂きたいと思います。そんな将来を考える時期が来たら、ブルーインパルスを見てみてください。ブルーインパルスの広報活動は広く航空自衛隊の活動を知ってもらうためのものですが、その中でも、次の航空自衛隊を担う若者たちに知ってもらうことが一番の目的だと思います。

 他方、ブルーインパルスの広報活動は、ファンの日常生活にとってもとても大きな存在となっています。ブルーインパルスに出会ったファンには、年間を通して追い続けることに生きがいを感じる人や、近くの基地に一年に一度来ることを心待ちにしている人、なかなか実物を見られないけれどもいつか必ず見たいと楽しみにしている人など、皆それぞれのスタイルで応援し、また心の支えとしてそれぞれの日常を頑張っています。

 ブルーインパルスの持つ伝統、素晴らしい技術、新たな挑戦、さらには国民の応援が加わって、音楽やスポーツと同じようなブルーインパルス文化といった世界が醸成されています。ブルーインパルスの広報活動は、その言葉のもつ狭義な範囲を超え、言葉や金額だけに換算できない大きな信頼と絆を獲得しているように思います。

 テレビや媒体を通じて知ってもらう。感謝飛行やスポーツ大会式典、イベントなどで飛ぶ。興味があれば航空祭でもっと本格的な曲技飛行を見てもらう。こうしたステップは広く国民に知ってもらう広報活動の流れとも言えます。もう一方、いまでは引っ張りだこでなかなか機会が回ってこないようですが、以前は防大入校式に始まり航学卒業式で終わるという年間スケジュールが定番であり、部内式典のための展示飛行も実施されていました。航空自衛隊の代表たるブルーインパルスが隊員たちのために飛んでくれる展示飛行は、崇高な任務に邁進する隊員たちの矜持にも繋がります。一国民としてですが、そうした展示飛行も年一回でもいいから、是非残していって頂きたいと願う次第です。

2)航空自衛隊の戦闘機パイロットや航空機の技量、性能、運用能力を示すことによる任務遂行能力の実証(抑止)

画像: 《海兵隊パイロットの度肝を抜いた4シップインバート》

《海兵隊パイロットの度肝を抜いた4シップインバート》

 実証について考えてみましょう。航空自衛隊の戦闘機パイロットの技量や飛行部隊としての運用能力を示すことは、対領空侵犯措置といった防空任務を主任務とする航空自衛隊にとって、日々(年間1000回近く)日本国領空に接近し飛んでくる国籍不明機(ほとんど軍用機)に軽んじられないためにも、抑止するためにも、何より領空領土を守る上でも重要な任務となります。

 先日テレビのバラエティー番組でF-2B後席に俳優が乗り、対領空侵犯措置の模擬体験をしていました。前席隊長が操縦、説明した中で「相手を刺激しないように空の外交官として振る舞う」という言葉が印象に残りました。国際ルールを守っていないのは国籍不明機なのに、威嚇と受け止められ外交問題にならないようにと、細心の注意を払っているのです。こうした行動と対処には、感謝とともに頭の下がる思いしかありません。このとき、国籍不明機やその運用国はどれくらいの時間で飛んできたとか、どんな周波数を使っているかとか、いろいろなことをしたたかに調べていると思います。そこでおもむろに空中戦をやるわけではありませんが、ホットスクランブルで飛ぶ戦闘機パイロットの技量や航空自衛隊の運用能力も見定めようとしているでしょう。その能力を、ブルーインパルスは航空祭で公然と実証してくれています。

 日本には国交のある国の大使館があり、そこには駐在武官がいます。そうした人たちが観閲式等行事でブルーインパルスを見れば、専門家ですからどれだけの技量を持ち鍛錬されているか、ファンやマニアが見る眼とも違い、専門家として一発で見極めるでしょう。そして本国へどういう報告をするのか、そこがとても大事ではないでしょうか。「日本国航空自衛隊、ブルーインパルス、屈強にして侮るべからず」、そう報告される存在でなければなりません。専門家の評価は自衛隊の抑止力に直結します。

 駐在武官のみならず、航空祭で他国の戦闘機パイロットが直接ブルーインパルスを見る機会もあります。岩国フレンドシップデーは米海兵隊の基地ですから、海兵隊や海軍のパイロットも見ています。4シップインバートあたりをやると本当にびっくりするようですよ。米海軍にも展示飛行チーム、ブルーエンジェルスがいます。ブルーエンジェルスはダブルファーベルというの1番機、4番機が背面飛行、2番機、3番機が水平飛行のT-4ブルーインパルスが初期に行っていた課目を実施します。4シップインバートでは4機とも背面飛行で飛びますから、それはもうびっくりするのだそうです。訓練期間も考え方も課目構成も違う他国のチームであるとしても、ブルーインパルス侮りがたし、となることは、同盟国にとっては頼もしい存在となることでしょう。

 筆者はブルーインパルスの3年の任期の間、諸外国に舐められないようにと精進したパイロットを知っています。その気概は武士道そのものでした。日々の訓練と精進が抑止力に繋がるのだということを目の当たりにした3年間でした。いま、その方は第6飛行隊長に就かれています。

