河野太郎防衛大臣は7月14日の閣議で、令和2年版「防衛白書」について報告し、了承された。白書は初めて、令和元年度が終わる3月までを対象期間とし、現在も続く新型コロナウイルス感染症に関しての防衛省・自衛隊の活動なども紹介。中国の軍事的動向に懸念を示し、特に沖縄県・尖閣諸島周辺海空域への度重なる侵入について、「執拗」という強い言葉を用いて非難している点が特徴だ。

 白書は、中国の日本周辺海空域での活動について、「力を背景にした一方的な現状変更の試みを執拗に継続しており、強く懸念される状況」と非難。また、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大に関して、中国などが「偽情報の流布を含む宣伝工作」を行っていると指摘するなど、厳しい言葉で危機感の強さを表した。各国の軍事動向でも、中国を最も詳細に説明。透明性は欠いているが、中国の公表分だけで過去30年間に国防費を44倍まで増やしており、軍事力の質・量を広範かつ急速に強化していると分析した。

 北朝鮮については、日本を射程に収める弾道ミサイルに核兵器を搭載するための小型化・弾頭化を実現したとの見方を示した。2019年5月以降に発射された新型弾道ミサイルは個体燃料を使用し、通常の弾道ミサイルよりも低空で飛翔する特徴を有し、ミサイル防衛網の突破を企図していると指摘。「わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威」とした。

 ロシアは、核戦力の近代化を推進しているほか、軍事活動を活発化させる傾向にあり、その動向を注視する必要があると記述した。

 巻頭特集では、大雨や台風にかかる災害派遣活動、中東地域における日本関係船舶の安全確保のための情報収集活動の開始、宇宙・サイバー・電磁波など新たな領域での「領域横断作戦」の推進、米国をはじめとする諸外国との防衛協力・交流などを取り上げ、防衛省・自衛隊の活動の全体像を示した。

 白書が初めて刊行されたのは1970(昭和45)年で、今年で50周年を迎えた。表紙はこれまで白書のイメージを覆すピンク色で、防衛省は「令和という元号が梅の花に由来することから、淡いピンク色にした」と説明している。本文に関連した動画が50本以上用意されている。

画像: 防衛省 令和2年版防衛白書CM 日本語版 www.youtube.com

防衛省 令和2年版防衛白書CM 日本語版

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第Ⅰ部 わが国を取り巻く安全保障環境 

 現在の安全保障環境の特徴として、既存の秩序をめぐる不確実性が増大し、政治・経済・軍事にわたる国家間の競争が顕在化してきたことが挙げられる。「ハイブリッド戦」に伴う複雑な対応が発生し、グレーゾーンの事態も長期化している。

 また、テクノロジーの進化が安全保障に大きく影響を与える時代となり、戦闘様相は宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域を組み合わせたものに変貌。各国はいわゆるゲーム・チェンジャーとなり得る最先端技術を活用した兵器の開発に注力している。宇宙やサイバーなどの新たな領域の安定的利用の確保、海上交通の安全確保、大量破壊兵器拡散への対応、国際テロへの対応など、一国のみでの対応が困難な安全保障上の課題も多い。新型コロナウイルス感染症も各国の軍事活動などに様々な影響・制約をもたらしつつあり、これから注視する必要がある。

 中国の軍事動向は、わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念を生んでいる。習近平政権は、21世紀中葉までに中国軍を「世界一流の軍隊」とすることを目標に掲げ、透明性を欠いたまま、国防費を継続的に高い水準で増加させている。核・ミサイル戦力や海上・航空戦力を中心に、軍事力の質・量を広範かつ急速に強化し、その際、情報優越を確保するための作戦遂行能力を重視。宇宙・サイバー・電磁波の領域に関する能力を高めている。

 尖閣諸島においては、力を背景とした一方的な現状変更の試みを執拗に継続している。海上・航空戦力が、わが国周辺海空域での活動を拡大・活発化しており、より遠方の海空域における作戦遂行能力の構築を目指していると考えられる。南シナ海でも軍事拠点化を進めるとともに、海空域の活動を拡大・活発化させ、力を背景とした一方的な現状変更の既成事実化を進めている。