画像: 《ロールオンテイクオフ、ブルーインパルスの技量と航空機の性能を示す課目。操縦は現第6飛行隊長の草薙樹一郎1空尉(当時)》

《ロールオンテイクオフ、ブルーインパルスの技量と航空機の性能を示す課目。操縦は現第6飛行隊長の草薙樹一郎1空尉(当時)》

 ブルーインパルスが航空自衛隊の戦闘機パイロットの技量を実証する。この考え方で、ファンとしての筆者はちょっとした葛藤に行き当たりました。それは、テレビのバラエティー番組などで、ブルーインパルスが航空自衛隊の中の選び抜かれたエリート、ともてはやされることです。これでは戦闘機パイロットの中で特に操縦が上手い人が選抜されていると思わるかもしれません。しかし、それは間違っています。

 注意深く見ていくと、ブルーインパルスに入れるのは「航空自衛隊の戦闘機パイロットで二機編隊長の資格持つ者」とされています。決して「航空自衛隊の戦闘機パイロットの中でズバ抜けた操縦技量を備えた者」ではないのです。「航空自衛隊の戦闘機パイロットで二機編隊長の資格持つ者」で「所定のブルーインパルスの訓練を受けたもの」がブルーインパルスになれる。これが実際で、つまり、試験に受かり厳しい教育や訓練に堪え、航空自衛隊の戦闘機パイロットとなった人は皆、空の精鋭、エリートパイロットなのです。この資格の定義を紐解けば、ブルーインパルスが対領空侵犯措置で出動する戦闘機パイロットの技量を実証しているという図式が理解できると思います。

 筆者は最初、ここを理解することができませんでした。初めて見たときの隊長は、ブルーインパルスを抜けてから「ブルーインパルスにはフライトの原点がある気がする」と言われ、筆者が考える「ブルーインパルスは究極の曲技飛行を披露する」とは逆さまの意味ですから、大変びっくりしたというかキョトンとなりました。飛行班長は「フライトは簡単。普段戦闘機でやってきたことと同じだから」と言われました。着隊したときは皆さん「自分にできるのだろうか」と言うのですが、訓練を受け、展示飛行をし、後任を育て、転出した後には「原点」や「簡単」と言うのです。

 テレビが「エリート」ともてはやすブルーインパルスですが、それはキャッチーで表面的な表現であり、航空自衛隊の戦闘機パイロットはブルーインパルスの戦闘機パイロットと同じ技量をベースに飛んでいる、という考えに到達するには少し時間がかかりました。いまではブルーインパルスの展示飛行こそが航空自衛隊の抑止力を体現するのだと考えるようになりました。

終わりに

画像: 《筆者がはじめてブルーインパルスを見たときの隊長、渡邊弘2空佐(当時)》

《筆者がはじめてブルーインパルスを見たときの隊長、渡邊弘2空佐(当時)》

 いかがでしょうか。こうして考察してきたブルーインパルスの展示飛行の目的とその意義が、航空自衛隊の戦闘機パイロット全体の技量の高さの上に成立していることをご理解いただけましたでしょうか。しかし、こうした目的や意義はブルーインパルスの展示飛行の操縦技術のように先輩から後輩へと項目立てて説明されてきたものではないようです。

 ブルーインパルスに選抜される戦闘機パイロットは、その意義を自ら感じ取り、国民にファンサービスやメディアを通じて接し、フライトで内外にその実力を示す気概を持つ者なのかもしれません。そう考えると、以前の航空祭の展示飛行の終わりに映画「ライトスタッフ」のテーマが流れていたことも、何かそうした人たちが集まって展示飛行を成功させたことが(狙っていたかはわかりませんが)表現されていたのかもしれません(ライトスタッフ=正しい資質)。

 「自衛隊と国民の一体感を示すフライト」*

 最後に、筆者をブルーインパルスへの熱狂へといざなった一番好きな言葉を添えさせて頂きます。筆者がはじめて見た時の隊長の言葉です。最初しばらくは「国民と自衛隊の一体感を示すフライト」の方が良かったのではないかと考え、ご本人に伝え、ご本人も同意されていたのですが、月日が経ち「自衛隊が主体となって国民との一体感を示す」という意味だと考えるようになり、今日ではこの順番で正しかったのだと思うようになりました。

(*出展:ブルーインパルスパーフェクトガイド2003)

《追伸》

 ブルーインパルスが展示飛行で飛べるのは、その展開行動になくてはならない輸送航空隊や展示飛行中も救難アラートについている航空救難隊、管制、気象、補給、渉外、広報、警備…展示飛行中も昼も夜も盆も正月もなくアラート待機してくれている航空総隊まで、様々な部隊がいてのことと実感し、感銘し、隊員の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。航空自衛隊の運用能力を総合的に実証、アピールする先鋒となり飛び続けるブルーインパルスとともに、日本の空、防空から災害派遣、国際平和協力まで、今後とも宜しくお願い致します。

文と写真:ブルーインパルスファンネット管理人


This article is a sponsored article by
''.