 米中間には、種々の懸案(貿易、南シナ海、台湾、香港、ウイグル・チベットをめぐる人権問題など)が存在する。中台の軍事バランスは、全体として中国側に有利な方向に変化し、その差は年々拡大する傾向にある。

画像: 第Ⅰ部 わが国を取り巻く安全保障環境

 北朝鮮は、これまで6回の核実験を実施し、核兵器の小型化・弾頭化を既に実現しているとみられる。近年、前例のない頻度で弾道ミサイルの発射を繰り返し、大量破壊兵器や弾道ミサイル開発の推進と運用能力の向上を図っており、こうした北朝鮮の軍事動向は、わが国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威となっている。特に、令和元年5月以降の3種類の新型短距離弾道ミサイルは、固体燃料を使用して通常の弾道ミサイルよりも低空で飛翔するといった特徴を有しており、ミサイル防衛網の突破を企図していると考えられる。高度化された技術がより射程の長いミサイルに応用される懸念もある。また、発射兆候の早期の把握や迎撃をより困難にするなど、攻撃態様の複雑化・多様化を執拗に追求。わが国を含む関係国の情報収集・警戒、迎撃態勢の新たな課題となっている。

 ロシアは北極圏、欧州、米国周辺、中東に加え、極東でも軍事活動を活発化させる傾向にある。ロシアと中国双方の爆撃機が、日本海から東シナ海にかけて共同哨戒飛行を実施したほか、軍事技術協力に関する一連の文書に署名するなど、両国は連携を深めている。令和元年6、7月にはロシア機による領空侵犯が発生し、令和2年2月には極東に配備されたSu34戦闘爆撃機が初めて確認された。

 湾岸地域では、令和元年5月以降、イランが米国の制裁再開に反発し、核合意(JCPOA)の義務履行停止措置を段階的に実施。米国はイランの脅威に対応するためなどとして、中東への米軍の展開兵力を拡大した。同年10月以降、イラクで米軍駐留基地などに対する攻撃が多発し、米国人が死亡したことを受け、米国とイランの間で軍事的な応酬に発展。一方で、米国、イランともに、これ以上のエスカレーションを回避したい意向を明確に示した。また、令和元年5月以降、中東の海域で、民間船舶の航行の安全に影響を及ぼす事象が散発的に発生。米国は、国際海洋安全保障構成体を設立した。

 新型コロナウイルス感染症がもたらす課題は、単なる衛生上の問題にとどまらず、サプライチェーンの脆弱性や地域経済への深刻な影響が露呈するなど、各国の社会経済全般に及び、世界経済停滞の長期化が懸念されている。各国は軍の衛生機能や輸送力なども活用し、自国だけでなく国際的な感染拡大の防止に貢献する一方、訓練や共同演習の中止・延期を余儀なくされるなど、軍事活動にも大きな影響・制約が出ている。感染拡大がさらに長期に及んだ場合、各国の軍事態勢にも様々な影響を及ぼす可能性がある。

 中国などは、感染が拡大している国々に医療専門家の派遣や医療物資の提供を積極的に行っているが、感染拡大に伴う社会不安や混乱を契機とした偽情報の流布を含む様々な宣伝工作などを行っているとの指摘もある。新型コロナウイルス感染症の拡大は、自らに有利な国際秩序・地域秩序の形成や影響力の拡大を目指す国家間の戦略的競争をより顕在化させ得ることから、安全保障上の課題として重大な関心をもって注視していく必要がある。

第Ⅱ部 わが国の安全保障と防衛の基本的考え方

 政府は平成30年12月、国家安全保障会議と閣議で新防衛計画大綱と中期防を決定。陸・海・空という従来の領域のみならず、宇宙・サイバー・電磁波といった新たな領域の能力を強化し、全ての領域の能力を融合させる領域横断作戦などを可能とする「多次元統合防衛力」の構築を目指している。

 令和2年度の防衛関係費は、前年度から618億円増額(前年度比1・2%増)の5兆688億円で、8年連続の増加となった。

第Ⅲ部 わが国防衛の三つの柱(防衛の目標を達成するための手段)

 自衛隊は、各種事態に迅速かつシームレスに対応するため、平素から領海・領空とその周辺の海空域において情報収集と警戒監視を行っている。日本の周辺海域において、平成30年から令和2年3月末までの間に計24回の「瀬取り」と強く疑われる行為を確認し公表。「瀬取り」に対しては、米国、英国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、フランスが、航空機や艦艇による警戒監視活動を実施している。

 令和元年度の空自機による緊急発進(スクランブル)は947回(このうち中国機675回、ロシア機268回)と過去3番目に多かった。

 南西地域の防衛体制強化のため、令和2年3月、宮古島に地対空誘導弾部隊と地対艦誘導弾部隊を配置。今後、石垣島にも初動を担任する警備部隊などを配置する。常続監視態勢の強化のため、警戒航空隊を警戒航空団として格上げしたほか、部隊の迅速かつ大規模な輸送・展開能力を確保するため、オスプレイを運用する輸送航空隊を木更津駐に新編した。令和2年5月、宇宙作戦隊を新編し、宇宙状況監視体制を整備。サイバー防衛隊を約70名増員し、約290人へと拡充した。

 陸上配備型イージス・システム(イージス・アショア)については、河野太郎防衛大臣が令和2年6月、配備に関するプロセスを停止すると発表。今後の対応については、国家安全保障会議における議論を踏まえて検討していくこととした。

 災害派遣は、令和元年8月の前線に伴う大雨(九州北部豪雨)、房総半島台風(台風15号)、東日本台風(台風19号)など449件。新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に向けても、防衛省・自衛隊は総力を挙げて様々な取り組みを行っている。

 令和元年、日米安保条約は締結から60周年を迎えた。日米安保体制は、わが国自身の防衛体制と安全保障の基軸であり、日米同盟はインド太平洋地域、さらには国際社会の平和と安定に大きな役割を果たしている。日米両国は、北朝鮮問題や東シナ海・南シナ海を含む地域情勢や中東情勢への対応などについて、累次の日米首脳会談、日米「2+2」、日米防衛相会談などを通じ、緊密に連携している。

 一方、沖縄県の普天間飛行場代替施設については、キャンプ・シュワブ南側の海域において埋め立て工事を実施。令和2年4月、沖縄防衛局は地盤改良工事の追加などに伴う埋め立ての変更承認申請書を沖縄県に提出した。恒常的な空母艦載機着陸訓練施設のため馬毛島の土地を取得し、施設の整備に向けた各種調査を推進している。

 安全保障協力では、「自由で開かれたインド太平洋」のため、関係各国との間で防衛協力・交流を強化。オーストラリア、インド、ASEAN諸国などと防衛相会談を実施した。令和元年12月には、10年ぶりに防衛相が中国を訪問し、日中防衛相会談が行われた。

第Ⅳ部 防衛力を構成する中心的な考え方など

 防衛力を支える人的基盤の確保については、厳しい募集環境を踏まえ、自衛官の採用上限年齢を引き上げるとともに、初任給に重点を置いた給与の引き上げなどを実施。自衛官の処遇改善のため、隊舎の建て替えや、生活・勤務用備品の確保などの諸施策を推進した。女性の活躍も推進し、初のイージス艦艦長が誕生するなど、女性自衛官の活躍が話題となった。

 防衛装備・技術に関する施策では、装備体系の見直し、次期戦闘機の開発体制を含めた技術基盤の強化、装備調達の最適化、産業基盤の強靭化、UH1H多用途ヘリコプターの部品などのフィリピンへの無償譲渡といった防衛装備・技術協力などを実施した。

 地域社会・国民との関わりでは、防衛施設と周辺地域との調和や、環境・社会との共生のための取り組みを推進。令和元年10月には、即位礼正殿の儀において礼砲を実施した。開催が延期された東京オリンピック・パラリンピックにおいても、セキュリティ対策や大会運営への協力を予定している。


◆関連リンク
防衛省・防衛白書
https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/


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